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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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41.庄長の矜持

 万智ノ庄の庄館の中、多比人達の寝所として用意してもらった部屋で、隣で寝ている雪が言った。


「わたしは、姉がいなくなっただけで不安でたまりませんでした。わたしには鷹姫おばあ様やお父様もいたというのに。花姫様の御苦労、いかばかりでしょう」


「それも九歳で庄長になったってことだよね。いくら家柄と言っても、凄すぎるよ」


「ええ。でも、あの花姫様の庄の民を思う気持ちは、もう一人前の庄長のものです」


「そうだね。あの年であんな風に考えられるなんて、凄く苦労したんだろうね」


「おなじ庄長の家に生まれた者として、尊敬します」


「本当は、遊びたい盛りじゃないのかなあ。いろんなことを学んだり、友達とおしゃべりしたり、出かけたりして」


「わたしは愛姫様をぶっ殺してやりたくなりました」


 隣に寝ている楓が憤慨してそう言った。


「あんなかわいらしい花姫様からご両親を奪ったなんて許せません」


「そうだね。九歳で突然ご両親を奪われるなんて……もっと甘えたかっただろうに」


「しかも祈祷札を売りつけて! 東ノ庄も突然値段を三倍に上げられてみんな怒り狂っていましたよ」


「祈祷札って昔はなかったの?」


「はい。売られるようになったのは、十年ほど前からです」


 雪が多比人に答える。


「それまでは愛姫様が四季折々につけ、神界全体の五穀豊穣を祈り、程度の違いこそあるものの、神界には不作や飢えなど存在しなかったのです」


「そうなんだ。途中で見かけたここの庄の民の人達って、明らかに栄養失調みたいな感じだったよね」


「はい。愛姫様は五穀豊穣の祈りをやめてしまわれ、祈祷札に豊穣の祈りを込め、それを売るようになったのです。それ以来祈祷札が無いと作物が育ちません」


「そりゃ祈祷札……売れるだろうね」


「祈祷札は神官の家系に連なるものなど、神都に関係する庄にはほぼ無料で配布されますが、そうでない庄には神都への忠誠度合いで値段が変えられます。祈祷札は神界を支配するよく出来た仕組みです」


「仕組みとすりゃ完璧だね。逆らいようがない」


「ここは『婿見せ』で敗れた庄です。神都からすれば潰してしまいたいでしょう。東ノ庄のように金山を持つ資金力のある庄ならまだしも、このような貧しい庄は、今までよく持ちこたえたと言うべきでしょう」


「花姫様が頑張っているおかげだねえ」


「祈祷札とか鬼畜すぎますよ。主、絶対愛姫様をぶった斬って、花姫様の御両親、解放してあげてくださいね!」


「……ああ、そうだな」


 多比人達の寝所には、夏の虫達の鳴く音が静かに響いていた。




☆ ☆ ☆




 翌朝早くに、多比人達は騒がしい声で目を覚ました。


「だから、祈祷札を俺の畑にくれって言っているだろう!」


「今年の冬に子供が生まれるんだ。飢えて死んだら責任取れんのか!」


「うちで飼っているミーアキャットの餌が無いんだ!」


 庄の民が庄館に押しかけているようだ。


「待ってくれ、落ち着いてくれ!」


 坂巻の大きな声がする。


「坂巻様。あんた、月影ノ庄で豊作になった理由は聞いてきたのかい!」


「……聞きに行っては来た。だが、月影ノ庄の者達も分からないらしい」


「何だよそりゃ! 無駄足だったってことか!」


「……申し訳ない」


「じゃあ、さっさと祈祷札出せよ。今使わなきゃ、実らねえ!」


 かなりの人数の民が押しかけているようだ。


「みなさん、落ち着いてください!」


「花姫様!」


 花姫の声が聞こえた。花姫の言葉に、庄の民も騒ぐのをやめたようだ。


「雪、楓、僕達も行ってみよう」


「「はい!」」


 多比人が庄館の母屋の入り口に駆けつけると、すでに三十人程の庄の民が押しかけていた。見ているうちに次々に集まってくる。皆やせ衰えた姿に破れた粗末な衣服を着ている。手には鍬や鎌を手にした者もいる。


 民の前で花姫が声を張り上げて説明する。


「みなさん、坂巻侍大将に月影ノ庄に行っていただきましたが、何故突然月影ノ庄の作物が実りだしたかという理由は分かりませんでした。それ故に、我々には残されたこの三枚の祈祷札をいかに効率よく使い、冬をみんなで乗り切るかを考えねばなりません」


 民は黙って花姫の説明を聞いている。


「次郎衛門の田は、広く、水も豊富でもともと土の質も良い。ここに祈祷札を使えば、何とかみなさんが冬を越すだけの米はとれるものと思います」


 民が口々に叫ぶ。


「次郎衛門は、花姫様の親戚じゃねえか! 親戚びいきするのか!」


「俺の畑は何もとれなくてもいいというのか!」


「ミーアキャットの餌はどうなる!」


 坂巻が大声で言う。


「祈祷札は三枚しかないんだ! 花姫様が言われるようにするほか、ここのみんなが冬を越せる方法はないんだ!」


「うそだ! 祈祷札をもっと隠し持っているだろ!」


「花姫様だけいいもの食っているんだろ!」


「花姫様みたいなお嬢様に、俺達の苦しみなんて分からないだろう!」


「花姫様は飢えることなんてないからいい気なものだ! 贅沢しているんだろう!」


 坂巻が気色ばんで刀の柄に手をかける。


「花姫様への無礼、ゆるさんぞ!」


安房(あぼう)! なりませぬ。民への暴力はこの花姫が許しません!」


「花姫様! そうは言っても……」


 坂巻と民衆が押し合いになっている。もう民の数は七十人ほどに膨れ上がっていた。


「主、どうします? やっちゃいます?」


 楓が煙球を指に挟んで多比人に聞く。


「これは……手を出しちゃいけないやつだろう……もうちょっと待て」


 多比人は、既に百人以上に膨れ上がった民が気色ばんで迫ってくる恐ろしさに、一歩も引かずに立っている花姫の気迫を感じていた。


「あれだ! あの箱だ! あの奥に祈祷札がたんまりあるのが見えた!」


 誰かがそう叫ぶと、庄の民が一気に庄館へとなだれ込んだ。


「祈祷札をよこせ!」


「祈祷札は俺のものだ!」


「ミーアキャット!」


 庄の民は口々に叫びながら庄館の中の棚、押し入れ、引き出しなど、ありとあらゆるところをひっかきまわし始めた。


「お前達やめろ!」


「安房! なりません」


 こんな状態になっても花姫は坂巻に、民への暴力をふるうことを許さなかった。


「さてはお前が持っているな!」


「きゃあああ!」


 暴徒と化した民が花姫を襲う。


 必死に坂巻が花姫を守ろうとするが、鎌や鍬でめった刺しにされている。


「楓!」


 多比人が叫ぶと、楓が煙球を炸裂させる。


 雪が走り、花姫と坂巻を煙に乗じて脱出させる。


 多比人達は、庄館の奥、花姫の寝所へと逃げた。そこには五人の女官が避難していた。


「花姫様!!!」


 女官達は運ばれてきた花姫が傷だらけなのを見て手当てしようとした。


「わたしのことは構いません。あなたたちは逃げなさい」


 花姫が自分を手当てしようとする女官達の手を制して言った。


 かすかに煙のにおいがする。誰かが館に火を放ったようだ。


 花姫が多比人の方を向いて言った。額から流れる血と頬の傷が痛々しい。


「多比人様、安房がお世話になっておきながら、こんなお願いをするのは甚だ手前勝手ではありますが、女官達を逃がしていただけないでしょうか」


「それはいいけど、花姫様はどうするの?」


「わたしはこの万智ノ庄の庄長です。逃げ出すわけにはまいりません」


「でも、殺されるぞ」


「最後まで庄の民を説得してみます、この命を懸けて。自分の命が惜しいからと逃げ出すようでは庄長失格です」


「説得に応じるような状態じゃないだろ」


「それでも最後まで説得してみます。わたしは逃げません。これは庄長としての矜持です」


 そう言って、まっすぐに多比人を見る花姫の顔は、とても十二歳には見えなかった。


「いやあ、花姫様。さすが私の惚れこんだ主です。最後までお供いたします」


「……安房……ありがとう」


 そう言って花姫が、坂巻ににっこりと微笑んだ。


「花姫様……わたしの素性は東ノ庄の庄長、時姫の妹の雪姫です」


 雪の言葉に、花姫が驚いたように雪の方を向く。


「ただの商人の奥様とは思えぬ高貴な方とは思っておりましたが、あの有名な時姫様の妹君でしたか」


「はい。おなじ庄長の家に生まれた者として、花姫様を尊敬申し上げます」


「ありがとうございます、雪姫様。そのお言葉を支えに、頑張れそうです」


 そう言って花姫は微笑んだ。


「雪姫様、女官達をお任せしてもよろしいですか」


「命に代えてもここから脱出させます」


 煙の臭いが強くなり、ちらちらと炎が見えてきた。民衆の怒号が近づいてきている。


「主、早く逃げないと、ここもやばいです!」


 楓が多比人をせかす。


「多比人殿! 短い間ですが世話になり申した! お気をつけて! うわはははは!」


 坂巻が豪快に笑う。


「行くぞ! 雪! 楓!」


 坂巻には答えず、多比人は五人の女官を連れて、民衆とは反対方向へと急いだ。




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