40.万智ノ庄の花姫
「我が主の花姫様は、それはそれは可憐でお美しい方です。ぜひ会ってくだされ」
多比人達は坂巻の誘いを受け、万智ノ庄を訪ねることになった。
坂巻に連れられて歩く道中、坂巻はひたすら花姫を絶賛していた。
「花姫様の可憐さは、桜の花びらのようです!」
「花姫様の聡明なこと、文殊菩薩もこれほどではございますまい!」
多比人が雪に小声で聞く。
(花姫様って、万智ノ庄の庄長なんだよね? ということは、鷹姫様や雪のお姉さんの時姫様と一緒ってこと?)
(はい。そのようです。わたしは存じ上げませんが、失礼のないようにしなければなりません)
多比人一行が万智ノ庄に入ると、家はあばら家ばかりで、田畑にはわずかな作物しか生えていなかった。人々の身なりもみすぼらしい。
(あまり豊かな庄ではないようですね)
雪がそうつぶやく。
万智ノ庄の政治の中枢であり、庄長の館でもある庄館は、壁には穴が開き、門の瓦は剥がれたままだった。門を守る衛兵もいない。
「さあさあ、御遠慮なさるな。どうぞどうぞ」
坂巻は庄館の門からどんどん奥に入って行く。
かつてはそれなりの作りの建物だったようだが、いまは壁が破れたり、草が生えていたりしてみすぼらしいこと甚だしい。
奥の門をくぐると、庄館の母屋の前で、畑仕事に精を出す女性達がいた。
「花姫様~! ただいま戻りました~!」
「安房! 無事に帰ったか! 何だその顔は! 大丈夫か!」
そういって坂巻に駆け寄ったのは、十歳くらいの少女だった。
道中、花姫様がどれだけ美しく聡明かを聞かされていた多比人は、当然成人女性だと思っていた。それがこんな子供だったとは。子供に庄長って務まるのだろうか。
「安房を助けてありがとう。何もおもてなしは出来ませんが、今日はぜひ泊まって行ってください」
そう言って、農作業で汚れた手を拭きながら花姫が笑った。笑顔はその名の通り、花が開いたかのようにかわいかった。
確かに坂巻が自慢するのも無理はないと、多比人は思った。
その日の夜、万智ノ庄の庄館では、多比人一行をもてなす宴が開かれていた。
宴と言っても、出てきたのは芋、そば、キュウリなどと、質素なものだった。
「さあさあ、これは私の秘蔵の酒ですぞ!」
それでも、坂巻が焼酎を持ち寄り、質素ではあるが楽しい宴だった。
話を聞くと、庄長である花姫の部下と呼べるものは、坂巻と昼間にいた女官五人だけだそうだ。
「安房は武芸に秀でているため、他の庄への士官先などいくらでもあるのに、頑なにわたしの元にいてくれるのです」
「おおお~! この坂巻、花姫様のそのお言葉だけで一千万神銭の報酬より満足でございます!」
「もう、いつもこんな調子なのです。坂巻は頑固者で困ったものです」
「頑固者は花姫様の方です。それが伝染ってしまったのです。うわはははっは」
「ふふふふふふ」
仲の良い主従というのは美しいものだなと多比人は思った。
「それで、月影ノ庄はどうでしたか?」
「いや~、庄館の方々にもお聞きしましたが、さっぱり分からないようです」
「そうですか……」
花姫様が言うには、月影ノ庄の作物が、最近になって急に大豊作になったそうだ。
「月影ノ庄も我々とおなじで、愛姫様の祈祷札を買えるほどのお金はないはず。それが急に大豊作になったので、何か参考になればと思って安房に調べてもらっていたのです」
そう言って、花姫は手元にあった木箱を開けると、そこには三枚の赤い祈祷札があった。
「わたし達にはもうこの三枚しかありません。最近何故か祈祷札の流通が少なくなり、値段が急激に上がったのです。今の時期に稲に穂がつかなければ、収穫量が減ってしまいます」
「申し訳ありません、花姫様。何の情報も得られず」
「よいのです。もともと藁をもつかむ話だったのです。明日庄の民にちゃんと説明しましょう」
花姫はわずかに残る祈祷札を、庄でもっとも条件の良い田に使いたいと考えていた。祈祷札を少しでも効果的に使用し、そこで得られた収穫を民に平等に分け与えようとしていた。
しかし、庄の民は自分の田にこそ欲しいと、なかなか納得が得られないというのだ。そこで、とりあえず坂巻が月影ノ庄から帰るまでは待って欲しいということになっていたようだ。
「以前はこの万智ノ庄は、愛姫様のお力のおかげで作物が実り、質素ではあるものの皆が楽しく暮らしている庄でした」
「それが愛姫様の豊穣の祈りが行われなくなり、代わりに祈祷札を買わないと作物が実らないようになったのです。もともと我々のような貧しい庄は、祈祷札を満足に買うことも出来ません。それに最近の祈祷札の高騰。作物は十分に生育せず、庄の民は不安でしょうがないのです」
花姫がさみしそうに下を向く。自分が不甲斐ないせいで、民が苦しんでいると思っているのだろう。
多比人が聞く。
「大変失礼ですが、花姫様はおいくつなのですか」
「十二歳になります」
「十二歳でこの問題に対処するのは大変でしょう。ご両親とかは……」
「三年ほど前、愛姫様に『婿見せ』に呼び出され、敗れて神館に囚われております。私が庄長の母の後を継いだのですが、私が未熟なせいで、家臣は一人、また二人と去っていき、今では五人の女官のほかは、侍大将の安房以外おりません」
母が囚われ、幼くして庄長を継ぎ、大人でも困難な事態の対処の責任を負い、部下が去っていく。多比人は、花姫が年の割にしっかりしていると思っていたが、しっかりせずにはいられなかったのだと思った。
十二才ならもっと遊んだり、学んだり、いろいろなことをして楽しみたいだろう。
「さあさあ、暗い話はここまで。折角我が秘蔵の酒を出したというのに、場が暗くなっては不味くなってしまいます。多比人殿、旅の話でも聞かしてくだされ!」
「そう言えば、多比人様は北ノ庄からいらっしゃったと聞きました。パスはお持ちなのですか? 良かったら見せていただくことは出来ませんか?」
「ああ、いいですよ!」
多比人は北山からもらった北ノ庄への通行パスを花姫に見せた。
「ああ、懐かしい! わたし、お母様がいた頃は、北ノ庄の学校に、このパスを持って通っていたのです。庄の財政を立て直したら、パスを買って、もう一度勉強したいのです。そうすれば、もっと作物を実らせる方法が分かるかもしれません」
そう言って、パスを見ながら花姫は目を輝かせていた。
「その時はこの坂巻、毎日花姫様を護衛して、北ノ庄まで参りましょう」
「毎日は困ります。坂巻が来たらお友達が怖がってしまいます」
「そんな、花姫様、ひどい!!」
粗末な庄館に笑い声が響く。
多比人は、この主従がいつまでも幸せでいられるよう、願わずにはいられなかった。




