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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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39.大男

 多比人は右の頬を腫らしながら『一本杉ノ庄』の大通りを歩いていた。


(失敗した。これで雪にキスしてもらうのは完全に遠のいた。ほかの女子からキスマークをつけられた男に、キスしたいだなんて思う女性がいるわけない)


 多比人は先を歩く雪と楓の後をとぼとぼ歩いて行った。


(雪、殴らなくてもいいのに……でも、殴られて当然か。左の頬を殴られたら右の頬を差し出せって、何だったっけ? 逆だっけ?)


 多比人はうつむきながら歩いていた。


(婚約者から、キスする前に両頬を殴られた男っているのかな。世界初だったりして)


 多比人の思考は壊れかけていた。


 ふと、多比人が目を移すと、大通りの隅の路地に、大男が倒れていた。


(さっきの男だ!)


 多比人は大男に駆け寄ると、引き起こした。


「大丈夫か!」


 多比人が声を掛けると、大男は僅かにうめき声を上げた。生きてはいるらしいが全身ボコボコに殴られ、顔も腫れあがって目も口も開けられない状態だった。


「これは酷いですね~」


 楓の声に多比人が振り返ると、雪と楓が立っていた。


「主、これどうするんですか?」


「どうしてもこうしてもあるか。手当てしないと」


「こんなのいちいち拾っていたら、旅なんて出来ないですよ」


「まあ、そう言うな。今日はこの庄に泊まろう。楓、宿を探してきてくれ」


「主はお人よしですね~。わかりましたよ~っと」


 楓が宿を探しに行くと、雪が自分のハンカチに水筒の水を含ませ、大男の顔を拭き始めた。


「すいません、しみると思いますが、汚れを拭かないと化膿してしまいます。我慢してくださいませ」


 そう言って、自分のハンカチが汚れるのにも構わず、雪は大男の傷を綺麗に拭いている。


(ああ、やっぱり雪さんって素敵な女性だ)


 多比人は自分の婚約者を誇らしく思った。




☆ ☆ ☆




「いや~多比人殿、奥方様、かたじけない」


 そう言って大男は、宿の部屋に運ばれた夕食をモリモリ食べ始めた。


 全身打撲だらけで口も目も満足に開かないにもかかわらず、大男は僅かに開いた口からモリモリ食べ物を押し込んでいる。


「明日にはもっと腫れますからな。今のうちに栄養を取っておかないと回復いたしませぬ」


 雪に片頬を殴られただけで痛くてものが食べられなかったのに、この大男は何てタフなんだと多比人は思った。


 この大男が言うには、この男の名前は坂巻(さかまき)安房(あぼう)と言い、ここから少し離れた『万智(まち)ノ庄』の家臣ということだった。


 今回、一本杉ノ庄に用事の帰りに訪れたところ、いきなり不審な暴漢の集団に襲われ、このような怪我を負ったという。


(まあ、そういうことにしておこう。同じぼったくりの店にいたなんて、口が裂けても雪には言えない)


「いやあ、このような綺麗な奥方様にはこの坂巻、生まれて初めてお目にかかりました。多比人殿は果報者ですな、うわっはっはっは」


「まあ、素直なお方。おほほほほ。お代わりありますよ」


(何か、雪さんの機嫌も直ったみたいで良かった。あのまま同じ部屋に三人でいたら針の筵状態だったな。坂巻さんを拾ってきたのは正解だった)


 多比人は自分の判断に狂いはなかったと思った。


 翌日、ぜひともお礼がしたいという坂巻に連れられ、多比人達は万智ノ庄を訪れることにした。




☆ ☆ ☆




 ここは神館内に作られた『訴訟前裁き処』。


 その奥の所長室に、一人の女性が入って行く。


「時姫様、シノビからの連絡が届きました。ご報告申し上げます」


 大きな机に向かって書類に目を向けていた時姫が顔を上げる。


「滝姫、ありがとう。聞かせてください」


「多比人様と雪姫様御一行は、北ノ庄を出発し、現在一本杉ノ庄に滞在しているとのことです」


「なるほど、神都を避け、南ノ庄へと向かうつもりですね。南ノ庄はかつて防人様のいらっしゃった格の高い庄にもかかわらず、神都から邪険に扱われて不満を持つ者も多いと聞きます。さすがは知将、多比人様です」


「……それが……さらに報告には続きがございます」


 滝姫が言いにくそうに報告する。


「一本杉ノ庄で、多比人様は女性の接待するお店に入り、おさわり禁止にもかかわらず女性の胸を揉み、挙句に料金を踏み倒して出てきてしまったそうです」


「……」


「その結果、怒り狂った雪姫様に殴られたそうです」


「……そうですか……それは殴られても仕方ありませんね……」


「はい……多比人様というのは大丈夫なのでしょうか」


「まあ、防人様というのは我々の考えが及ばぬほどの英雄。何かお考えがあるのでしょう」


「時姫様がそうおっしゃるのであれば」


 そう言うと、滝姫は退室していった。


 時姫は窓の外を眺めながら思った。


(多比人様は変態の上に性欲の塊、性鬼なのでしょうか……雪の身が心配です。いえ、毒を以て毒を制すと言います。愛姫様を討つには、これくらいのド変態でないといけないのかもしれません)




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