36.月影祭り
(か、かわいい。かわいすぎる!!!)
多比人の目の前には、浴衣に着替えた雪がいた。
風呂上がりの上気した肌に、薄桃色の浴衣が良く似合う。
こんな綺麗な女性が自分の婚約者でいいのだろうか。多比人は幸せをかみしめていた。
「多比人様、そんなにじろじろ見ないでください。恥ずかしいです」
雪が頬を赤く染めてそう言った。
「ごめん、無理。こんなかわいい雪、ずっと見ていたい」
「もう、多比人様。雪をからかわないでください」
そう言う雪もまんざらではなさそうだ。
「これは奥様、お美しい! 旦那様はお幸せですな。お気をつけて行ってらっしゃいまし」
宿の主人が声を掛けてくる。
雪が恥ずかしそうに微笑む。
(宿の主人、グッジョブ! さりげなく夫婦認定してくれ、雪も嬉しそうにしている!)
宿の外に出て、お祭りの会場に向かう道すがら、雪がすっと多比人の手を握った。
(うおおおおおお~! 雪から手を握ってくれた! そう言えば手を握るのだって初めてか! 超絶幸せだ! 女の子の手って、こんなに柔らかいのか! 手を握った後はチュー、チューなのか!)
多比人は笑うとほっぺたが痛むことなど忘れ、ニヤついていた。
「そう言えば、楓はどうしたのです?」
手をつなぎながら雪が聞く。
「か、楓なら、周囲の安全を確認するとか言って、出かけて行ったよ。さすがはシノビだよね~」
多比人はそう言いながら、好きに飲み食いしていいから二人だけで祭りに行かせてくれと、しぶる楓に金を渡しておいて良かったと、心の底から思った。
祭りの会場は多くの人でにぎわっていた。西に太陽が沈み、東からは大きな月が登ろうとしていた。空にはまだ明るい夕空が広がり、これから祭りが始まる期待感が高まっていた。
「多比人様、わたし、りんご飴食べたいです!」
雪がりんご飴の屋台を指さして言った。
赤いりんご飴を食べながら歩く浴衣姿の雪を想像し、多比人は思った。
(りんご飴を食べながら歩く雪はかわいいだろうなあ。買います、買うとも、買わせてください! 軍資金は春ばあちゃんのお金のほか、北山さんにももらってたんまりあるんだ。何でも買いますよ!)
「いいよ! あの屋台に行ってみようか」
多比人は雪と手をつないで、りんご飴の屋台に行った。
屋台にはたくさんのりんご飴が並んでいる。
よく見ると、その前でおかっぱ頭の白い着物を着た十才くらいの少女が、りんご飴とにらめっこしていた。
「ぐぬぬぬぬぬ」
少女が唸っている。
「ねえ、どうかしたの?」
思わず多比人が少女に声を掛ける。
「ほ、欲しい。りんご飴が欲しい。しかし金が無いのじゃ」
少女は心の底から絞り出すような声でそう言った。
「ようし、じゃあお兄さんが買ってあげよう!」
「ほ、本当か! 恩に着るのじゃ!」
「おやじさん、りんご飴ふたつください!」
多比人はりんご飴を二つ買うと、雪とその少女にひとつづつ手渡した。
「うまい! うまいのじゃ!」
おかっぱの女の子は、年に似合わない言葉づかいで喜んでいたが、その笑顔を見ていると、自然とこちらも笑顔にさせるかわいらしさがあった。
「かわいい子ね」
雪も笑顔でその少女がおいしそうにりんご飴を食べる姿を見ていた。
お祭り会場の中心では、踊りが始まっていた。太鼓や笛の音に合わせて、中心に置かれた櫓の周りを皆が踊っている。
多比人は雪と手をつなぎながら、金魚すくいや輪投げなど、いろいろな屋台を見ながら歩く。
「多比人様、かき氷を売っています」
雪が指さす方を見ると、かき氷の屋台があった。
見てみると、冷蔵庫などない神界のせいか、結構な値段だった。
「雪、食べたい? 二つ買うから一緒に食べよう」
「本当ですか!」
雪の顔がぱあっと笑顔になる。
こんな笑顔が見られるのなら、いくらでも買ってしまうと多比人は思った。
「すいません、かき氷をふたつください」
「みっつじゃ!!!」
多比人が屋台のおじさんにかき氷を頼もうとすると、すぐ脇から声がした。
見てみると、さっきの少女が多比人の袖をつかんで立っていた。
「わらわもかき氷食べたいのじゃ! 買うてくれ! なあ、買うてくれ!」
少女がぴょんぴょん跳ねて多比人にせがむ。
その様子を見て雪が楽しそうに笑う。
「多比人様、その子かわいらしいですね」
「おぬし、多比人というのか。多比人よ、買っておくれ! わらわの願いじゃ!」
雪の機嫌が良くなるなら安いものだ。
「おじさん、じゃあ三つください」
多比人はかき氷を三つもらうと、雪と少女に手渡した。
シロップは好きなものを自分でかけられるようだ。
雪はイチゴ味のシロップ、多比人はメロン味、少女はどちらもたっぷりふりかけた。
「うまい! うますぎるのじゃ! わらわはかき氷大好きなのじゃ!」
少女は飛び跳ねて喜ぶ。
それを見て楽しそうに雪が笑う。
空にかすかに残っていた夕焼けの光が消え、夜が深まると祭りはさらに盛り上がっていった。櫓を囲んで踊る人達の人数は増え、夏の夜に響く太鼓や笛の音が、別世界のように響く。
多比人は踊りの輪に加わって、見よう見まねで踊る。雪は踊りの基礎が出来ているのだろう。自然で優美な所作で踊っている。好きな女の子と夏祭りで踊る。多比人は生きていて本当によかったと心の底から感じていた。
ふと見ると、先ほどの少女が櫓の上のステージに立って踊っている。
みんながそのかわいらしい姿をみて笑い、笑顔になる。
「あの女の子は、まわりを笑顔にさせる何かを持っているみたいですね」
雪が櫓の上を見ながらそう言った。
「そうだね。不思議な子だね」
多比人も雪の言ったことに納得だった。
そう言って二人は見つめ合って笑った。
イチャイチャして幸せそうな主の姿を遠目で見ながら、楓は頭にお面をかぶり、焼き鳥とじゃがバターを食べながら酒を飲んでいた。
「全く、シノビの気持ちも知らないで、我が主はお気楽なもんです」
そう言いながら、楓は次から次に焼き鳥を食べていく。いったい何本買ったのだろう。
「まあ、主の子作りサポートも、シノビの大切なお役目と久禮お姉様も言ってましたからね。こうやって陰ながら主の安全を見守る。出来るシノビとはつらいものです。死して屍拾うものなし」
楓はそう言いながら、楽しそうに踊る自分の主を見守っていた。




