35.月影ノ庄
北ノ庄の庄境まで、北山は多比人達を見送りについていった。
庄境には、大きな白い塀が延々と張り巡らされており、多比人はどこかの映像で見た刑務所の塀か、万里の長城を思い出した。北ノ庄は徹底的に他からの不法移住者を排除したいようだ。
庄境に設けられた関所は、北ノ庄から出ようとする人、入ろうとする人達でごった返していた。豊かな庄は、人の行き来も盛んなのだろう。
「これは私からの餞別。三人とも気を付けてね。くれぐれも仲良くね」
そう言って北山は小判の入った袋を多比人に渡した。
ずっしりと重い。
「すいません、何から何までお世話になってしまって」
多比人が頭を下げる。
「いいって、いいって。これは先行投資だと思っているよ。あとでたっぷり何倍にもして返してもらうつもりだからよろしくね」
そう言って北山は笑った。
「あと、これは雪姫様に僕からのプレゼントだよ」
そう言って、綺麗な織物のケースに入った櫛を雪に手渡した。
雪が櫛を出してみると、貝殻の象嵌で装飾されており、一目で高級な品だと分かる。
「北山様、ありがとうございます。大切にします。本当にいろいろと世話になりました。このご恩は忘れません。朔姫様にもよろしくお伝えください」
そう言って雪が北山に頭を下げる。
よく出来た妻だと思って、多比人は嬉しくなった。
北山が小声で多比人にそっと言った。
(女性の機嫌をとるには、甘いものを食べさせるかプレゼントを贈ることだ。覚えておいて損はないよ)
多比人は静かに頷いた。
関所は北山と一緒にいるせいか、多比人達はフリーパスだった。
北山に見送られ、関所の外に出ると風景が変わった。緑豊かな北ノ庄の関所の外は、荒涼とした風景が広がっていた。
「な、何だこれは」
多比人は驚いた。庄境の塀を境に、気候が極端に変わるとは思えない。なのに明らかに生えているわずかな樹木は貧相で、土地が瘦せているのが分かる。
人の感じも変わった。
関所の外に延びる街道の脇には、物乞いの人達があふれていた。
多比人は神界で物乞いを初めて見た。東ノ庄や北ノ庄にはいなかった。
豊かな北ノ庄を北山が塀で囲む理由が多比人にはわかったような気がした。
多比人達三人は、神都の目を欺くため、町人の格好をすることになった。
多比人は商店の若旦那風の着流し。雪はその妻。楓は二人の使用人のようないでたちだ。雪が刀を手放したくないというので、北ノ庄で仕込み刀の杖を作ってもらった。雪はその杖を突きながら歩いている。
しばらく三人が街道を歩くと、町中に入った。
東ノ庄や北ノ庄と違い、あばら家のような粗末な家が多かったが、祭りの準備のようなものをしており、活気があった。
町の中心街に入ると、そこそこ大きな屋敷も見かけるようになった。
「初日だし、今日は早めに泊まろうか」
多比人が提案すると、雪と楓も同意する。
「どこに泊まろうか。春ばあちゃんのお金をたんまり持って来た上に、北山さんからさらに餞別貰っちゃったしなあ。セキュリティも考えて、いい宿に泊まろうか」
多比人は豊富な資金に気分が大きくなっていた。
「賛成です、主! 変にケチって安宿に泊まると賊に襲われる可能性があります。いいところに泊まりましょう! わたし、ちょっと先に言って探してきます!」
楓はそう言って、宿を探すために走って行った。
気づくと多比人は雪と二人っきりになって歩いていた。
多比人の隣を雪がうつむきがちに歩いてくる。
「何か、新婚旅行みたいだね」
多比人が雪にそう言うと、雪は顔を真っ赤にして多比人を見上げた。
「もう、多比人様! からかわないでください!」
そう言って雪が多比人の左頬を人差し指で押した。
「痛ててててて!」
「はっ! ごめんなさい多比人様!」
多比人は雪に殴られた左頬を押さえて悶絶していた。
楓が探してきた宿は、この『月影ノ庄』で最も高級な宿だった。黒塗りの塀が立派な建物だ。宿の主人が多比人達を出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。旦那様方も、『月影まつり』を見にいらっしゃったんですか?」
「月影祭り?」
「はい、ここは何もないご覧の通りのさみしい庄ですが、年に一度の今日だけは賑やかです。少し休まれたらぜひ見に行ってみてはいかがでしょうか」
宿の主人によると、暑い夏の邪気を祓い、作物の豊作を月に祈念する、この庄で最も大きなお祭りが今夜あるらしい。
「雪、あとでちょっと見に行こうか」
「はい」
(女の子と夏祭りに一緒に行くなんて、三十四年間生きて来て初めての経験だ。よく恋愛漫画とかにあるシチュエーションじゃないか。まさか異世界でこんなことが叶うなんて!)
多比人のテンションは爆上がりだった。
(お祭りには屋台がつきものだ。そこで雪に綿菓子やりんご飴、じゃがバターなんか買ってあげよう。北山さんも女子の機嫌を取るには甘いものかプレゼントだって言っていたし! 意外と今夜、雪とキスできるかも!)
夕方から行われるという『月影祭り』に備えて、多比人達は宿の風呂に入り、汗を流すことにした。




