33.朔姫からの命令
「朔姫様からの御命令である!」
北ノ庄のシノビ達が飲んでいた部屋に、伝令がもたらされた。
いくら今日は東ノ庄と北ノ庄の防人が一緒のめでたい日とあっても、その伝令の声を聞いてシノビ達は姿勢を正した。
「今晩、多比人様と雪姫様の仲を取り持つよう、全力でサポートせよとの仰せだ」
中央にいた久禮が自分の杯を飲み干すと言った。
「朔姫様の御命令であれば仕方がない。我ら北ノ庄のシノビ一同、全力で多比人様の子作りをご支援差し上げようぞ!」
「応!」
シノビ達は大変な盛り上がりようだった。
「あの二人には荒療治が必要だ。とりあえず一緒に風呂に入れてしまえとの御命令だ」
それを聞いて、久禮は不敵に笑った。
「さすがは朔姫様、私が唯一敵わないと思う女性だ。一気に勝負をかけるおつもりだな、心得た!」
久禮は静かに空の杯を置いた。
そこで、久禮はさっきまで隣でへべれけに酔っぱらっていた楓がいないのに気付いた。
(楓はもう寝たか。よしよし、ここは静代姐さんに任せておきなさい)
久禮は襟を持ち上げて口元を隠すと、スッといなくなった。
☆ ☆ ☆
(結構酔っぱらったな)
多比人は商人達の勧め上手な酌に応えすぎて、千鳥足で風呂場へと向かっていた。
(さっきシノビの人が、お風呂が沸いていると言って勧めてくれたけど、風呂場ってこっちかな?)
城の中は分かりづらい構造になっており、酔っぱらった身にはさらに分かりづらい。
『多比人様、お風呂はこちらです』
よく見ると壁に張り紙がしてあり、矢印が書いてあった。
(さすがはリゾート会社を運営している北山さんの配下の人達だな。気遣いが抜かりない)
多比人は張り紙の矢印に従って歩いていくと、風呂場らしいところに出た。
薄暗い蠟燭が灯った脱衣所には湯気がほのかに立ち込めていた。
(こんなお城で風呂に入れるなんて、下界でやったら結構人気出るんじゃないかな。明日北山さんに提案してみよう。一応出向ってことになっているしな)
そんなことを考えながら、風呂場に入ると湯気が立ち込めていた。
体を流して湯船に入ると、お湯が湯船からざーっと流れていく。
(きもちいい!!)
お酒を飲んだ体に熱いお湯が気持ち良い。
多比人はお湯で顔を洗うと、手足を伸ばした。
ふと、伸ばした手に柔らかいものが当たるのを感じた。
(何だ?)
薄暗い浴室で、多比人はその柔らかいものをつかんでみた。
(何だこれ?)
つかんだものをそのままついーっと引き寄せ、よく見てみた。
「ウゲッ!!!」
その柔らかいものは、酔っぱらって湯船に浮かびながら寝ていた楓の太腿だった。
「おい、楓! お前何しているんだ!」
あられもない格好で湯船に浮かぶ楓を見て、多比人は驚愕した。
「……久禮殿、もう飲めましぇん」
「おい、楓、起きろ! お前何でこんなところにいるんだよ!」
その時脱衣所に人影が現れた。
「多比人様、いらっしゃいますか? 雪です。お背中をお流しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ゆ、雪!?」
多比人は裸の楓を抱えている今の自分を、雪にどう説明して良いかと考えた。急激に酔いがさめる。
脱衣所の向こうで雪が着物を脱ぐシルエットが見える。
嬉しい、嬉しいが絶体絶命だ。この状況を雪に見られるのはまずい!
「ゆ、雪、ちょっと待って!」
「うふっ。多比人様はいつもそう。もう待つのは飽きました」
雪のシルエットが浴室の扉に手をかけるのが見えた。
「とうっ!」
多比人は自分でも驚くほど湯船から跳躍し、浴室の引き戸を手で押さえた。
「ちょ、ちょっと多比人様! 何で扉を押さえているんですか! 開けてください!」
「いや~、男ってほら、お風呂場はムダ毛処理とかいろいろやることがあるから、女子には見せられないっていうか、僕は恥ずかしがり屋だし~」
「妻に恥ずかしがることなどありません。さっさと扉をお開けください!」
ものすごい力で扉が開けられようとしている。徐々に扉が開いていく。多比人は自分の妻の力に恐れ慄いたが、今ここで開けられるわけにはいかない。
(『神祓』よ、僕に力を貸してくれ!)
多比人がそう念じると、わずかに開かれた扉が徐々に閉まっていった。
「多比人様! 今日こそは逃しません! 観念してください!」
また僅かに扉が開き始めた。
「うおおおおお!」
「うううううう!」
二人からもの凄い力を加えられた扉が、ミシミシ音を鳴らし、震えている。
「何やっているんですか~? 騒がしいです」
多比人がすぐ後ろを振り返ると、目をこすりながら全裸の楓が立っていた。
「やべえ!」
楓に驚いた拍子に多比人の力が抜け、浴室の扉が開け放たれた。
雪が見たものは、最愛の人がその従者と裸で風呂場で並んで立っている姿だった。
雪は久禮と北山がそういう関係であることを知っていた。
「嫌~~~~!!!!!!」
雪にぶん殴られた多比人は、風呂場を突き破り、女中達が控える部屋に全裸で転がった。
久禮が風呂場に駆けつけた時には、楓がひとり、浴室で何が起きたのか分からずに突っ立っていた。




