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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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32.朔姫

「雪姫様、あれをどうご覧になりますか」


 男どもの愛姫様談義が盛り上がっている様を見ながら、朔姫(さくひめ)が言った。


「はあ……何というか、許せません。愛姫様……ますます殺したくなりました」


 雪姫は持っていた杯を一気に飲み干すとそう言った。結構飲んでいるようで、目が座っている。


「男とはああいうものです。雪姫様、妻とは夫の手綱を握ってこその妻。遊ばせるところは遊ばせ、締めるところは締めねばなりません。お分かりですか」


 朔姫も手元の杯を一気に飲み干してそう言った。


「我が夫など、北ノ庄をまるで自分一人で守っているような気になっていますが、庄長はわたくしです。実際はすべてわたくしが差配しているのです。だから北山は下界でふらふら遊んでいられるのです」


「朔姫様……」


「下界でどのような女と何をしようがかまいません。ですが神界はわたくしの領分。ここでの好き勝手は許しません」


「朔姫様、北山様が下界で何をなさっているのかご存じなのですか」


「当然です。バレていないと思っているのは北山だけです」


 そう言って、朔姫は下界のスポーツ新聞を雪姫に差し出した。


 雪姫が見ると、そこには北山リゾート社長と様々な女優、タレントやモデルとの交際遍歴が特集されていた。


「朔姫様、これは……」


「雪姫様、男とはこういうものです。決して気を許してはなりません。多比人様はお優しそうなお方のようですが、愛姫様が絶世の美人と聞くやあのお調子。お酌をしてもらうだけで何千万神銭も払うなど正気の沙汰とは思えません。わたくしがお酌をしても、北山はしてもらって当然との態度で平然としています」


 朔姫がお酒を雪姫と自分に注ぐ。


「防人様には、その力を求めて女子が数多(あまた)寄ってきます。殿方はふらふらと甘い言葉に惑わされ、浮気心を起こすものです」


 朔姫の言葉に雪が頷く。


「その手綱を握ってこそ防人の妻なのです。雪姫様、ちゃんと多比人様をご自分の手のひらの上で転がしなさい」


 雪姫は自分の杯を飲み干して言った。


「朔姫様、わたし、どうしてよいか分からないのです。いつ多比人様に捨てられるのかと思うと不安でたまらないのです」


 朔姫が雪姫の空いた杯にお酒を注ぐ。それも飲み干した雪姫が言う。


「多比人様はわたしのために愛姫様を討つと言ってくださっていますが、本当はそんなことをしたくないのではと思います。北山様のように、下界と神界を行き来して防人様というお力のもと、安泰に暮したいのではないでしょうか」


 優しい目をしながら朔姫が雪の杯にお酒を注ぐ。


「あなたはご自分のことをまるで分っていませんね、雪姫様。わたくしの見たところ、多比人様は雪姫様に惚れておいでです」


「……本当ですか」


「ええ。しかもベタ惚れです」


「……ベタ惚れ……」


 雪が真っ赤になった自分のほっぺたを両手で押さえる。


「もっとご自身に自信をお持ちなさい」


「でも……隣に寝ていても、多比人様は何もしてくださらないのです。口づけすらいまだにしていただいたことはありません」


「何と!」


 朔姫は天を仰いだ。


「雪姫様のようなお綺麗な方と実質的に結婚しておいて、口づけすら交わさないとは……大変失礼な物言いで恐縮ですが、ヘタレというものではないでしょうか」


「……ヘタレ……」


「雪姫様、これは多比人様に任せておいてはなりませぬ。あなたから積極的に行くのです。そうでなくては子作りはおろか、一生口づけすら叶いませぬ」


「一生!?」


 雪姫は多比人に結婚を申し込んだことを思い出した。確かにこちらから積極的に動いたからこそ多比人は結婚に同意してくれた。実家への挨拶も、自分が連れて行ったら挨拶してくれた。布団を並べて寝るのだって、自分が言ったから寝てもらえるようになった。多比人から言い出したものは何もないと雪は気づいた。


「でも、それで多比人様に嫌われてしまったらどういたしましょう」


「大丈夫です。この朔の見たところ、多比人様は雪姫様に積極的にアプローチされるのを望んでおられると思います」


「……せ、積極的なアプローチ……ですか……」


「そうです。失礼ながら多比人様はお優しい分、決断力に乏しい優柔不断なところがある方とお見受けしました。それは妻であるあなた様が補わねばなりません」


「……補う……」


「そうです。それが妻の役目です」


「つ、妻の役目」


 雪は朔姫から言われて、多比人が何もしてきてくれないことが、自分の役目を果たしていないことの結果なのかもしれないと思った。


 防人の妻としての先輩である、朔姫のそう断言する言葉に雪はそうかもしれない、いや、そうに違いないと思った。


 雪は自分の杯を一気に空けた。


「わ、わたしが積極的にアプローチして、多比人様の補佐をいたします」


 朔姫は優しく笑うと、こう言った。


「今宵、お二人の寝所にはシノビを配して誰も近づけさせませぬ。頑張りなさいませ」


「はい、朔お姉さま!」


「その前に、お風呂に一緒におはいりなさい。そう手配しておきます」


「お、お、お、お風呂ですか!!!」


 雪は持っていた空の杯を思わず落とした。


「そうです。隣に寝ていて何もしてこないなら、一緒にお風呂にでも入るしかないでしょう。雪姫様、一気に行くのです」


「……一気に……朔お姉さま、わたし、頑張ってみます!」


 ふたりはひしと抱き合った。


 そんなことも知らず、北山と多比人は商人達と、愛姫様とキスできるのにいくら払えるかで盛り上がっていた。




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