30.Barにて
その頃、ホテルの一階のバーでは、意外なことに、楓と久禮が意気投合していた。
「やっぱそうれすよね、防人様ってわれわれ『防人のシノビ』でもっていますよね」
楓がグラスを傾けながらそう言った。
「そうよ。防人様って、私達シノビがちゃんと面倒を見てあげないと、何にも出来ない生き物なのよ」
久禮もカクテルを飲みながら楓に同調した。
「特に楓ちゃん。あなたの防人様と雪姫様の関係は何なのかしら。中学生の初恋みたいよ。いや、今日日中学生でももっとマシよ」
「まったくなのれす。わらしも頭が痛いのれす。おそらくチューもまだなのではと」
「!? ほんとに! あらやだ、それって重症ね」
「そうなのれす。我が主は決断力が無いのれす」
「婚約しておいてキスもまだなんて、信じられない。決断力とかいう問題じゃないわ。何か病気なのかしら」
「病気!?」
「そうよ。楓ちゃん、あなた今度多比人様の下着に何か膿でもついていないか確認しておきなさい。良いお医者様を紹介するわよ」
「主が人知れず病気に悩んでいたとは。大変なのれす」
「主の体調管理も防人のシノビの重要な仕事よ」
「パンツ確認するであります」
楓が久禮に敬礼する。
「そうは言っても性病だからって、キスぐらいしても良さそうなものだけど。ひょっとして二人は喧嘩しているの?」
「そんなことはありません。雪姫様は多比人様に夢中れす。多比人様は雪姫様にぞっこんれす」
「それでキスひとつしないなんて、男女の理に反しているわ。うちの主様なんて、好きでもない女とキスなんていくらでもしているのに」
「ほう! 北山様はモテモテれすねえ!」
「そうね、そうは言っても一番主が愛しているのは私だけどね」
「はわわわわぁ! 久禮殿は北山様とおつき合いなさっているのですか!?」
「当り前じゃない。主と一心同体であるのが防人のシノビのあるべき姿、当然よ。楓ちゃんはどうなの?」
「そ、そんなことしたら、雪姫様に月くらいまで首を斬り飛ばされそうれす……」
「確かに、あの雪姫様、結構な手練れね。雰囲気で分かるわ」
「久禮殿は朔姫様に怒られたりしないんれすか」
「バレていないもの、大丈夫よ。その辺はシノビよ。ヘマはしないわ」
「……すごいれすね。そういうの、わらしなら雪姫様に0.4秒くらいでバレそうれす」
「まあ、楓ちゃん、すぐ顔や行動に出ちゃうタイプだからね。私そういう子、好きよ」
「久禮殿~!」
楓が久禮に抱き着こうとするのを片手で阻止しながら久禮が言った。
「問題は今日ね。北山リゾートが誇るこの高級ホテルのロイヤルスイートルームで、せっかく気を利かして二人っきりにしているのだから、一気に二人の関係が進んでほしいものね」
「か、関係とは!!!」
「でないと、お世継ぎ問題とかあるじゃない。東ノ庄だって、時姫様にお子はいらっしゃらず、神館に囚われたまま。あとは次女である雪姫様にお世継ぎを産んでもらうしかないじゃない。防人様との子供よ、後継ぎとしては誰からも文句は言われないわ」
「多比人様と雪姫様の子供!? ひょっとしていま、ロイヤルスイートルームで製造中れすか!」
「……どうかしら。子作りとはいかないまでも、せめてキスくらいはしてほしいわね」
「キス!!!」
「主のお世継ぎの世話までしてこそ真の防人のシノビ。楓ちゃん、頑張るのよ」
「了解なのれす! 楓が責任もって、多比人様の子供を作るのれす!」
「何か、ちょっと誤解を生みそうな言い方だけどまあいいわ。頑張りなさい」
「はい!!! おまかせくらさい!!!」
そう言って、再び楓が久禮に敬礼した。
その敬礼姿を、カウンターの奥でマスターが横目で見る。
(このバーは、バーを目当てに宿泊する客もいるほどなのに、騒がしい客だなあ。ここは居酒屋じゃないんだけど。さっきから卑猥な言葉が聞こえてくるし、今日の客筋は悪すぎる。もう早く帰ってくれないかなあ)
「マスター、フローズンダイキリお願いできるかしら」
「わらしもその、風呂で大根くらさい!」
マスターは深く長い溜息をついた。




