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ばあちゃんの遺品が聖剣だった!  作者: 渓夏 酔月


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29/70

29.高級ホテルの夜

 夕食後、それぞれ露天風呂を堪能した多比人と雪は、北山の用意してくれたロイヤルスイートルームにいた。二人は大きな窓の前に置かれたソファに並んで座っていた。


 このロイヤルスイートルームには、二人では使いきれないくらいたくさんの広い部屋があるにもかかわらず、ベッドは一つだけだった。


(絶対に今夜チューしてやる。いや、ひょっとしてチューの先にも進んじゃったらどうしよう)


 夕食後、別れ際に北山が多比人に、「頑張れよ」と意味深に声を掛けて笑ったのが思い出された。


 窓から見える、降ってきそうな星空を見ながら多比人は、この絶好のシュチィエーションを生かすしかないと思った。


 薄暗い室内で、多比人は部屋にあったシャンパンを二つのグラスに注ぎ、ひとつを雪に渡した。


「星空と、明日からの無事を祈って乾杯」


「はい……乾杯」


 多比人と雪がグラスを合わす。チンッっと小さな音が鳴る。


(いまのはいい感じだったぞ!!)


 シャンパンの味は、小さい頃クリスマスで飲んだシャンメリーとは違うということ以外分からなかったが、多比人は自分で言った言葉に手ごたえを感じた。


 多比人が雪を見ると、湯上りでほんのり上気した頬がかわいい。


 浴衣もよく似合っている。


(ここは年上である僕がリードしないと。年上らしい余裕を見せなくては)


 多比人は足を組んでみた。


 緊張のせいか、ありえない足の組み方になって、多比人は足が()りそうになった。


 多比人は足を組むのをやめた。


(やばい、やばいやばい。謎の行動しちゃった。キスする時ってどうすればよかったっけ。そう言えば何かのドラマで見たことある)


 多比人はかつて見たドラマの映像を思い出し、言った。


「あ、雪さん。(まつげ)にごみがついているよ。取ってあげるよ。目をつむって」


「……はい」


 ドラマではここでキスをしていたのだが、多比人は思った。


(これって不意打ちじゃないか!)


 多比人が目をつむっている雪を見る。


(不意打ちって、雪は凄く嫌いそう。ダメだ。これはダメなやつだ)


 多比人は思いとどまった。


「あ、ごめん、ごみがついていると思ったら違った。あははは、目を開けていいよ」


「……そうですか」


 雪はそっと目を開けた。じっと外の景色を見ている。


(やっちゃった。やっちゃったよ。変な雰囲気になっちゃった。挽回しなきゃ、どうしよう)


 多比人はシャンパンを手酌で自分に注ぐと、一気に飲み干した。


「げぷっ」


 げっぷが出た。


(最悪だ! げっぷ出ちゃった。げっぷの出た男とキスしたがる女性なんているはずない!)


 雪は多比人のげっぷを聞いても何も言わない。ただ、視線は窓の外の景色に向けられたままだ。


(どうしよう、どうしよう、数馬多比人! お前はやれば出来る男じゃないのか!)


 美好課長の言葉が思い出された。


『優柔不断で決断力のないあなたは、未来永劫結婚できないわよ。きゃはははは』


 もう、やるしかない。多比人はいきなり雪にチューすることにした。


 チューすることにした……が、雪を引き寄せようとした手は虚空をさまぐるばかりで、何も出来なかった。


「あの……」


 雪が口を開いた。


「今日は疲れたのでもう寝てもよろしいでしょうか」


「あ、そうだね。今日は長距離を移動したし、明日もいろいろあるしね」


 多比人が無理に作った笑顔でそう言うと、雪はそそくさとベッドにひとりで入ってしまった。


 多比人はがっくりして、シャンパンを自分のグラスに注ごうとしたが、もうなかった。


(はあ~、ダメだった。こんな絶好の機会に、キスできなかったなんて、僕はやっぱり決断力のないダメ男なんだ)


 多比人は深く大きくため息をついた。 




☆ ☆ ☆




(あぶなかった……)


 雪はひとりベッドの中に入ると、ほっとした。


(東ノ庄と隣接する下界の土地を守ることが、東ノ庄を守ることだなんて知らなかった)


 雪は北山から言われたことを思い出していた。


(春姫様が東ノ庄と隣接する下界の土地を買い集め、多比人様が相続されていたなんて。そう言えば、葵様がお野菜を持ってきてくださるとき、どうせ多比人の土地で作ったものだからと言っていた。そういうことだったんだ)


 ソファの方から、多比人がシャンパンをグラスに注ごうとしている音がする。


(だとすると、ますます多比人様が神界で愛姫様に挑む理由が無くなってしまう。多比人様はあの家で、あの土地を守って暮らすという大切なお役目がある。なのにわたしのせいで、時姉様と鷹姫おばあ様を取り返すために神界へ行こうとしている)


(つまり、わたしさえいなくなれば、その理由もなくなり、土地を守って暮らすという多比人様の本来のお役目を全う出来るということ)


 雪は多比人が足を謎の形に交差していたのを思い出した。


(あれは、何か防人様の必殺の足技を繰り出そうとしていたのではないだろうか。邪魔なわたしを始末するために)


(しかもわざとらしく目をつぶれとおっしゃった。わたしは多比人様に殺されるなら本望です。目をつぶってその時を待った)


(でも、何もしてこなかった。しかもげっぷまでして……多比人様はお優しいから、さすがにわたしを殺すのは哀れに思われたのかもしれない。その後も何かしようとしていた。わたしにきっと別れを切り出そうとしていたに違いない)


 ソファで多比人が深いため息をつくのが聞こえた。


(多比人様、残念がっている。きっと、別れを切り出そうとしていたにもかかわらず、わたしがさっさとベッドに行ってしまったことで、言えなくて残念がっている)


 雪はベッドの中で身を固くした。


(それでも多比人様と別れたくない。一緒にいたい。この婚約指輪は何があっても外すものですか。多比人様から別れを言い出されるのを防ぐためにベッドに入ったけど、出来る限り別れを言われるのを引き延ばしてやる)


 多比人がベッドに入ってきた。


「雪……寝ちゃったのかな」


 雪は別れ話を切り出されないように、寝息を立てて寝ているふりをしてみた。


(めっちゃ狸寝入りしている。げっぷして雰囲気ぶち壊しにしたこと怒っているのかな)


 多比人はそう思いながら、仕方がなくベッドに入って寝た。


 窓の外では星々が悲しそうに光り輝いていた。




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