25.愛姫様
神界の中心部、神都にある神館の奥深くに位置する大神殿で、女神様に神界の様子をご報告する、月に一度の神官内奏の儀が行われていた。
大神殿の中にある、通常の政務、儀式関係が行われる『月の間』から少し離れた、『朧の間』という小さな部屋で神官内奏は行われる。
出席者は内奏を受ける愛姫様に、内奏する第一神官、それを補佐する第二から第五神官と、立ち合いの大神官の七名であった。
午前のさわやかな日差しが差し込んではいるものの、『朧の間』はやや暗い。その中で、御簾の向こうの愛姫様の周りだけが明るくなっている。愛姫様の体から発せられる光の粒子が静かに輝いているのだ。
「三か月ぶりに神官内奏の儀が行えること、誠に嬉しく思います」
この神界における、神である愛姫様を除く、人としての最高位は大神官。それに次ぐ地位の第一神官、菊姫は、大神官である冬芽橘樹の長女である。第一神官の証である紫の線が入った白い巫女服を着て、愛姫様の前で平伏していた。
菊姫は、ゆっくりと顔を上げると、脇に置かれた漆塗りの台の上の巻物を広げ、神界の近況について報告を始めた。
「愛姫様が祈りを捧げられた祈祷札のおかげで、神界の作物は今年も順調に育っております。民は皆、愛姫様に感謝しております。先日、『重音の庄』からは、珍しい宝石が採掘されたとのことで、愛姫様に献上差し上げ……」
静謐な室内では、菊姫の内奏が続く。
御簾の奥で、愛姫様は何も言わずに内奏を受けている。
今日もこのままいつも通りに、愛姫様は一言も発することなく神官内奏の儀は終わるかと思われた。
菊姫が内奏の言葉を止めた。
他の神官達が顔を上げる。
御簾の奥では、愛姫様が立ち上がっていた。
「あ……愛姫様?」
思わず菊姫が声を掛ける。
愛姫様はそんな言葉など聞こえないような、否、この部屋ではなくどこか遠くのことを見ているようなそぶりで言った。
「……今……何か……」
神官達が、愛姫様の突然の行動に戸惑い、押し黙っている。
その静寂を破って大神官、冬芽橘樹が口を開いた。
「さあ、愛姫様は少々お疲れのようだ。これにて神官内奏は終わりだ」
その言葉に、神官達は平伏して退室していった。
大神官は御簾の奥に入っていくと、愛姫様に声を掛けた。
「愛姫様、どうなされたのです」
「……」
自分の手をじっと見つめている愛姫様に、大神官はにっこり笑って言った。
「さあ、そろそろ祈祷所に参りましょう。愛姫様の祈祷札を心待ちにしている民が大勢おりまする」
そう言って、大神官は愛姫様の背中に手を当てながら、一緒に退出していった。




