24.こうと思ったことはすべてやり遂げてきた女
いつの間にか、波姫の裁断は早くて公平だと評判が立つようになった。神界における訴訟の裁断が出来るのは大神官だけの特権であった。しかし、よほどの大きな案件以外は部下の五人の神官に任されており、訴訟を起こそうと思う者は、それぞれ自分で選んだ神官のもとに案件を持っていく仕組みになっていた。
ただ、神界の訴訟の裁断にかかる日数は長く、場合によっては何年かかっても裁断が下りないこともある。
それが波姫のところに持ち込まれた訴訟では、一か月ほどで判決が下され、しかも公平だと評判だった。その評判がさらに波姫のところに持ち込まれる訴訟の数を増加させた。訴訟の数の増加は波姫への寄進額の増大となり、最近では波姫の裁断を仰ぐためには相当な金額を支払わなければ受け付けてもらえないほどになっていた。
「おー、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」
波姫は笑いが止まらなかった。
時姫に丸投げした訴訟の前裁きのおかげで、訴訟受付件数が飛躍的に伸びて寄進額がうなぎ上りになったうえ、裁断が公平だと名声まで得られたのだ。
「お母様の次の大神官はわたしで決まりね」
「波姫様のような方が大神官におなりになれば、民も喜ぶことでしょう。微力ながら時もお手伝いさせていただきます」
時姫がそう言って恭しく頭を下げた。
「時、あんたが言っていた、シノビ増員の件、認めてあげるわ。ちゃんと良く調べてもっと公正な裁断を行いなさい」
時は、訴訟を起こした当人達からの書類だけでは真実が分かりにくいと、シノビを使って裁断前に情報を調べる仕組みを作り上げていた。訴訟件数の増大に伴い、使うシノビの増員を波姫に願い出ていたのだ。
「ありがとうございます。波姫様の名声を高めるよう、一層努力いたします。なお、前裁きの部署の増員に際しても、人選はお任せいただいてよろしいでしょうか。経験のある、元庄長の娘達を中心に選びたいと思っております」
「いいわ。わたしからお母様に言っておいてあげる。そのかわりもっと訴訟を受けるのよ」
そう言って波姫は高笑いしながら出かけて行った。今贔屓にしているお気に入りの俳優の芝居を見に行くのだ。今夜はまた帰って来ないだろう。
訴訟の案件の増加に伴い、時姫の下には訴訟の書類を読み込んだり、シノビからの情報を確認する『訴訟前裁き処』が創設されていた。そこには、愛姫の『婿見せ』で負けて囚われた姫達が集められていた。そもそも、愛姫の『婿見せ』のターゲットになるのは、庄長の家柄かそれに準する身分の高い夫婦であったので、皆能力の高い女達ばかりであった。
それらの者達は、今までしたこともなかったドブ攫いから床掃除まで、下働きに疲弊していた。しかし、時姫のもとに集められ、姫として遇せられると、次第に時姫に忠誠を誓うようになっていった。
この頃になると、前裁きだけでなく、裁断すら波姫は時姫に丸投げするようになっていた。
すると、寄進が波姫だけでなく、実質的な裁断者である時姫のもとにも秘密裏に届けられるようになっていた。
こうして時姫は、自分に忠誠を誓う有能な部下達と、神館に囚われの身でありながら神界すべての情報を集めることの出来るシノビの情報網、それに豊富な資金を手に入れるようになっていった。
(波姫様の虚栄心と出世欲を利用して、この神館の内側から攻略してやります。そして、愛姫様の弱点を探し出し、妹が婚約したという防人様に伝えなければなりません)
時姫は波姫の部下としての存在感を、さらに高めようとしていた。そうすることで、大神官と五人の神官のほかは僅かな直属の女官以外、普段は会うことの出来ない愛姫様に謁見することを目論んでいた。
(『婿見せ』で戦って以来、愛姫様を神館で見かけたことはありません。奥の大神殿からは出てこないのでしょう)
時姫は『婿見せ』で初めて見た時の愛姫様を思い出していた。腰まである長く美しい銀髪、燃えるような深紅の瞳に、透き通るような白い肌。これから戦う相手だというのに、その笑顔に同性であってもすべてを投げだして、その手に抱かれたくなるような誘惑。
(あれが愛と豊穣の女神ですか)
自らが発する白く輝く粒子を纏いながら、優しく微笑む美しい女神に、果たして弱点などあるのだろうかと時姫は思った。愛姫様を見た瞬間、生き物として隷属したくなった感覚を思い出した。
(春姫様に敗れているのです。弱点が無いわけがありません。日常的に接することが出来るようになれば、きっとそれも見えてくるはずです)
時姫はいままでこうと思ったことはすべてやり遂げてきた女だ。まだ負けではない、これからだ。きっと成し遂げてみせると自分自身を奮い立たせた。




