19.鷹姫
東ノ庄が神都軍によって制圧された数日後、神館の中心部にある、大神官の謁見の間に鷹姫が引き出されていた。仕立ての良かったであろう着物は汚れ、髪も乱れ、その顔には戦乱のよるものと思われる汚れがついたままであった。
両脇の兵士達が鷹姫の肩を押し、むりやり頭を下げさせる。すると謁見の間の上座に、黄金で縁取りされた巫女服を着た年配の女性が現れた。左手首には黄金の腕輪が光っている。
「大神官様の御成りである」
普段は女官達が大勢集まる広い謁見の間ではあったが、今日は僅かな者しかいない。がらんとした空間に、大神官の到着を告げる声が響く。
大神官と呼ばれる女性が上座にゆっくりと腰を下ろした。
「鷹姫、顔を上げよ」
大神官がそう言うと、肩を抑えていた兵士が手を放し、鷹姫が顔を上げた。
鷹姫が平然と大神官を見る。
「鷹姫、久しぶりだな。六十年ぶりか。あれはまだ私が神館で下級女官をしていた時であったな」
大神官は懐かしむような目をして続けた。
「あの時のお前は眩しかった。東ノ庄の使者として訪れたお前を見て、東ノ庄を実質的に差配しているのはこの女だと、当時の私は憧れたものさ」
「橘樹、昔話をするためにこの私を連れてきたわけではあるまい」
鷹姫のその言葉に、両脇の兵士が鷹姫の肩を抑えて頭を下げさせる。
「よいよい。好きに言わせてやれ」
大神官のその言葉に、兵士が鷹姫から手を放した。
鷹姫は顔を上げて居住まいを直すと、大神官を見上げた。
大神官が鷹姫に言う。
「鷹姫、今日はお前に伝えておきたいことがあってな。それでお前を呼んだ」
何も言わない鷹姫に、大神官はにやりと笑う。
「これから春姫の血族を根絶やしにする。散々いたぶった上にな」
鷹姫は何も言わない。
「私はこの時を待っていた。春姫の死で、お前達を守るものは無くなった。お前達の大切にしてきた東ノ庄は燃やした。庄の民はお前達を憎むだろう。最終的には、庄の民の手によってお前達にとどめを刺してやろう。お前達の大切にしてきた東ノ庄の民に裏切られ、死んでいくのだ。おもしろいだろう」
鷹姫はとくに表情も変えずに大神官のことを眺めていた。
「どうだ、鷹姫。何とか言ってみろ」
しばらくの沈黙が流れた後、ゆっくりと鷹姫が口を開いた。
「神都軍の東ノ庄への急襲、あれは見事であった」
鷹姫は続けた。
「まさか、神都軍のほぼ全軍をもって攻めて来るとは思わなんだ。完敗だった。あっぱれなことよ。敗軍の将は潔くお前に首を刎ねられよう」
「知将と名高い鷹姫にそこまでお褒めいただくとは面映ゆい。だが、お前の首はまだ刎ねん。すべてが滅んでいく様を、最後まで見せてやろう。首を刎ねるのはその後だ」
大神官はさも嬉しそうに笑う。
鷹姫は表情一つ変えずに言う。
「私は見たくないのだ」
「そうだろう、そうだろう。春姫やお前達が築きあげていったものが無くなり、大切な親族達が苦しみ、裏切られ、非難されながら死んでいくのを見たくないのは当然だ。それを私はお前に見せてやろうと言っているのだ」
大神官の高笑いが部屋に響く。
「橘樹、お前は何か勘違いしているようだが、私が見たくないのはお前の悲惨な末路だ」
鷹姫の言葉に大神官の高笑いが止む。
「橘樹、確かにお前は同情すべき逆境から這い上がり、大神官という人としての最高位まで登り詰めた。これは凄いことだと思う」
「……何が言いたい、鷹姫」
「私は昔、神館で見たお前を覚えている。おっとりした人の良さそうな娘だった」
大神官が鷹姫を見つめる。
「そんなおっとりした平凡な娘が、今こうして久々に会ってみれば、酷い変わりようだ。想像を絶する苦労や人に言えない道のりを歩んできたのだろう」
鷹姫は淡々と続ける。
「そんなお前が、再び地に落ちて苦しみ死んでいく様は、あまりに悲しすぎて私は見たくない。私の首を刎ねるなら今だ、橘樹よ」
大きく息を吐いて大神官が言う。
「随分と余裕だな、鷹姫よ。地に落ちていくのはお前達だ。私ではない」
「では、お前は何を恐れている」
鷹姫がにやりと笑って言う。
「橘樹、お前は怯えているのだろう。私の首を刎ねるのすら怯えている」
二人の間に沈黙が流れる。
その沈黙を破って、大神官が口を開いた。
「……ニセ防人のことか」
今度は鷹姫の高笑いが部屋に響いた。
「ニセ防人とはおもしろい。見事な差配で東ノ庄を攻め滅ぼしたお前が、うちの防人様が本物か偽物か分らぬはずはあるまい」
大神官は鷹姫の顔を見つめる。
「我が東ノ庄には防人様がいる。防人様が無事なら東ノ庄はほぼ無傷と言っても過言ではない。橘樹よ、お前、防人様が今どこにいるかも知らないだろう」
「知るも何も、『神祓』を出せぬ防人に何が出来よう」
笑いながら鷹姫が言う。
「お前、本当に防人様が『神祓』を出せないと思っているのか。この鷹姫が、そんな確認もせずに防人様だと認めると思うのか」
大神官の顔から余裕が消えた。
「春姫様以来、久々に『神祓』を見たぞ。あの白く輝く剣は聖剣そのもの。あの美しい聖剣の露と消えるお前は果報者だ」
「だまれ!」
「多比人は幼少の時以来、先代防人様である春姫様に、毎日付きっ切りで剣術を鍛え上げられた達人。おまけに春姫様譲りの知略と激しい気性。そして既に黒平良の黄金を軍資金として蔵一杯渡してある。あの激しい男は、『婿見せ』などまどろっこしいことなどせずに、明日にでも神都に単身でも攻め上って来ようぞ!」
「この者を連れて行け!」
鷹姫は両脇の兵士に無理やり立たされると、部屋の外へと連れ出されていった。まだ外からは鷹姫の高笑いが聞こえている。
「頼光を呼べ!」
大神官の命令に、女官が兵部官長である廻目頼光を呼びに行った。
(防人が『神祓』を使えるだと? そのような情報はないが、念のため強硬策は控え、さらに情報収集をする必要があるな)
大神官、冬芽橘樹は、悲願であった東ノ庄制圧を成し遂げた。さらには黒平良という念願の金山を手に入れたことで、自分が少し増長しすぎているのではないかと自分自身を戒めた。
(勝つ手よりも負けない手だ。私はこれでこの地位までのし上がったのだ。現状我々の優位は揺るがない。勝ちを焦る必要はない。まずは防人の情報を集め、それから判断しても遅くはあるまい)
橘樹はそう思い直すと、やってきた廻目頼光に言った。
「頼光、防人を襲うのは止めだ。もう少し情報を探ろう」
「あ~、考え直して頂けたんで? ありがとうございます、こっちも無駄に部下を失いたくないんでね」
頭の後ろに手を組みながら、廻目頼光がほっとしたように言った。
その頃、軟禁部屋に放り込まれた鷹姫は、壁に背をもたれて座りながら思った。
(多比人が聖剣を出せないのを橘樹が知っているとは、さすがだな。内通者がいるか。まあ、私が今出来るのは、ハッタリをかまして多比人への攻撃を遅らせ、時間を稼ぐことだけだ。後は頼んだぞ、多比人、雪)




