17.何もしない防人
「突然お会いしたいなどと言って申し訳ありませんでした。今回お伺いしたのは、北山さんにお尋ねしたいことがあるからです」
早速用件を切り出した多比人に、笑いながら北山が答える。
「だいたい久禮から聞かせてもらったよ。防人の聖剣の出し方とかだっけ?」
「はい、そうです。ただ、その前に……そもそもの話なんですが……僕は自分が本当に防人かどうか自信がないんです」
「君は防人だよ。一目見てすぐにわかった。君も私を見て何か感じただろう?」
「え、ええ。失礼ながら、同じ何かを感じました」
「そうだろう。しかも下界と神界を行き来出来て、手をつないだ神界の人間を下界にこうして連れて来ることが出来る。これが防人じゃなかったら何なんだってことさ」
北山は優しく笑いながらそう言った。笑うと穏やかな風が吹くようだ。
「でも、聖剣がいくらやっても出てこないんです……」
「多比人さん、それで悩んでいるんだね」
「ええ、聖剣が出せなければ、皆を守ることが出来ません」
「う~ん、聖剣が皆を守るために必要かどうかは置いておいて、聖剣を出せないというのは防人としての信憑性にかかわるかもね」
そう言うと北山は、右手をパッと横に出して手のひらを握った。
するとほのかに青みを帯びて輝く剣が現れた。数馬の『神祓』と形がそっくりの剣だった。
楓と雪が思わず感嘆の声をもらす。
「これが私の聖剣『蒼世』だよ。わずかに青みを帯びているのが名前の由来さ」
北山は『蒼世』をゆっくり振りながら言った。
「聖剣っていうのはツンデレでね。自分が気に食わない人間には決して扱われようとはしない。ましてや体の中に入ったりなんかね。だから多比人さんのことを気に入って体に入ったくせに、素直じゃないんだよ。多比人さんに甘えているか、自分のことをもっと分かってほしいと思っているかもしれないよ」
「聖剣のことを分かる?」
「聖剣を扱うということを理解する。聖剣を扱う覚悟と言ってもいいかもしれないな」
「覚悟……ですか?」
「そう、覚悟。俺はこの聖剣とともに生きてやる。すべての障害をこの聖剣とともに打ち破ってやるという覚悟。聖剣に対する信頼と言ってもいい」
「聖剣に対する信頼……」
多比人は確かに聖剣に対する信頼や覚悟が足りていないと自覚していた。突然降ってわいたあまりにも強大な力を正面から受け止めきれず、逃げていたのかもしれない。多比人はこれでは今まで通りの優柔不断のままだと思った。
「まあ、多比人さんはいずれ雪さんと結婚して、『婿見せ』に臨むんだろう。それまでには覚悟も信頼も出来るだろうから心配いらないさ」
北山はそう言って、『蒼世』をその手のうちに引っこめた。
既に自分達のことをいろいろと調べられていると、多比人は思った。
「そう言えば、どうして北山さん夫婦は、『婿見せ』に呼ばれないのですか?」
「どうしてって、答えは単純さ。私は神都に対して弓を引かないって密約しているからね。神都が一番恐れるのは『神討ち』の出来る防人さ。とは言っても、防人にとっても『神討ち』は危険な賭けでもある。現に西ノ庄の防人は敗れているからね。だから、私はいくら神都が神界で横暴なふるまいをしようと、北ノ庄にさえ手を出さなければお互い何もしないって密約を結んでいるのさ」
紅茶を一口飲むと、北山は続けた。
「そのおかげで北ノ庄には『婿見せ』の呼び出しが来たことは一度もないし、年貢も免除。祈祷札を買わなくても愛姫様の力で豊作が確約され、毎年結構な額の下賜金までもらっている。いいことずくめさ」
「まあ、代わりと言っては何だけど、北ノ庄以外での私の評判は最悪だね。防人なのに何もしてくれないって。『何もしない防人』、それが私についた神界での呼び名さ」
そう言って、少し寂しそうに北山は笑った。




