12.襲撃
土曜日の朝、多比人は待ちきれぬ思いで目が覚めた。
(早く雪に逢いたい!)
まだ夜が明けきらないうちから起き出した多比人の隣で、楓が言う。
「主、雪姫様に会うのがそんなに待ち遠しいんですか」
「またお前、僕の布団の中に入ってきたのか!」
「いいじゃないですか、家に二人しかいないんだから寂しいじゃないですか」
「ちゃんと部屋と布団を与えただろう」
「いいんですか? 雪姫様に、楓はもう主と一緒の布団で寝る仲になってしまいましたと言っちゃっても。クケケケケケッ」
「やめろ! お前絶対それやめろよ!」
「雪姫様怒るだろうな~、いや、悲しまれるかな~」
「おい、本当にやめてくれ!」
「冗談ですよ。ちょっと妬いちゃっただけです。でも、『かっぱかにせん』が足りなくなると、口が滑ってしまうかもしれません」
毎日テレビを見ながらスナック菓子を食べるだけの『防人のシノビ』の役割が分からなくなりながら、多比人はテレビで見た北ノ庄の美しいシノビを思い出していた。幼児体型の楓と違って、出るところが出ている大人の女性だった。
(美好課長に少し似ていたな……)
「ちょっと、主。いま何を考えていました? ひょっとして北ノ庄のシノビと楓を比較していましたか」
「そ、そんなことないよ」
「この楓、主の役に立って見せますとも! 療養で傷も癒えました! 本日は雪姫様との逢瀬、この楓が露払いして差し上げましょう!」
そう言って布団から飛び起きた楓は、自分の部屋に戻って準備を始めた。
楓がいなくなった部屋で、多比人も支度をする。カバンの中に、須山の町で買ったネックレスを入れた。
(雪、気に入ってくれるかな)
多比人と楓は朝食をそそくさと済ますと、早速古舞山に向かって出発した。
途中で何を思ったのか、急に楓が先頭に立って歩き出した。
「我が尊敬する主様。お足元にお気を付けください」
「蜘蛛の巣が張っておりますが大丈夫です。この楓がすべて取り払ってしまいます」
楓の態度の豹変に、多比人が訝しがる。
「楓、急に態度が殊勝になっちゃってどうしたの?」
楓が慌てて小声で多比人に言う。
(見ているんです! 見られているんです!)
「誰に?」
(葵様です! どこにいるかは分かりませんが、気配と殺気をビンビン感じます!)
そう言うと、楓は多比人に殊勝な態度をとり続けた。
多比人は楓の言葉を聞いて、自分が知らず知らずのうちに、多くの人に守られながら生きてきたのだなあとしみじみ思った。
経文の刻まれた大岩まで来ると、多比人は楓と手をつないで洞穴に入った。真っ暗な洞穴を通り抜け、神界の明るい雑木林の中に出た。
「はあああ~、緊張した!」
楓が伸びをする。
「さすがに葵様でも、単独では神界には来られないか。いや~あの殺気、ヤバかった」
多比人には何も感じなかったが、シノビというのはそういうのが分かるのかと思った。楓はちゃらんぽらんな感じだけど、さすがだなと思った。
「あれ、何ですか、これ?」
楓は急に伸びをやめると、周りをくんくんと嗅ぎ出した。
「……戦の……臭いがします……」
楓は周囲を警戒しながらそう言った。
「戦?」
「主、とりあえず身を隠しましょう」
楓は多比人の手を取ると、近くの岩陰に身を隠した。
「戦の臭い? 何にも感じないけど」
しゃがみながら多比人が楓に聞く。
「もうじき主にも分かります。警戒してください。今このタイミングでの戦と言えば、主様抜きの理由は考えられません。裏道から館に参りましょう」
そう言って楓は、雪が多比人を連れて歩いた道とは違い、山の中に入って行った。途中、小高くなった場所から見てみると、庄の中心部に焼け跡が広がっていた。
「火事?」
「主、あそこを見てください」
楓が指さす方を見ると、多くの兵が駐屯しており、そこかしこをせわしなく赤い甲冑の騎馬武者が行き交っていた。
「あの赤備え、神都の兵です」
「神都? 愛姫様の兵?」
「さすが愛姫様、敵ながらあっぱれ。主のいない隙を狙ったか」
「雪は? みんなは無事なのか?」
「とりあえず、館のあたりを見に行きましょう。身内の者がいれば事情を聞き出しましょう」
そう言うと、楓は多比人を連れて山道を駆けて行った。
館の近くまで来ると、楓は自分が様子を探るから、多比人はここで隠れているようにと言った。
「楓、大丈夫か? 無理するなよ」
「何を言っているのですか、楓はシノビですよ。こういうのは得意中の得意です。寝ながらだって出来るくらいです。楓の心配より、主が見つからないように気を付けてください」
そう言うと楓は、ドヤ顔をしながらふっと姿を消した。多比人は林の中に隠れ、待つことにした。




