107.婿見せ
多比人が初めて見る神都は、まさに都と呼ぶにふさわしいものだった。
神館へと続く朱雀大通りは広く、まっすぐに続いていた。その両脇には、立派な門構えの屋敷や商店が並んでいた。
多くの民衆が建物の外に立ち、多比人達に声援を送っていた。
「俺達を苦しめる愛姫様を討ってくれ~!」
「飢えから救ってくれ~!」
「愛姫様を討って、世直ししてくれ~!」
多くの庄より優遇されているはずの、神都の民衆がそう言っていることに、多比人は少なからず衝撃を受けた。
(愛姫様のおかげで神都は他の庄より優遇されているはずだ。それでも愛姫様を討って欲しいと思うのか)
やがて巨大な朱塗りの大門、朱雀門が見えてくる。神館に到達したのだ。
利姫が多比人達に言った。
「この先の『婿見せの間』に愛姫様がおられる。兵はここまでだ」
多比人は初姫など、幹部十名ほどを連れて『婿見せの間』に入った。
『婿見せの間』は、白い砂利が敷き詰められた大きな広場だった。
巫女服姿の女性や女官達が居並ぶその奥に、遠めに見ても、もの凄いオーラを放つ女性が座っていた。
腰まで流れる美しい銀髪に深紅の瞳。光の粒を纏い、ほのかに光っている。
美の象徴。愛と豊穣の女神、愛姫様だった。
多比人はそのあまりの美しさに心を奪われた。
神というものがあるならば、これぞ神だと多比人は思った。
多比人の周りの幹部達が平伏する。初姫も平伏している。
足が小さく震えているが、雪はきちんと立っていた。その顔には防人の妻としての矜持が現れていた。
(あれが神か……僕はあれと戦うのか……)
祖母がかつて戦って勝ったという想いだけで、多比人は神に平伏したくなる人としての本能をねじ伏せた。
(僕に……勝てるのか……)
静寂が『婿見せの間』に広がる。
多比人が右手を横に広げ、聖剣『神祓』を出そうとしたその時だった。
「多比人~! 多比人ではないか! 雪も来たのか! 待ちくたびれたのじゃ!」
愛姫様が多比人のもとに、さらさらと走ってくる。
多比人と雪の手を取りながら言う。
「お前達結婚したのか! 良かったのう! ほんとに良かったのじゃ!」
愛姫様が、握った多比人と雪の手をぶんぶん振って飛び跳ねる。雪は驚きのあまり気を失いそうになっている。
「愛、多比人と雪がびっくりしているじゃないか。その姿じゃわからないよ」
長身のイケメンが、愛姫様の隣に立って多比人達にさわやかに笑いかける。
「やあ。その節はお世話になったね。二人が結婚したと聞いて僕達も嬉しくってね。それで何か立て込んでいるみたいだったけど、『婿見せ』に招待させてもらったという訳さ」
(ど、どこのイケメン様でございましょうか?)
多比人と雪が目を白黒させていると、愛姫様が言った。
「兄上様もじゃ。その姿じゃ多比人達がびっくりしておるのじゃ」
「あはは。そうだね、僕としたことが。これじゃ愛のことを言えないね」
そう言うとイケメンの姿が光りにつつまれた。その光がおさまると、そこには猫背で貧相な瘡蓋だらけの男がいた。
「草安……さん!?」
「そうっす。二人にはお世話になったっす。結婚おめでとうっす」
笑い顔も貧相だ。
「俺はもともと神界の南の端にある五峰山に住む、草安命という神っす。大きな神社にいるっす。普段は人々の願いを聞いて、自分の力を削ってかなえているっす。それで何十年かすると、力が削りに削られた結果、疫病神になるっす」
「そ、それで斑病は南の方から発生したの?」
「そうっす。申し訳ないっす。妹の愛に会うために神都に出かけたら、疫病が広がったっす」
「それで斑病が北へと広がったんですね」
「そうっす。疫病神になると、俺は愛に会いに行くっす。そうすると……」
草安は再び光に包まれて、もとのサラサラ黒髪に、切れ長の瞳の長身イケメンに戻った。
「こうして元の姿に戻れるって訳さ」
サラサラの髪をかき分けながら、そう言って草安命はさわやかに笑った。
愛姫様も光に包まれ、光が消えると、多比人達がお祭りで出会った黒目黒髪のおかっぱの少女が立っていた。
「これでわらわが何者か分かったであろう。お祭り楽しかったのじゃ~!」
そう言って少女になった愛姫様が、多比人の胸に飛び込む。
愛姫様を抱き留めながら、多比人はしどろもどろだ。
「ひょっとして、君が愛姫様だったの!? 女神様だったの!?」
「そうじゃ~! 恐れ入ったか! わかったなら今度はもっとお祭りで、わらわに沢山買って欲しいのじゃ~! じゃがバター食べたいのじゃ~!」
雪も何が起こったのか、完全には理解出来ていなかったが、飛びついてくる愛姫様を抱っこして笑っている。
「僕は……愛姫様に……もう会っていたんだ」
雪に抱き上げられて大喜びの愛姫様を見ながら、多比人は茫然となった。
神界を支配する傍若無人な非情の女神。人の不幸を作り出す元凶の女神。多比人の愛姫様へのイメージが、根底から崩れていく。
「『婿見せ』は? 『婿見せ』はどうするの? 僕達は愛姫様と戦うために来たのだけれど」
戸惑う多比人に、草安命がさわやかに笑いながら答える。
「多比人、雪、すまなかったね。愛は『婿見せ』を単なる剣術大会みたいに思っていたようだよ。負けた人が囚われの身となって夫婦が引き裂かれるなんて、これっぽっちも思っていなかったみたいなんだ」
「……悪かったのだ」
雪の腕の中で、愛姫様がしょんぼりする。
「もともと『婿見せ』は、愛の女神に婿を披露して、言祝いでもらうものさ。どうしてこんな間違って伝わったのかは知らないが、愛は一度討たれると、それまでの記憶を失ってしまうんだよ。何故か僕のことだけは覚えているけど、それ以外はきれいさっぱり忘れてしまうんだ。僕からちゃんと言っておいたから、許してやってはくれないか」
「ごめんなのだ。もうしないと誓うのだ」
「……いいですよ。愛姫様がそうおっしゃるなら、わたしは愛姫様をお許しします」
「雪! 許してくれるのか! 嬉しいのじゃ!」
愛姫様が満面の笑顔になる。
ああ、これが愛の女神か。この笑顔を見たら、何だって許してしまうと多比人は思った。
「愛姫様、僕も許しますよ。じゃあ、今回は僕達の結婚を祝うために呼んでくれたのですか?」
「そうじゃ! 多比人達の結婚をお祝いするのじゃ!」
そう言うと、少女の愛姫様は再び光に包まれ、もとの姿に戻った。
「多比人、雪、そこに並んで座るのじゃ」
白い砂利の上に、多比人と雪が並んで座る。
稲穂を持った愛姫様が、二人の上に稲穂をかざす。
『愛と豊穣の女神、愛姫が天地に祈願する。
愛し合うふたりが いつまでも幸せでありますように
愛し合うふたりが 子宝に恵まれますように
愛し合うふたりが 食べるものに困らないように
愛し合うふたりが つねに神々の祝福に照らされるように
そして愛し合うふたりが 天に帰るその時まで 添い遂げられますように
愛と豊穣の女神、愛姫が天地に祈願する』
美しい声が歌うように祈りを捧げ、稲穂を二人の頭上で振ると、光の粒が二人に降り注いだ。
「ふたりとも、いつまでもお幸せにね」
そう言って草安命が笑った。
「愛姫様、ありがとうございます」
雪が涙を流しながら言った。
「わたし、愛姫様のことを憎んでいました。姉を奪い、故郷を奪い、仲間を奪った酷い神様だって。でも違いました。愛姫様のこと、大好きです」
大人になった愛姫様が、雪に抱き着いた。
「妾のこと好きか?」
「はい! 大好きです!」
「そうか~! 嬉しいのじゃ~!」
雪と抱き合う愛姫様を見ながら、多比人は本当によかったと思った。
あんなに美しくて愛くるしい女神様と剣を交えるなんて、とてもじゃないが、勘弁だ。
そう思って多比人がほっとしていると、後ろからもの凄い怒声が聞こえた。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
大神官、菊姫が怒り狂って仁王立ちで刀を握りしめていた。
残り、あと二話です。




