102.変態大王
「防人様~! 世直しをお願いします!」
「愛姫様を倒して、皆を救ってください!」
「必ず愛姫様を討ってください!」
多比人のいる反乱軍、民衆からは防人軍と呼ばれていたが、どこに行っても大歓声を受けながら進軍していた。
菊姫の出した臨時増税は神都側の庄にも掛けられており、大反発を引き起こしていた。どこの庄もギリギリの状態で、神都に御囲米の放出をお願いしていた矢先にこの増税。神都への不満は、多比人達への期待として跳ね返っていた。
廻目頼光の読みでは、全ての関所の守備兵を神都に引き上げ、神都決戦に備えるはずということだったが、実際にはそのようなことはなかった。
関所の守備兵達は、反乱軍を阻止出来なければ死罪、逃げ出しても死罪という命令が出されていたため、進んで多比人達の軍に加わった。
防人軍の総大将である、多比人の馬上からの眺めは最高だった。
元神都軍と初姫軍を中心とした軍は整然と進み、街道の両脇からは民衆の歓迎する声援が聞こえてくる。その中には黄色い声援が混じっていた。
「防人様ステキ~!」
「防人様こっち向いて~!」
生まれて初めて浴びる若い娘達からの黄色い声援に、多比人が手を振ると「キャー!」と大歓声が起こる。大スターかアイドルのようだ。
(やっぱり総大将って最高かも!)
多比人は懲りない男だった。
最初は控えめに片手を振るだけだったが、調子に乗った多比人は満面の笑みで両手を振るようになった。
「キャー! 防人様~! 結婚して~!」
「防人様カッコイイ~!」
(モテモテだ。下界ではこんなことなかった。とうとう僕にも人生初のモテ期が到来したのか。僕って実はイケメンだったのではないだろうか。きっとそうだ。神界では下界と違って、意外と平凡な顔の方がイケメンだったりするのかもしれない!)
多比人の顔は、だんだんだらしなくニヤけてきた。
「多比人様は女性から大人気ですね」
いつの間にか隣に馬を進めていた初姫が、にっこりと笑いながら言う。
初姫はこのところずっと機嫌がいい。
夕食には情報交換だと言って、自分の陣営にいつも廻目達を呼びつけているらしい。
「初姫様、僕ってその……天界ではイケメン顔だったりしますか?」
「ごめんなさい。ちょっと何を言っているのか分かりませんが、多比人様の後ろにも、大ファンがいらっしゃるようですよ。うふふふ」
そう言って初姫は去って行った。
(後ろ? ああ、そうか。前ばっかり向いていたからな。後ろのファンにも顔を見せなきゃな)
そう思って多比人が後ろを向くと、背後で雪が鬼のような形相で多比人を睨んでいた。
多比人はそれ以降、手を振るのをやめた。
神都に近づくにつれ合流する者が増え、多比人の軍はとうとう一万五千に膨れ上がった。
多比人達は、神都まであと一日の距離にある、鳥屋待原という広大な平原に陣を張った。これより先には、一万五千を超える兵達を収容できる場所がないからだ。
初姫と廻目によると、ここから各方面に兵を分け、神都を攻撃するようだ。
つまり、次にみんなで再会できるとしたら、自分が愛姫様を討った時であり、それが出来なかったらもう二度と会えなくなると、多比人は思った。
冬の日は短い。野営に備え、兵達が忙しく準備をしている午後の日差しの中、遠くから十騎ほどの騎馬武者がやって来るのが見えた。
「時姉様!」
雪はそう声を上げると、馬にまたがって一目散に騎馬武者の集団に向かって駆けていった。
雪が馬を降りると、時姫も馬から降りた。
雪が時姫に飛びついて抱きしめる。
「時姉様! 時姉様!」
雪は嗚咽でもうそれ以上話すことは出来なかった。
姉妹がお互いの存在を確かめるように抱きしめ合う。
「雪……心配をかけましたね」
時姫の言葉に雪が首を振る。
「雪、顔を見せてください」
時姫がそう言うと、雪が顔を上げた。
雪の顔の涙を指でぬぐいながら、時姫が言う。
「雪、いい顔になりましたね。見違えるようです。いろいろとあったのでしょう、成長しましたね。それに、綺麗になりました」
雪が強くかぶりを振った。
「時姉様、よくぞご無事で……神都に囚われ、さぞやお辛かったのでは……」
「雪、私を誰だと思っているのです。神都にいる間に第三神官までになってやりました。神都も大したことなかったです。そんなことより雪、東ノ庄が襲撃されたとき、酷い怪我を負ったと聞きました。大丈夫でしたか」
雪が目を伏せる。
「ごめんなさい。わたし、東ノ庄を守れなかった。庄館も燃やされてしまいました」
時姫が優しく微笑む。
「鷹姫様と雪がいても負けたのであれば、誰がいても負けたのでしょう。雪、あなたのせいではありません。庄館など、造り直せばよいだけです」
「鷹姫おばあ様も連れ去られてしまいました」
「鷹姫様は無事です。酷い扱いは受けていないようです」
「でも、鷹姫おばあ様を助けないと……きっと心細い思いをしているのでは」
「鷹姫様は自分のことは自分でするお方。心配は無用です」
「でも……」
時姫が雪の後ろの大軍勢を眺める。
「それにしても雪、大軍勢を連れてきましたね。私もこれほどの兵を見るのは初めてです。さすが私の妹です」
妹の顔を正面から見て、時姫が言った。
「雪、これからですよ、すべてこれからです。神都を落とし、愛姫様を討ち、神界を正すのです。それは我らにかかっているのです。後悔している暇はありません。ただ、前を向くのです」
姉は姉のままだった。
姉はこういう人だった。常に目的に向かって進んでいく人だったと、雪は思い出した。
「この大軍勢は、私の力ではありません。すべて多比人様のお力です」
「ああ、あそこの陣は初姫ですね。相変わらずおおざっぱなことです」
「多比人様が、初姫様と廻目様をまとめているのです」
「あそこは廻目の陣ですね。相変わらず几帳面なことです。物言いとは裏腹に、細かいところは変わっていませんね」
「時姉様にご報告が遅れました! わたし、結婚したんです!」
「そう言えば、初姫は廻目とはどうなったのですか。初姫の廻目への好意は異常なほどでしたが」
心なしか、姉の目が泳いでいる気がした。こんな姉を見るのは初めてだった。やはり疲れているのだろうかと、雪は思った。
「わたし、多比人様と結婚しました!」
「あそこの陣構えは、すこし不安ですね。夜襲がないものと安心しすぎです」
雪は時姫の両肩を手で揺らしながら言った。
「数馬多比人様と結婚しました! 防人様です!」
「今晩は冷えるようです。薪をしっかり集めた方が良いですね」
「時姉様~! わたし結婚しました~!」
とうとう大声を上げた雪の顔を、時姫が両手でつつんだ。
雪が見た姉の顔は、いつになく真剣だった。
「……雪、結婚というものは、本当に相手のことを理解してするものですよ」
「多比人様は、とても素敵な方です。尊敬できる方です」
「……雪、防人様という肩書だけで人を判断してはいけませんよ」
「多比人様は、わたしのことをとても大切にしてくださいます」
「……雪、『婿見せ』で愛姫様を討つために、形式上の結婚なのですか」
「わたし、多比人様のことを愛しています。結婚出来て嬉しいです、幸せです」
「……雪、夜ごと酷いことをされていませんか。妻だからと言って、嫌なプレイは拒否してもよいのですよ」
「……プ、プレイ? 多比人様はとてもお優しい方です。そうだ! お姉様に紹介します。今お連れするので待っていてください!」
笑顔でそう言うと、雪は一目散に多比人のもとに馬を走らせて行った。
時姫はその後姿を見つめながら思った。
(シノビからの情報によると、多比人様はかなりの変態だそうです。全裸で女中部屋に侵入したり、あの悪名高い『エロおやじの館』にも出入りし、少女から老婆まで見境ないと聞いています。多比人様はこれほどの軍勢を引き連れ、あの初姫や廻目を手なずけた男。世間知らずな雪など簡単に騙されてしまうでしょう。それにしても雪は昔から男を見る目がないとは思っていましたが、これほどとは思いませんでした。多比人様に完全に支配されているようです。……いいえ、いけませんね。人の好みは人それぞれです。いくら姉と言えども余計な口出しは控えるべきです。とはいえ、さすがの私もこれほどの変態男はちょっと生理的にムリです。雪が戻ってくる前に初姫の陣にでも行くことにしましょう)
多比人は、時姫から完全に変態大王認定されていた。しかも、時姫は一度決めた他人への評価を、そう簡単には変えない女だった。




