ハニトラ男には、男に飢えた婚活女性をぶつけるのが正攻法です ③
祖父と同じホテルの部屋で一泊し、翌日の祝勝会が開催される十八時前。
現在、祖父と共に同じタイミングで会場入りする面々と合流する為に控室にいる。松永元大将は少し遅れると連絡が来たのでまだ来ていない。
一応、立食パーティーに近い形式なので、開催時間は三時間だ。通常の立食パーティーならば、一時間か二時間程度で終わる。会場の中央はダンス用のスペースになっており、ダンスを踊る人が必ずいる。ダンスを踊る人がいるから三時間になっている。記憶が正しければ、舞踏会はもう少し時間が長かった筈だ。
松永元大将達がが来るまでの待ち時間に、暇潰しで室内の電子カレンダーを見たら十二月二十四日だった。日付感覚を失ったのは、前倒しで仕事に集中し過ぎた結果だな。
時季的には年末と言うよりも『クリスマス』だけど……訓練学校でのクリスマスは『宗教的な記念日』程度の扱いだった。お祝いとして、ケーキを食べた覚えが無い。クリスマス商戦は生き残れなかったのか。バレンタインは生き残っているのに。
今日の日付よりも大切な事は、今日の表向きの自分の立場は『三代目日本支部長の孫娘』だ。
数年前に事故に遭い、頭部を強く打った際に逆行性の健忘症を発症させた為、これまでこの手の集まりに参加していなかった。だが、親族を始めとした面々が本当なのかと、祖父にしつこく問い合わせたので、今回無理矢理連れて来た。そんな設定で――リアルに記憶喪失だから怪しまれない――今日は過ごす予定だ。
だから、親族から自己紹介を受けるのは当然の事なのだ。
でも、世の中には説明を受けても納得しない人がいる。
自分の正面に座る二人の男性は、祖父からの紹介では星崎佳永依の従兄らしい。揃って既に成人しているので、小柄で幼く見える自分とは対照的に、一目見て成人男性だと見て判る体格をしていた。
星崎佳永依の複数人いる従兄の内の二人だ。自分よりも年下はいないらしい。
二人の名前は、星崎辰己と星崎春樹だ。
この二人の父親は違うが、従兄と言うよりも兄弟に見える。二人の従兄の隣にいる初老の男性が、それぞれの父親――自分から見ると伯父(共に自分の父の兄)らしい。
二人の伯父は眼鏡を掛けて入った自分を見て肩を揺らした。祖父に言われて自分が眼鏡を外すと、目を見開いて固まると言う、謎の行動を取った。
二人の従兄共々二人の伯父と話す話題は無い。
何か言いたげな顔で無言のまま自分を見る四人をガン無視して、自分は祖父と会場内での行動について確認していた。
今日はとにかく単独行動は控える事。祖父の傍からなるべく離れない事。最後に、眼鏡は外さない事。
祝勝会が終わるまで、この三つを厳守する。最後の一つは首を傾げるものだが、事情が事情なので今回だけは死守する。
厳守する事を確認し終えたら、次に己の姿を見下ろす。
今日着ているドレスは会場に入る前に、祖父と一緒に予約していたお店で小物と一緒に受け取ったものだ。このお店で、化粧と髪の結い上げとかもやって貰ったよ。
昨今は一人で着られないドレスが主流なのか、肩だけレース生地を何層も重ねて色のグラデーションを出したレースで出来たような、スレンダーラインの古めかしいコルセットドレス(色はワインレッド)だった。西暦三千年代に突入して、ドレスの様式が古くなっているとは思わなかった。真冬なのに、背中とデコルテ、両腕剥き出しなので寒い。両腕はドレスと同色の長手袋を装着しているけど、背中が寒い。
コルセットドレスは着用経験が有るから良い。着慣れないタイプのドレスを着るかもしれないと思っていたので、内心で少し安心した。着るのは大変だったけどね。
着付け担当の人が『ここまで腰が細いのならば、もう少しコルセットを詰めれば理想のラインになる』などと急に言い出したせいで、内臓を潰す勢いで締め上げられた。この手のドレスを着る際は、背筋が伸びる程度にして貰っていたので、がっつりと締め上げられて、思わず『ふぐぅっ』と声を出してしまった。しかも、コルセットドレスの腰の上にリボンを巻き付ける。鏡で己の体形を見た時に腰回りの体形が変わっていて驚いた。
代わりに化粧は薄化粧にして貰ったよ。『顔を引き立たせる為に、もっと派手にしましょう!』と、しつこかったけど、薄化粧で押し通した。
ドレスを着るだけでフラフラだが、これからがもっと大変なのだ。
時間ギリギリまで椅子に座って、体力の回復に専念する。コルセットをきつく締めているので、水を飲む気にもならない。
ちなみに、アクセサリーのデザインもドレスに合わせて相応に変っている。けれど、『小さな宝石を大量に散りばめて使用する』ような華美過ぎるものは忌避されるそうだ。ドレスに合わせたシンプルなデザインが好まれている。
今日着るドレスの色がワインレッドなので、アクセサリーはシンプルな銀色のブレスレット一つだけだ。
眼鏡は弄るついでにフレームレスに直したので、そのまま掛けている。
会場入りするのはまだ先かと思っていたら、控室のドアが開いた。誰が来たのかと思えば、小柄な男性老人を先頭とした、盛装姿の男女の老人集団だった。十数人いるその集団の中には松永元大将もいた。
先頭の老人は祖父に声を掛ける為に近づいて来た。立ち上がろうとしたが、祖父に手で制止された。
「よう、星崎。久し振りだな」
「綾人から嫁に尻を引っ叩かれたと聞いたが、相変わらずのようだな。野猿」
「松永ぁっ!! 何でそんな要らねぇ事を言った!?」
「なら、尻を引っ叩かれた経緯を、今ここで言え」
「……行きたくないと駄々をこねた」
「尻を引っ叩かれて当然だな」
「それ以前に、お前は何時まで尻を叩かれているのだ……」
小柄な老人は祖父に絡んだかと思えば、松永元大将に噛み付いた。しかし、すぐに撃退されて萎んだ。そんな老人の姿を見て、祖父は呆れた。
何だろう。こう既視感が……、見覚えが有る。
余り想像したくは無いけど、三代目上層部も、今の上層部とあまり変わらなかったのかな?
日本支部の黄金世代だって、大林少佐から聞かされたのに。
自分は祖父の隣に座っているので、特等席でコント紛いの光景を見続ける事になった。
「佐藤。貴様は一体何時になったら、児童扱いから卒業するのだ?」「嫁も嫁で、こんな猿爺の尻なんざ、見たくもない筈だぞ」「それ以前に、俺のケツの心配をしろよ!? 今回はマジでケツが割れるかと思ったんだぞ!?」「四十二度の高熱を出したにも拘らず、解熱剤を飲まなずに一晩寝ただけで完全に回復したお前の心配をしろと言われてもな……」「薄情過ぎんだろっ!?」「尻が頑丈だった事が判明して良かったではないか」「ケツが頑丈で良い事が有んのか!?」
徐々に声量が大きくなって行き、仕舞には罵り合いにまで発展した。老人とは思えない声量だが、そこは元軍人だからなんだろうね。
老人が元気一杯なのは良いとは思うけど、罵り合いが取っ組み合いに発展しそうな空気だ。
ここでどうでも良い事に気づいた。
気づきたくなかったけど、この佐藤と呼ばれている小柄な老人は、佐藤大佐の実父だろう。身長二メートルの巨躯を誇る佐藤大佐の実父にしては、支部長並みの身長だ。佐藤大佐と比較すると小柄としか言いようがないが、他人に噛み付いている時の顔がそっくりだ。
そして、親子揃って未だに尻を叩かれているのか。嫌な血の繋がりだな。この人の奥方が、武藤教官に似ていない事を祈ろう。
「煩いよ男共っ!! 爺が女の子の前でケツだの言うんじゃない!! 子供の前で恥を晒すな!!」
突然、雷鳴のような一喝が轟いた。
煩いと一喝したのは、上品な緑色の着物を着た老婆だった。鶴の一声の如く、老婆の一喝を受けた男性老人達は皆一斉に黙った。
男性老人達が何か言いたげな顔をすると、一喝した老婆の隣にいた、鮮やかな藍色の着物を着たもう一人の老婆が背負っていた何かを肩から下ろした。よく見ると竹刀袋だった。
「全くウチの男共は……。一体何時になったら、頭に一発入れずに済むのかしらね」
藍色の着物の老婆は上品に笑いながら竹刀袋から何かを引き抜いた。竹刀袋から出て来たのは、全体的に黒ずんだ木刀だった。どうやって持ち込んだんだろう。
木刀を見た男性老人一同は顔を逸らした。そんな中、自分と同じ疑問を抱いたらしい祖父が老婆に向かって質問を投げ掛けた。
「青崎。こんなところで木刀を抜くな。それ以前に、どうやって持ち込んだのだ?」
「あら、護身用品だと丁寧に説明したら、許可が下りましたよ」
「……もう何も言わん」
祖父から青崎と呼ばれた老婆は笑顔でそう言った。
一方、回答を聞いた祖父は頭を抱えた。そんな祖父の反応を見て、自分は『普通の説明じゃないんだろうな』と思った。普通に説明をしたのなら、祖父はこんな反応をしないだろう。
「馬鹿な男共はどうでも良いとして、……元支部長、その子が言っていた孫娘かい?」
「ん? そうだが、それがどうした?」
質問をしておきながら、祖父の問い返しを無視した緑色の着物の老婆は、何を思ったのか身を屈めて自分の顔を覗き込んだ。糸目を弓にして微笑んでいるけど、近くで見た老婆の印象は『匕首が似合う極道妻』以外に、何も思い浮かばない。
「ほら、三年ぐらい前に『末息子の忘れ形見の孫娘が事故に遭った』と言っていたでしょう。しかも、最近になって、事故が原因で記憶喪失になりそのままだと聞かされましたし……。もしかして、小さい頃に遊んであげた事とかも忘れてしまったのかと思ってね」
「息をするように嘘を吐くな。飯島、お前は青崎共々、孫一同の教育に悪いからウチの敷居を跨ぐなと言った筈だ。佳永依、お前には監視を付けていたから、このババアと遊んだ事は無い」
「まったく、ババアとは随分な言い草ね。せめて『おばあさん』と言って欲しいものだわ」
「何を言い出すのかと思えば……。飯島、『お』を付けて欲しかったら、笑顔で威圧をするな。見ろ、儂の息子と孫息子が怯えているではないか」
「あらま! ごめんなさいね」
祖父に飯島と呼ばれた老婆はころころと笑い出した。あれは、絶対に悪い事をしたと思っていない顔だ。
自分への注目が逸れた隙に、老人一行を観察する。
紹介を受けた二人の伯父と祖父もそうだが、老人一行も『夫婦(もしくは親子)で参加している』組がいない。
この手の集まりなら、夫婦で出席を求められそうなのに、女性は自分を入れて三人だけだ。
疑問が顔に出ていたのか、祖父は自分の頭を撫でた。
「騒々しいだけの年寄の事を気にしても無駄だ。暗黙のルールと言う奴で、この手の集まりに身内を連れて来るのは、誰か一人だけにしている。それよりも、顔が揃ったのだ。儂らもそろそろ会場に行かねばならん」
祖父はそう言うなり立ち上がった。気になる事は有るが、会場に行かなくてはならない。
自分の自己紹介は良いのかしらと思ったけど、不要なのか祖父は移動すると言った。疑問を脇に置いて、自分はゆっくりと立ち上がり、祖父の手を取った。
今日の自分は、祖父が無理を言って連れて来た設定なので、エスコート役は祖父になっている。
伯父親子は少し不満そうな顔をしていたけど、祖父の決定なので渋々顔で引き下がった。
祖父のエスコートで、控室を出て、祝勝会の会場へ移動する。移動の途中、事前に大林少佐から聞いた今日のパーティーについての情報を思い出す。
今日のパーティーは通常のものとは違い、主催者が出席者全員を集めて行う開催の挨拶は行われない。
出席者が揃ってからパーティーが始まるのではないので、会場入りは出席者の都合に合わせて良いが、招待された以上、最低でも一時間は会場内に居なくてはならない。
言い換えると、二十時までに会場入りすれば良いとも取れるし、開始と同時に会場入りして、一時間が経過したら帰っても良い事になる。
自由度の高いパーティーだが、その分出席者のマナーやモラルが問われる。
そんな自由度の高い祝勝会の会場に入って抱いた最初の感想は……化粧臭かった。
「話は聞いていたが、想像以上だな」
祖父は会場の惨状(笑)を見て、呆れた顔になった。
それはそうだろう。
気合を入れて着飾って来た、飢えた肉食獣のような目付きの結婚適齢期の女性達。
そんな女性達に囲まれて、あるいはそんな女性相手に音楽に合わせてダンスを踊るも、終始引き攣り笑顔を浮かべてやり過ごしている、ハニトラ要員と思われる男性。
どうしてこうなったと、頭を抱えている各支部の支部長の周りの面々。肝心の支部長は出資してくれそうな人達(つまり結婚適齢期の女性達の親)と何やら話し込んでいる。
……相当数のハニトラ要員の男性が売り飛ばされそうだな。結婚は人生の墓場と言われるが、リアルな墓場になりそうだな。
祝勝会なのに、豪勢な料理やドリンク(主に酒、しかもシャンパンが並んでいる)が並んだテーブルそっちのけで、こんな光景が広がっているんだよ?
もう呆れるしかない。
「誑かして来いと命令を受けたものにとって、最悪な状況だな」
「おい、協力しておいて言う台詞じゃないだろ」
「そんな事よりも、日本支部はまだ来ていないようだな」
祖父は今日で人生が終わりそうなハニトラ要員の男性一同の事をぞんざいに扱った。
良いのかと思ってしまうけど、女性を弄ぶ事が仕事の男性の末路を気にしても、その末路を決めるのは各支部の支部長だ。自分が口出しをする訳にはいかないので、黙っているしかない。
祖父達と適当な料理と飲み物が並んだテーブルの傍へ移動し、改めて会場内を見回す。
……駄目だ。どこをどう見ても、婚活女性の狩場にしか見えない。
どこを見ても、気合を入れて着飾った、婚活中の女性がいる。
婚活女性の親御さんは娘の婚活を応援し、出資と引き換えに、人身御供がゲット出来ないか、各支部の支部長と交渉している。
各支部の支部長は『出資して欲しいけど、部下を売っても良いかな?』と悩み顔で対応している。
そして、ハニトラ要員の男性は、引き攣り笑顔を浮かべている。
気軽にハニトラ要員の男性を助けてはいけない。
そもそも、ハニトラ要員の男性がそんな状態になっている原因は自分にある。と言うか、この状況が誕生した元凶だ。
ハニトラ要員の男性を迎え撃つ為に、この状況を招く策を提案した自分が、ハニトラ要員の男性を助けてどうする。本末転倒にも程があるわ。
祝勝会が終わるまで、自分は壁の花になっているのが最適解だ。
けれども、自分と一緒にいるのは、元日本支部長の肩書を持つ祖父だ。
誰が言ったか判らないが、祖父もこの状況を作る手助けをしたらしい。平たく言うと、祖父に招待された人が沢山いるのよ。
祖父に招待された父娘は、祖父が会場入りした事に気づくなり挨拶にやって来るのだ。その挨拶には、他所の支部長や、国連防衛軍のお偉いさんも含まれていた。
大体の人は、自分を興味深そうに一瞬見てから無視する。
やっぱり、事故に遭って記憶喪失になっていると知るなり、自分への興味関心を失くすのだ。中には『自分の息子の嫁にどうか?』と言い出す人もいたけど、記憶喪失の件を聞くと『ただのリップサービスだ』と言わんばかりにあっさりと引き下がるのだ。
眼鏡の機能を発動させる前からこのザマなので、正直に言うと自分は祖父が挨拶を受けていた間ずっと呆れていた。ちゃんと眼鏡の機能を使って、自分の顔を忘れるようにはしたけどね。




