ハニトラ男には、男に飢えた婚活女性をぶつけるのが正攻法です ②
大林少佐が部屋に備え付けられていたティーセットを使い、全員分のお茶を淹れてくれた。そのお茶を飲みながら、自分の正面に座る二人の老人から話を聞く。
話を聞きながら、自分は祖父を名乗った人物――星崎将貴を観察する。
それなりに年を取った老人に見えるが、引き締まった雰囲気と、一本芯が通っているかのように伸びている背筋に、首の後ろで一本に纏めている長い白髪を見ると、年齢以上に若く見える。髪の毛が多いと若く見えるんだね。
祖父の隣の老人は松永綾斗元大将だ。松永大佐の実父と聞き、顔をまじまじと見つめてしまった。
元気溌剌とした豪快な若々しい老人に見える。この元気な老人が松永大佐の父親なのか。軽く会話を交わした範囲だが、余り血の繋がりを感じない。ストレスとは無縁なのか、白く短い髪は毛量が多かった。
松永大佐の年齢は四十歳越えと聞いた。
性格は余り似ていないが、松永大佐があと三十年か四十年、年を取ったらこんな感じになるんだろうと思える程度には顔立ちが似ている。
「本当はな、八月に『回収した敵機を動かした人物』に会えないか、佐久間支部長に打診していたのだ」
「だが当時、開発部の裏が発覚したばかりの頃だった。それを理由に接触を断られたんだ」
開発部のヤバい事が発覚したのは、八月の定例会議の日だ。発覚したばかりの頃となると、八月中旬頃には面会を打診していた事になる。
「九月に入ってから『開発部関係で報告が有る』と言われて、開発部の関係者を連れてツクヨミに赴いたら、タイミング良く模擬戦が行われたな」
「え? あの模擬戦を見学していたんですか?」
うろ覚えだが、『複数人の見学者がいる』と言う事は模擬戦の前に言われた。
でも、その見学者の一人が祖父だったのか。
祖父が頷くと、松永元大将が口を開く。
「まったくよう。模擬戦が行われるんだったら、予定を組み直してでも行ったぜ」
「阿呆な事を言うな。あの模擬戦は急遽決まったものだ」
「確か、定例会議の出席者達の話し合いで、急遽決まりました」
「星崎の言う通りです。工藤中将が支部長に力説していました」
こんな感じで、大人三人と世間話のような会話を続ける。
この世間話に、当然だが意味は有る。
記憶を持たない自分からすると、目の前にいる老人は『祖父を自称する人物』も同然なのだ。少しでも会話を交わしてどんな人物なのか為人を理解しなくてはならない。
他人から『血縁者なのに距離感が~』とか言われたら、『事故に遭いまして、逆行性の健忘症と診断されました』と言う事にしている。
年末のパーティーには、自分の従兄に当たる年の近い男が二人(どちらも六歳以上年上)も出席するらしい。その人物には、自分が事故に遭い『記憶を失っている』事は説明済みらしい。
親戚関係について聞かされても、自分は薄情なのか『へぇ、年の近い親戚がいたのか』程度の事しか思わない。
従兄の事よりも、今になって気になった事が一点有る。
それは、祝勝会の出席者だ。
自分は今月中旬に、『七つの支部の支部長』が出席した交流会に参加しており、他所の支部長に顔を見られている。
大人三人に思い切って尋ねて見ると、やっぱり出席するそうだ。
交流会に参加した際に、他所の支部長に顔を見られている事を理由に『顔を隠す事は可能か』尋ねた。
「眼鏡を掛けるなりして、誤魔化せば良い。それに、顔に化粧を施すのだ。眼鏡と化粧で顔を誤魔化せば良かろう」
「目元を隠すと、逆に怪しまれるから駄目だな」
老人二人から、『眼鏡と化粧でどうにかすれば良い』と回答を貰った。それで誤魔化せるだろうかと心配になったが、大林少佐から別の提案を受ける。
「星崎。何を悩んでいるのよ。ここに来る時に使った『顔を正しく認識出来なくなる眼鏡』を使えば良いじゃない」
「逆に聞きますけど、パーティーで相手の顔が認識出来なくなっても良いんですか?」
「それを言われると……、あっ、他に似たような道具は無いの? 記憶を消すような方向で」
大林少佐から提案を受けて、そんな道具を作っていたかと、記憶を探った。
顔が正しく認識出来なくなる道具の類似品で、記憶を消すもの。
そんなものは作っていない。けど、今の質問からヒントを得た。
発生する現象が異常か否かを大人三人に確認を取った。
「パーティーに参加して家に帰ってから、会話をした人間の顔が思い出せない経験か」
「俺はよく経験するぜ。良い印象の無い野郎の顔なんざ、すぐに忘れる自信が有る」
「胸を張って言うな。それは『ど忘れ』に近い現象だが、起きないとは言い切れん。だが、面白い」
松永元大将は破顔一笑した。
祖父は『面白そうだな』と言わんばかりにイイ笑顔を浮かべている。
そして大林少佐は、顎に手を添えて少し考え込んでいた。
「相手にど忘れをさせる、か。面白そうな発想ね。それは今日使った眼鏡でも出来るの?」
「少し弄りますが、可能です」
大林少佐の質問に可能と回答する。
可能と言うか、大至急、眼鏡に手を加えて機能を追加するのだ。弄る事には変わらない。
「星崎。その眼鏡を一つ融通して貰う事は可能かしら?」
「儂も興味が有る」
「……一体何に使う気なんですか?」
興味津々な大林少佐と祖父の顔を見て、何に使うのか気になった。
パーティーを始めとした、人と会った時に使うんだろうけど。
「相手にピカッと光を浴びせて、指定した時間内の記憶を消す道具とかも有りますよ?」
眼鏡の代用品になりそうなものを上げたら、大林少佐と祖父の目がキラリと光った。
「それも欲しいわね。一つ当たりの値段は幾らなの?」
「顔を正しく認識させない道具といい、向こうの宇宙には面白そうな道具が存在するのだな」
新しい玩具を見つけた幼い子供のような反応を見せた大林少佐と祖父を見て、自分は失敗を悟った。
てか、祖父がこんな反応を見せるとは予想外だ。
「おい、ガキの前でガキみてぇな顔をするな。お前もこいつらに渡すなよ。それ以前に、何でそんなもんを持ち歩いているんだよ?」
「緊急事態用品です」
これまで豪快な反応を見せて来た松永元大将にじっとりとした視線を向けられて、自分は目を逸らした。
緊急事態用品で合っている。ルピナス帝国にいた頃は、あちこちに潜入する機会が有ったから使っていただけだ。その潜入も唐突に決まる事が多かった。故に、持ち歩く癖が付いてしまった。
ここで水を差すように大林少佐が手を叩いた。
「あ、そうだ。支部長から元支部長に渡して欲しいって頼まれていたものが有ったわ。星崎、端末の五セットの内の一セットを出して頂戴」
大林少佐にそう言われた自分は『あれ?』と首を傾げて、『渡していなかったっけ?』と記憶を探った。
大林少佐が言っている端末一セットと言うのは、十一月の初頭に存在を確認した五組の端末こと、正式名称『携行型収納機付き情報端末』の事だろう。
この五組の端末について、セタリアに端末について尋ねて、誰に渡すのか――端末五つの内訳は佐久間支部長の分と、佐久間支部長がセタリアに会わせても良いと思える人物四人分――確認し、その後は……どうしたんだっけ?
記憶を探ったが、支部長に渡した覚えが無い。
「そう言えば、支部長に渡していませんでしたっけ?」
「盗難対策を考えると、星崎が持っていたままの方が安全よ。支部長は十一月頭の通信で所持を許されたけど、『元支部長よりも先に持っていると何か言われそう』とか言い出したのよね。だから、渡していないのは星崎の落ち度では無いわ。落ち度があるのは『年末以降に欲しいな』とか寝言を言って要求しなかった支部長の方よ」
大林少佐の発言を受けて、自分は内心で胸を撫で下ろした。
預かった品を渡し忘れるのは、本来ならば致命的なミスなんだが、『支部長が要求していないから渡していない』って事にして泥を被って貰うのはちょっと申し訳ない気もする。
「そう言って頂けるのはありがたいんですけど、渡す相手と言うのはもしかして……」
「そのもしかしてよ。細かい設定類は星崎じゃないと出来ないでしょう」
「それはそうですけど……」
大林少佐からの回答を聞き、自分は祖父を見た。
元支部長と元大将。
元の立場を考えて、端末一組を渡す相手がどちらかと言われたら、元支部長の方だろう。
問題は、あの自由奔放(?)か、天衣無縫(?)って感じの自由気ままなセタリアに会わせて、祖父が『こんなのが皇帝なのか』と幻滅しないか心配だ。
「セタリアに会わせても大丈夫ですかね? 不安しかないんですけど」
「おう、何の話をしているんだ?」
割って入って来た松永元大将に大林少佐が事情を説明した。祖父は事前に支部長から知らされていたのか、大林少佐の説明を聞いても無反応だった。
「話は理解した。他所の国のトップと交渉する機会が有るんじゃ、俺は持たない方が良いな」
祖父に端末を一組渡す理由を知った松永元大将は大きく頷いた。同時に、端末が自身に渡されない事にも納得した。
今後行われるセタリアとの交渉について未知の部分が多い。けれども、その前に一つ確認する事が有る。
「大林少佐。お二方の情報開示の範囲はどこまでですか?」
「情報開示の範囲? 何の情報――ああ、アレの情報ね。私と同じよ」
「大林少佐と同じなんですか!?」
言葉を減らして大林少佐に確認を取ったら、言葉が少な過ぎたのか大林少佐は少しの間、首を傾げるもすぐに思い当たったのか回答してくれた。
ただし、その回答の内容は予想外だったので、自分は思わずギョッとした声を上げてしまった。
情報の開示範囲が大林少佐と同じと言う事は――自分が転生者で、前回の人生ではルピナス帝国とディフェンバキア王国にいた事を始めとした、諸々の情報を得ていると言う事になる。
……今日、この二人と面会が出来ているって事は、『受け入れてくれた』と見るべきなの?
自分の転生にまつわる話は、到底簡単に受け入れてくれるとは思えない、荒唐無稽な内容だ。
どうなっているのか確認する為に、自分は二人の老人を見た。
「あの、大林少佐と情報の開示範囲が同じと言う事は……」
「うむ。全部聞いた。嘘を吐く余裕が無い時にポロっと零したのだろう? しかも、その知識をもって敵機を操縦した。どこをどう調べても、繋がりが見えない。そこで荒唐無稽な話を聞かされた。他に証拠が無い以上、受け入れるしかない」
「将貴の言う通りだ。その様子じゃ、受け入れて貰えないと思っていたのか。向こうにいた頃は受け入れて貰えなかったのか?」
「いいえ。向こうでは、私みたいな『転生者がたまに生まれる家系の出身だった』事も在り、受け入れられていました」
「マジか。そんじゃ、受け入れないって選択肢は無いな」
松永元大将は鷹揚に頷いたが、祖父はちょっと渋い顔をしている。
「儂は正直に言うと、孫がこうなるとは思ってもいなかったぞ」
「何を言っているんだ? 星崎家は星家だった頃から、変な星の下に生まれた奴が多かっただろ。今更だ」
「そう言う割に、お前の息子も家系の血の影響が出ているよな?」
「褒めるなよ。……まぁ、影響が出過ぎているのも困ったもんだがな」
「一ミリも褒めておらん。世間の許容範囲内だから、見逃されているだけだ」
「世間の許容か。そういや一度だけ、十歳ぐらい年の離れた奴と結婚した女がいたな」
「嘸かし騒動になっただろうな」
「いいや。『松永家の女だから』って理由で騒動にすらならなかったな」
「……『真実は小説よりも奇なり』とはよく言ったものだな」
ガハハと笑う松永元大将とは対照的に、祖父は呆れている。
大林少佐はお茶を飲みながら無視を決め込んでいる。自分は自身の家系の事なので無視し難かった。
重いため息を吐いて逸れた話を元に戻した祖父の指示に従い、自分は祖父に一組の端末を渡した。
祖父に簡単な使い方を教えて、細かい設定を行う。
端末で表示される最初の言語は広域語だ。登録する際に、広域語から各国の言語に表示を選択して変える。
向こうの宇宙の言語は全て登録されているが、流石に日本語は登録されていない。
自分が端末を使う時は、専らルピン語だ。日本語の意訳翻訳文章を作る時は、自前のノートパソコンを使用している。
端末に日本語の登録を行っても良いが、割と面倒なのだ。特に文法関係が。
いや、未知の言語の翻訳文章を自動で作る事は可能だけど、あれは直訳なんだよなぁ。それに、意訳文章を作った時に知ったが、所々の翻訳が微妙に間違っていた。
直訳が出来ても、それが表示の変更に反映される事は無い。
それに、祖父に端末を渡したとしても、端末が必要とされるのは『交渉の合意を得た』時だけだ。端末を操作するような場面は少ないし、必要な時には自分が呼ばれるだろう。
「う~ん。実際に見ると欲しくなるのが人の性って奴か」
「紹介責任が発生するので、欲しいのならば支部長に交渉して下さい」
端末を物欲しそうに見ていた松永元大将に、自分はそう告げた。
セタリアへの紹介責任は割と重いだけでなく、『支部長の人を見る目が有るか否かのチェック』も兼ねている筈だ。そうでなければセタリアは『会っても良い人間を選べ』とか言い出したりしない。
「あの狸野郎相手に交渉か。面倒くせぇな」
「ならば素直に諦めよ。……ふむ、使い方はこれで良いのか?」
「合ってます」
祖父の問いに回答しながら思う。支部長は松永元大将から『狸』と呼ばれているのか。腹黒い人や策士な人は大体こう呼ばれるな。
「狸で思い出したが、今日のパーティーには『佐藤の猿』が来るんだったな」
動物繋がりで、松永元大将は別の誰かを思い出した。そんな連想の仕方で良いのかね?
「あの野猿か。普段はこの手の集まりに出ないのに、儂に厄介事を押し付けられそうな時にだけしか出て来ぬが、本当に来るのか? 来るのならば灸を据えるぞ」
「アイツの嫁は元悪役レスラーだぞ。その嫁に尻を引っ叩かれたから今日来るんだよ」
「気の利く嫁で羨ましいな」
「お前は何を言い出すんだよ!?」
老人組の会話の中見は見えないが、『佐藤と呼ばれる老人』が祝勝会に出る事だけは理解した。
自分が知っている範囲で『佐藤』と呼ばれる人物は一人しかいない。そして、ここまでの経緯を考えると、『嘘だよね?』って聞きたくなるような事を想像してしまった。
明日行われる祝勝会は大丈夫なのか、ちょっとだけ心配になって来た。今更だけどね!




