第八話 女の子になった私、心機一転!
――あの日から。
私の周りには。
少しだけ。
変な空気が流れるようになった。
「湊ちゃん、おはよー!」
「おはよう、莉奈ちゃん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……何?」
朝。
教室に入っただけで。
また四人が私を見る。
「最近、みんな私のこと見すぎじゃない?」
「……自覚ある?」
美咲が聞いた。
「何の?」
「……」
「?」
まただ。
最近。
美咲たちは何かを言いたそうにして。
でも。
途中でやめる。
「……まあ、いいけど」
私は首を傾げながら。
自分の席へ向かった。
◇
休み時間。
「湊ちゃん」
「ん?」
彩花が。
私の隣に座る。
「ちょっと聞いていい?」
「いいよ?」
「今の自分のこと」
「うん」
「どう思ってる?」
「……急だね」
「いいから!」
「えー……」
私は少し考えた。
今の自分。
女子の制服を着て。
長い髪があって。
みんなから「湊ちゃん」と呼ばれている。
そして。
自分のことを。
「私」
と呼んでいる。
「……普通かな」
「普通?」
「うん」
私は頷いた。
「何が普通じゃないの?」
「……」
彩花が黙った。
「だって」
私は続ける。
「私が私なのは、普通でしょ?」
「……」
「?」
彩花は。
何か言いたそうにしていた。
でも。
結局。
「……うん」
とだけ答えた。
◇
昼休み。
いつもの五人で。
昼食を食べていた。
「ねえ」
「ん?」
莉奈が。
私を見る。
「湊ちゃん」
「なに?」
「昔のこと」
「うん」
「覚えてる?」
「覚えてるよ?」
私は答える。
「男だった頃のこと?」
「……うん」
「ちゃんと覚えてる」
男子の制服。
短かった髪。
自分のことを「俺」と呼んでいたこと。
そして。
四人と出会ったこと。
全部。
ちゃんと覚えている。
「……じゃあ」
莉奈が。
少しだけ声を小さくした。
「戻りたいって思わない?」
「……」
私は。
少しだけ考えた。
戻りたい。
男だった頃に。
昔の姿に。
「……」
不思議だった。
考えてみても。
その気持ちは。
どこにもなかった。
「……思わないかな」
私は。
正直に答えた。
「……」
空気が。
少しだけ静かになる。
「嫌だったわけじゃないよ?」
私は慌てて付け加える。
「昔の生活も楽しかったし」
「……うん」
「男だった頃の私も」
そこで。
少しだけ止まる。
「……あ」
「……」
「……」
「……」
「……」
また。
四人が固まった。
「今」
美咲が言う。
「自分のこと、何て言った?」
「……」
私は考える。
そして。
「……私?」
「その前」
「え?」
思い出す。
――男だった頃の私も。
「……」
私は。
少しだけ笑った。
「別に、間違ってないでしょ?」
「……」
「昔の私も、今の私も」
私は。
ゆっくり言った。
「どっちも、私なんだから」
誰も。
すぐには答えなかった。
◇
放課後。
四人と一緒に。
帰り道を歩く。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「今日、静かじゃない?」
私が言う。
「いつもなら、もっと話すのに」
「……ちょっと考えてるだけ」
美咲が答えた。
「何を?」
「……」
「また秘密?」
「……うん」
「ふふっ」
私は笑った。
「本当に最近、みんな秘密ばっかり」
「……湊ちゃん」
結衣が。
小さく呼んだ。
「なに?」
「……怖くない?」
「何が?」
「……自分が変わっていくこと」
私は。
足を止めた。
「……」
自分が。
変わっていくこと。
確かに。
最初は。
怖かった。
朝起きたら。
女の子になっていた。
周りの人たちは。
最初から私が女の子だったように接していた。
あの頃は。
何も分からなかった。
混乱していた。
「……最初は怖かったよ」
私は。
ゆっくり答えた。
「すごく」
四人が。
黙って聞いている。
「でも」
私は。
自分の手を見る。
細い指。
女子の制服。
長い髪。
そして。
今の自分。
「……今は」
少しだけ笑った。
「そんなに怖くない」
「……」
「だって」
私は。
四人を見る。
「みんながいるから」
「……っ」
彩花が。
少しだけ顔を赤くした。
「それに」
私は続ける。
「今の自分も、嫌いじゃない」
「……」
「昔のことも覚えてる」
男だった頃の記憶。
その頃の気持ち。
その頃の自分。
全部。
私の中に残っている。
「でも」
私は。
胸に手を当てる。
「今の自分も、ちゃんと私だと思う」
風が吹いた。
髪が。
肩の上で揺れる。
私は。
それを自然に押さえた。
「……だから」
四人を見る。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」
「……」
「私」
その言葉を。
今度は。
誰にも言われる前に。
自分で意識した。
「……私ね」
昔なら。
絶対に。
口にしなかった言葉。
でも。
今は。
不思議なくらい。
自然だった。
「今の自分で、いいと思ってる」
◇
しばらく。
誰も話さなかった。
最初に口を開いたのは。
莉奈だった。
「……そっか」
「うん」
「じゃあ」
莉奈は。
少しだけ笑った。
「私は、それでいいと思う」
「莉奈……」
「だって」
莉奈が私を見る。
「湊ちゃんが、今の自分を嫌じゃないって言うなら」
優しく。
そう言った。
「私は、今の湊ちゃんが好きだから」
「……っ」
「……」
「……」
「……」
また。
三人の空気が変わった。
「莉奈」
「なに?」
「そういうこと、さらっと言うのやめて」
「なんで?」
「……恥ずかしいから」
「ふふっ」
莉奈が笑う。
「可愛い」
「……もう」
私は。
少しだけ頬を膨らませた。
「またそれ」
「でも可愛いから」
「……」
反論できない。
すると。
「……私も」
結衣が。
小さく言った。
「ん?」
「……今の湊ちゃんが好き」
「結衣?」
「昔のことを覚えてても」
結衣は。
私を見る。
「今、湊ちゃんが湊ちゃんでいてくれるなら」
少しだけ。
笑った。
「……それでいい」
「……」
胸が。
少しだけ温かくなる。
「……私も」
彩花が手を挙げた。
「前の湊ちゃんも好きだった!」
「だった?」
「今も好き!」
「……言い直したな」
「大事だから!」
「ふふっ」
私は。
思わず笑った。
そして。
「……私も」
最後に。
美咲が口を開く。
「今の湊が」
少しだけ。
言葉に迷う。
「……好き」
「……」
「……え?」
「な、何でもない!」
「いや今、何でもなくなかったよね?」
「忘れて!」
「無理じゃない?」
美咲の顔が。
一気に赤くなる。
「……もう!」
「ふふっ」
五人の間に。
笑い声が広がった。
◇
帰り道。
私は。
四人の真ん中を歩いていた。
右には美咲。
左には彩花。
少し後ろには結衣と莉奈。
「……ねえ」
私は。
ふと。
みんなに聞いた。
「なに?」
「私」
四人を見る。
「変わったかな?」
「……」
少しだけ。
沈黙。
「うん」
最初に。
莉奈が答えた。
「すごく変わったよ」
「そっか」
「でも」
美咲が続ける。
「湊は湊だよ」
「……うん」
「話し方が変わっても」
彩花が言う。
「歩き方が変わっても」
「……仕草が変わっても」
結衣が続けた。
「湊ちゃんは」
四人が。
私を見る。
「「「「湊ちゃんだから」」」」
「……」
一瞬。
胸が。
きゅっとした。
「……そっか」
私は。
笑った。
「じゃあ、よかった」
昔の記憶がある。
男だった頃の自分も。
ちゃんと覚えている。
でも。
私はもう。
その頃の自分と。
今の自分を。
別のものだとは思っていなかった。
昔の俺も。
今の私も。
全部。
私だった。
「……」
その瞬間。
ひとつだけ。
気づいたことがある。
さっきから。
私は心の中でも。
自分のことを。
「私」
と呼んでいた。
以前なら。
絶対に。
「俺」
だったはずなのに。
「……」
私は。
少しだけ考える。
そして。
笑った。
「まあ」
別に。
それでいい。
今の私は。
私だから。
◇
――昔。
私は。
男だった。
その記憶は。
今でもちゃんと残っている。
楽しかったことも。
恥ずかしかったことも。
全部。
忘れていない。
だけど。
今の私は。
もう。
それを否定したいとは思わない。
男だった自分がいた。
そして。
今の私がいる。
どちらも。
間違いなく。
私だった。
「湊ちゃん、早くー!」
「今行く!」
前を歩く。
四人の背中を見る。
私は。
自然に。
小さな歩幅で走り出した。
長い髪が揺れる。
制服のスカートが揺れる。
そして。
そのすべてが。
もう。
私にとって。
当たり前だった。
「待ってよ〜!」
「湊ちゃん、遅い!」
「今行くってば!」
笑いながら。
四人のもとへ向かう。
――私は、湊。
昔。
男だった記憶を持つ。
今は。
ごく普通の。
一人の女の子。
そして。
百合が大好きな。
ちょっと変わった。
普通の高校一年生。
これから先。
どんなことが起きるのかは。
まだ分からない。
だけど。
ひとつだけ。
確かなことがある。
私は。
今の自分を。
ちゃんと好きになれる。
だから。
もう。
怖くない。
――昔の俺と、今の私。
どちらも。
私だから。
**――第一部・完――**




