第七十四話 守り手の役目、その終わりに
翌日の放課後。
私は、莉奈たちと一緒に神社へ向かっていた。
昨日、長い間閉ざされていた扉が開いた。
巫女さんと、扉の向こうにいた人が、ようやくお互いの願いを伝え合うことができた。
それを思い出すたび、胸の奥がじんわりと温かくなる。
けれど、ひとつだけ気になっていることがあった。
――私の役目は、これからどうなるんだろう。
守り手として選ばれた私。
でも、誰かの代わりに答えを決めるつもりはないし、鈴に言われたとおりに生きるつもりもない。
そのことは、もう決めていた。
だからこそ、最後にちゃんと確かめておきたかった。
「湊、また考えごと?」
莉奈が私の顔を覗き込む。
「うん。私の守り手としての役目って、もう終わったのかなって」
「そっか」
莉奈は少し考えてから、私の手を握った。
「でも、湊は湊でしょ?」
「……うん?」
「守り手でも、そうじゃなくても。私にとっては、いつもの湊だよ」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
「莉奈って、ときどきすごく大事なことを、さらっと言うよね」
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ、これからもさらっと言うね」
莉奈は得意げに笑った。
私はその手を握り返しながら、神社へ向かって歩いた。
◇
社の奥では、巫女さんと、扉の向こうにいた人が並んで待っていた。
昨日まで扉の内側にいたその人は、今は社の外へ出ている。
まだ少しぎこちない様子ではあったけれど、その表情には以前のような張り詰めたものがなかった。
「来てくれたのだな」
「はい。聞きたいことがあって」
「守り手の役目について、か?」
私が頷くと、その人は静かに微笑んだ。
「ならば、答えよう」
巫女さんも、私たちの方へ向き直った。
「あなたが守り手として選ばれたのは、誰かの願いを叶えるためではありません」
「……自分で選ぶため、ですよね」
「はい。あなたは、ご自身の願いによって今の姿を選びました。そして、周囲の方々との縁の中で、自分がどうありたいのかを考えてきました」
巫女さんは、私の手元に視線を落とした。
「鈴が知らせたのは、あなたの人生を決める運命ではありません。あなたが自分の意思で歩んでいく、その道の存在です」
私はそっと鈴を握った。
今まで、この鈴が鳴るたびに何か特別な意味があるのだと思っていた。
けれど、鈴が私の代わりに何かを決めたことは、一度もなかった。
私が沙耶を励ましたときも。
莉奈と一緒にいたいと思ったときも。
今の自分を好きだと伝えたときも。
選んだのは、いつだって私だった。
「では、守り手の役目は……」
凛が尋ねる。
「この鈴を、誰かに渡すことですか?」
その人は首を横に振った。
「いや。次の守り手を探す必要はない」
「えっ?」
「守り手とは、誰かに引き継がせなければならない地位ではないのだ。鈴に選ばれた者が、必ず何かを成し遂げなければならないわけでもない」
その人は、私をまっすぐに見た。
「お前は、もう十分に選んできた。誰かの言葉を聞き、自分の気持ちを伝え、他人の人生を勝手に決めないと誓った。それでよい」
胸の奥にあった緊張が、ゆっくりとほどけていく。
「……じゃあ、私はもう、特別なことをしなくてもいいんですか?」
「もちろんだ」
その人は穏やかに笑った。
「友と笑い、悩み、時には迷いながら、自分の人生を生きればよい。守り手であることを理由に、自分を縛る必要はない」
私は、ゆっくりと息を吐いた。
よかった。
本当に、よかった。
これからも私は、学校へ行って、みんなと話して、莉奈と一緒に笑っていいんだ。
何か特別な使命を背負わなくても。
ただ、自分の人生を生きていいんだ。
◇
「では、最後にひとつだけ」
巫女さんが、私の鈴へそっと手を伸ばした。
「その鈴を、どうなさいますか?」
私は手の中の鈴を見つめた。
もう、持っていなければならない理由はない。
神社に返すこともできるだろう。
ここに置いていけば、守り手としての役目も、本当の意味で終わるのかもしれない。
私は少しだけ考えた。
そして、首を横に振った。
「……持っていたいです」
「よろしいのですか?」
「はい。でも、何かを決めてもらうためじゃなくて」
私は鈴を胸元に寄せた。
「ここでみんなと出会って、いろんなことを考えたことを忘れないために。私が、自分で選んできたことの証として、持っていたいです」
巫女さんは、優しく目を細めた。
「それもまた、あなた自身の選択ですね」
その人も、満足そうに頷いた。
「ならば、持っているとよい。鈴の意味は、持つ者の人生を縛るものではないのだから」
私は、鈴を大切にしまった。
もう、音が鳴るかどうかを気にしなくていい。
この鈴は、これからの私の人生を決めるものではない。
今までの私が、自分で選んできたことを思い出させてくれる、小さな証なのだ。
◇
神社を出たあと、私たちは駅前のカフェに立ち寄った。
「いやー、これでひとまず一件落着って感じ?」
彩花がメニューを開きながら言った。
「そうだね。でも、まだ全部がすぐに元どおりになるわけじゃないと思う」
凛が答える。
「長い間、閉じこもっていたんだもんね。これから、ゆっくりふたりで話していくんじゃないかな」
沙耶は、窓の外を眺めながら微笑んだ。
「でも、もうひとりで抱え込まなくていいんだよね」
結衣の言葉に、私は頷いた。
「うん。きっと、これからだよ」
注文したパンケーキが運ばれてくると、彩花がさっそく身を乗り出した。
「ねえねえ、湊と莉奈、また半分こする?」
「えっ?」
莉奈が私を見る。
「……する?」
「う、うん。いいけど」
「はい、決定!」
美咲が楽しそうに笑った。
「相変わらず仲がいいねえ」
「もう、美咲まで!」
私は頬を膨らませた。
でも、莉奈が隣で笑っているのを見たら、結局、私も笑ってしまった。
パンケーキを半分に分けて、莉奈の皿に乗せる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。じゃあ、こっちも」
莉奈が自分の皿からひと切れ分けてくれた。
いつもと変わらない、何気ないやり取り。
でも、今の私には、それが何より嬉しかった。
◇
帰り道。
駅でみんなと別れたあと、私は莉奈とふたりで歩いていた。
「ねえ、莉奈」
「なに?」
「私、今の自分になれてよかったって、改めて思った」
莉奈は、静かに私の話を聞いてくれた。
「前は、自分がどうなりたいのか、ちゃんと分かっていなかった。でも今は、好きなものも、大切な人も、少しずつ分かってきた気がする」
「うん」
「それに、これから先も、まだ知らない自分に出会えるんだよね」
「そうだね」
莉奈は、そっと私の手を握った。
「私も、これからの湊をもっと知りたいな」
その言葉に、胸がきゅっとなった。
「……私も、莉奈のこと、もっと知りたい」
「じゃあ、これからも一緒にいようね」
「うん!」
私は、迷わず答えた。
夕暮れの道を、私たちは並んで歩いていく。
鈴の役目は、もう終わりに近づいている。
でも、私たちの日常は、これからも続いていく。
誰かに決められた未来じゃなく、自分たちで選んでいく未来。
その先に何が待っているのかは、まだ分からない。
それでも私は、楽しみだった。
明日も、その先も。
今の私として、みんなと一緒に笑っていけることが。




