第六十八話 閉ざされた扉と、最後の記録
月曜日の朝。
教室に入ると、沙耶が私を見つけて手を振った。
「湊、おはよう。昨日の話、覚えてる?」
「うん。おばあちゃんが、神社のことを知ってるんだよね」
「うん。今朝、もう少し詳しく聞いてきたの」
沙耶は鞄から、数枚の紙を取り出した。
古びた紙の写真と、沙耶のおばあちゃんが話してくれた内容を書き留めたメモだった。
「おばあちゃんによると、昔、神社には二つの鈴があったんだって」
「二つ……?」
私は思わず、自分の鞄に目を落とした。
あの不思議な鈴。
そして、凛が知っているという、もうひとつの鈴。
「一つは、人と人の縁を知らせる鈴。もう一つは、神社の奥にいる人が持っていた鈴。形は似ているけど、紋様が違っていたらしいよ」
そこへ、登校してきた凛が会話に加わった。
「……やっぱり、二つあったんだね」
その声には、驚きよりも確信がにじんでいた。
「凛、知ってたの?」
「昔、もうひとつの鈴を見たことがあるから」
凛は椅子を引き、私たちのそばに座った。
「私を神社へ連れていった人が持っていたんだ。その人は、扉の向こうにいる人と深い関係があった」
「その人って……」
「ごめん。名前はまだ言えない。でも、今日は隠さずに話すつもりだよ」
凛は沙耶のメモを見つめた。
「もう、湊が一人で答えを探す必要はないから」
私はゆっくりとうなずいた。
その言葉を、今度は信じてみたいと思った。
◇
昼休み。
私たちはいつものメンバーで机を囲み、沙耶のメモを読み直していた。
そこには、おばあちゃんが覚えていた言葉が記されていた。
『二つの鈴は、二つの意思を示すもの。片方がもう片方を従わせるためにあるのではない』
『守り手とは、神に命じられたことを果たす者ではない。自ら考え、大切なものを選ぶ者である』
「……これ、前に凛が話してくれたことと同じだね」
莉奈が言った。
「うん。だから、鈴が私に何かを命令しているわけじゃないんだと思う」
そう答えながら、私は鞄の中の鈴を確かめた。
以前は、鈴が変化するたびに、何かをしなければいけない気がしていた。
でも今は違う。
鈴が示しているものを知ることと、その通りに生きることは、別なのだ。
「それで、もうひとつ気になるところがあるんだけど」
美咲がメモの最後を指さした。
「この記録、途中から書き手が変わってるみたい」
「えっ?」
沙耶が紙をのぞき込む。
「本当だ。前半は『守り手』について説明してるのに、最後の数行だけ、誰かに向けた言葉みたいになってる」
そこには、こう書かれていた。
『あの方が再び目を覚まされる日、選ぶのは次の守り手自身。その選択を、誰も代わりに決めてはならない』
その下には、かすれた文字が残っていた。
『そして、あの方が守ろうとしたものを――』
その先は、紙が破れて読めなかった。
私は文字を見つめた。
あの人が守ろうとしたもの。
凛が話してくれた、過去の選択。
そして、扉の向こうで今も眠り続けている存在。
ばらばらだったものが、少しずつつながり始めている。
「放課後、神社へ行こう」
私は顔を上げた。
「今度はみんなで。巫女さんに、この記録を見てもらいたい」
莉奈がすぐにうなずいた。
「うん。一緒に行こう」
「私も行くよ」
沙耶も続く。
「おばあちゃんが教えてくれたことが、何につながるのか知りたいから」
美咲、彩花、結衣も賛成してくれた。
凛は最後に、静かに言った。
「……ありがとう。きっと、今日なら話せることがある」
◇
放課後。
私たちは、久しぶりに全員で神社へ向かった。
鳥居をくぐると、境内には静かな風が吹いていた。
巫女さんは、まるで私たちが来ることを知っていたかのように、社の前で待っていた。
「お待ちしておりました」
穏やかな声。
私は一歩前に出て、沙耶のメモを差し出した。
「この記録について、教えてほしいんです。扉の向こうにいる人が、何を守ろうとしたのかも」
巫女さんは紙に目を落とした。
そして、しばらく沈黙したあと、静かに口を開いた。
「……とうとう、ここまでたどり着かれましたね」
「知っているんですね?」
「はい。この記録を書いたのは、かつてこの社に仕えていた者です。そして、最後の一文には、あの方が選ばれた道が記されるはずでした」
「選ばれた道……?」
巫女さんは、社の奥へ視線を向けた。
「扉の向こうにおられる方は、かつて大切な人を守るため、ご自身の願いを封じる道を選ばれました」
凛が息をのむ。
巫女さんは続けた。
「その選択によって、守られたものもありました。けれど、失われたものもあったのです」
「それが、凛の知っている過去なんですか?」
私が尋ねると、凛はゆっくりとうなずいた。
「うん。私を神社へ連れてきた人は、その選択を知っていた。だからこそ、湊には同じ道をたどってほしくなかったんだと思う」
「でも、私はまだ、何を選ぶことになるのかも分かっていません」
「ええ」
巫女さんは私をまっすぐに見た。
「ですから、今宵こそ、あの方ご自身からお話しいただきましょう」
◇
社の奥。
閉ざされた扉の前に立つと、私の鈴が小さく震えた。
扉に刻まれた二つの曲線が、淡く光る。
巫女さんが静かに頭を下げた。
「お目覚めください。これ以上、あの子に推し量らせるべきではございません」
しばらく、何の音もしなかった。
やがて、扉の向こうから声が響いた。
『……巫女よ』
「はい」
『その子が、自らここへ来たのだな』
「はい。大切な方々と共に、真実を知るために」
私は一歩前へ出た。
「私は、あなたのことを知りたいです。あなたが何を選んで、何を守ろうとしたのか。そして、どうして私が次の守り手と呼ばれるのか」
手の中の鈴が、静かに温かくなる。
「でも、あなたと同じ選択をするかどうかは、私自身で決めたいんです」
沈黙のあと、扉の向こうから返事があった。
『……よい答えだ』
初めて聞く、わずかに柔らかな声だった。
『ならば、隠すのは終わりにしよう。お前が知るべきことを、すべて話す』
扉の紋様が、今までよりも強く光った。
そして――。
『まず、凛を連れてきた者のことから話そう』
凛の表情が変わった。
巫女さんは静かに目を閉じる。
私たちは、誰も口を挟まなかった。
長い間、閉ざされていた物語が、ようやく語られようとしていた。




