第六十六話 みんなで作る、甘い休日
土曜日の朝。
私は鏡の前で髪を整えながら、スマホの画面を確認した。
『湊、もうすぐ着くよ!』
莉奈からのメッセージだ。
今日はみんなで沙耶の家に集まって、お菓子を作る予定になっている。
……ただし。
「お菓子作りって、何を作るんだろう?」
私はまだ、それを知らなかった。
昨日の夜、彩花がグループチャットで「甘いものなら何でもいい!」と主張し、美咲が「それじゃ決まらないでしょ」と突っ込み、結局、沙耶が材料を用意してくれることになったのだ。
私は鞄を持ち上げ、玄関を出た。
◇
「湊、おはよう!」
待ち合わせ場所には、莉奈が先に来ていた。
「おはよう、莉奈」
「今日は楽しみだね!」
「うん。でも、何を作るのかは知らないんだよね」
「私も。沙耶が秘密にしてるんだって」
「えっ、そうなの?」
「うん。昨日聞いても教えてくれなかったの」
二人で顔を見合わせる。
「……ちょっと気になるね」
「ね!」
莉奈が楽しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、私までわくわくしてきた。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
歩き出そうとしたとき、莉奈が私の鞄を指さした。
「今日もおそろいだね」
そこには、昨日と同じピンクの鈴のキーホルダー。
莉奈の鞄にも、同じものが揺れている。
「……うん。おそろい」
何度言っても、少し照れくさい。
莉奈はそんな私を見て、いたずらっぽく笑った。
「湊、また赤くなってる?」
「なってない!」
「ふふっ。じゃあ、そういうことにしておくね」
……絶対、からかわれてる。
でも、嫌じゃない。
むしろ、もう少しだけ、この時間が続けばいいと思った。
◇
沙耶の家に着くと、すでに美咲、彩花、結衣、凛が集まっていた。
「お待たせー!」
彩花が元気よく手を振る。
「二人とも、遅かったねー」
「待ち合わせの時間には間に合ってるよ?」
私が言うと、美咲が時計を見た。
「うん、時間通り。彩花が早く来すぎただけ」
「だって楽しみだったんだもん!」
「はいはい」
結衣がくすくす笑う。
その横で、沙耶が大きな箱をテーブルに置いた。
「それじゃあ、今日作るものを発表します!」
みんなの視線が集まる。
「今日は――カップケーキです!」
「おおーっ!」
彩花が両手を上げた。
「いいね! チョコとか入れる?」
「チョコも、いちごも、好きなものを入れられるようにしたよ」
沙耶が箱を開けると、チョコチップやいちご、クリームなどが並んでいた。
「沙耶、準備すごいね」
私が感心すると、沙耶は少し照れたように笑った。
「おばあちゃんに教えてもらったレシピなの。みんなで作ったら楽しそうだなって」
「絶対楽しいよ!」
莉奈がそう言って、沙耶の手を握った。
沙耶は驚いたあと、嬉しそうにうなずいた。
その様子を見て、私も自然と笑顔になった。
◇
お菓子作りが始まると、すぐに大騒ぎになった。
「彩花、それ砂糖!」
「分かってるって!」
「それ、塩だけど」
「えっ!?」
「待って待って、入れる前でよかった……!」
美咲が慌ててボウルを引き寄せる。
彩花は計量スプーンを持ったまま固まった。
「……危なかった」
「危なかった、じゃないよ!」
みんなが笑い出す。
私は莉奈と一緒に生地を混ぜながら、何とか形を整えていた。
「湊、もう少しゆっくり混ぜたほうがいいかも」
「こ、こう?」
「うん、上手!」
「本当?」
「本当だよ」
莉奈が私の手元をのぞき込む。
近い。
思ったより、ずっと近い。
「……莉奈」
「ん?」
「ちょっと近くない?」
「あ、ごめん。見えにくかった?」
莉奈が顔を離そうとする。
私は反射的に、その袖をつまんでいた。
「……いや、その」
「湊?」
「……このままで、いい」
言ってから、自分の言葉に気づいた。
莉奈がぱちぱちと瞬きをする。
それから、ふわっと笑った。
「うん。じゃあ、このままで」
……恥ずかしい。
でも、莉奈が隣にいてくれるのが嬉しかった。
「おーい、そこの二人ー!」
突然、彩花の声が飛んできた。
「生地を混ぜるのに、そんなに見つめ合う必要あるー?」
「み、見つめ合ってないよ!」
「えー? そうかなー?」
「彩花、手が止まってるよ」
美咲の冷静な指摘に、彩花は慌ててボウルへ向き直った。
「しまった! 私も作らなきゃ!」
また笑い声が広がる。
凛も口元を押さえて笑っていた。
以前の凛なら、みんなの輪から少し離れて、静かに見ていることが多かった。
でも今は違う。
「彩花、それ混ぜすぎじゃない?」
「えっ、凛まで!?」
「だって、さっきからずっと混ぜてるから」
「うそっ!?」
そんなやり取りに、凛自身も楽しそうに笑っている。
私はその姿を見て、嬉しくなった。
みんなが少しずつ、自然に近づいていく。
それだけで、今日ここに集まった意味がある気がした。
◇
焼き上がったカップケーキは、思っていた以上にきれいにできた。
「できたー!」
彩花が歓声を上げる。
「見て見て! 私の、すっごくおいしそう!」
「形が一番大きいだけじゃない?」
美咲が笑う。
「大きいのは正義!」
「その理屈は初めて聞いたよ……」
結衣が呆れたように首をかしげた。
それぞれがクリームやフルーツで飾りつけをして、テーブルに並べる。
私のカップケーキには、莉奈と相談していちごをのせた。
「かわいくできたね」
莉奈が満足そうに言う。
「うん。莉奈が手伝ってくれたからだよ」
「湊も頑張ったよ」
莉奈はそう言って、自分のカップケーキを私の隣に並べた。
二つのカップケーキは、飾りつけまで少し似ていた。
「……なんか、私たちのもおそろいみたいだね」
私が言うと、莉奈は嬉しそうにうなずいた。
「ほんとだ。じゃあ、写真撮ろうよ!」
スマホを取り出し、二つ並んだカップケーキを撮影する。
そのあと、みんなの分も一緒に並べて写真を撮った。
「いい思い出になりそうだね」
沙耶が写真を見ながら微笑む。
「うん。またみんなで作ろうよ!」
彩花の提案に、全員がうなずいた。
私はいちごのカップケーキをひと口食べた。
甘くて、ふわふわで。
自分たちで作ったからなのか、いつもよりおいしく感じた。
隣を見ると、莉奈も同じように笑っていた。
こういう休日が、これからも何度もあればいい。
そう思った。
◇
帰り際。
沙耶が、片づけたテーブルの上に一冊のノートを置いた。
「みんな、少しだけいいかな?」
さっきまでの賑やかな空気が、ほんの少し落ち着く。
「昨日話していた、おばあちゃんのノートのことなんだけど」
沙耶はノートを開いた。
「おばあちゃんに、神社のことを少し聞いてみたの。そしたらね……このノートには、続きがあったかもしれないって」
「続き?」
私が聞き返す。
「うん。破れたページは、もともと一枚だけじゃなかったらしいの。もう一枚、別の場所に保管していた可能性があるって」
凛の表情が変わった。
「……どこにあるか、分かる?」
「まだ分からない。でも、おばあちゃんは、昔そのページを神社に関係する人へ預けたって話していたみたい」
神社に関係する人。
その言葉を聞いて、私はあの巫女の姿を思い浮かべた。
もしかしたら、そのページに書かれているのは――。
「明日、もう少し詳しく聞いてみるね」
沙耶が言った。
「ありがとう、沙耶」
私は心からそう伝えた。
今まで、謎を追いかけるたびに、誰かが一人で秘密を抱えていた。
でも今は、みんなで一緒に確かめようとしている。
それが、何より心強かった。
玄関を出ると、夕方の風が頬を撫でた。
莉奈が私の隣に並ぶ。
「今日は楽しかったね」
「うん。すごく楽しかった」
「また二人でも、みんなでも、いろいろしようね」
「……うん。約束」
私たちは小指をそっと絡めた。
鞄についたおそろいのキーホルダーが、歩くたびに小さく揺れる。
明日には、ノートの続きを探す手がかりが見つかるかもしれない。
それでも今夜は、今日の楽しかったことを思い返しながら眠ろう。
大切な答えにたどり着くまでの時間も、私たちの毎日の一部なのだから。




