第六十五話 次の約束
翌朝。
目を覚ました私は、枕元に置いていたスマホを手に取った。
莉奈からメッセージが届いている。
『おはよう! 今日も一緒に学校行こうね』
その下には、かわいらしい笑顔のスタンプ。
私は思わず頬を緩めた。
『おはよう! うん、一緒に行こう!』
送信してから、ふと昨日の帰り道を思い出す。
莉奈と食べたプリン。
手をつないだときの温かさ。
そして、別れ際に莉奈が見せてくれた、あの笑顔。
……朝から思い出すのは、ちょっと恥ずかしい。
私はスマホを置いて、急いで支度を始めた。
◇
「湊、おはよう!」
待ち合わせ場所に着くと、莉奈が手を振っていた。
「おはよう、莉奈。待った?」
「ううん、今来たところ」
莉奈は私の鞄を見て、にこっと笑った。
「今日もつけてくれてるんだね。おそろいのキーホルダー」
「もちろん。気に入ってるから」
「……そっか」
莉奈は嬉しそうに自分の鞄を揺らした。
二つのピンクの鈴が、朝の光の中で並んで揺れる。
それを見ていたら、なんだかくすぐったい気持ちになった。
「ねえ、湊」
「なに?」
「今度のお休みも、二人でどこか行かない?」
「えっ、二人で?」
「うん。みんなで遊ぶのも楽しいけど……たまには二人でゆっくりしたいなって」
莉奈は少し照れたように視線をそらした。
私の胸が、どきんと跳ねる。
「……行きたい」
「ほんと?」
「うん。私も、莉奈と二人で出かけたい」
そう答えると、莉奈はぱっと笑顔になった。
「やった!」
その笑顔を見ていると、私まで嬉しくなってくる。
休日の予定がひとつ増えただけなのに、今日一日が特別なものになった気がした。
◇
昼休み。
いつものメンバーでお弁当を食べていると、彩花が突然身を乗り出してきた。
「ねえねえ! 今度のお休み、みんなで何かしない?」
「昨日も一緒に出かけたばかりじゃない」
美咲が笑いながら言う。
「楽しいことは何回あってもいいの!」
「それはそうだけどね」
結衣が穏やかにうなずいた。
沙耶も少し考えてから口を開く。
「私、みんなでお菓子を作ってみたいな。家でなら、ゆっくりできるし」
「いいじゃん! お菓子作り!」
彩花が即座に反応した。
「私、食べる係やる!」
「作る前から食べる係なの?」
美咲が呆れた顔をする。
「味見は大事でしょ!」
「味見と食べる係は違うと思うけど……」
私はみんなのやり取りに笑った。
「じゃあ、みんなでお菓子を作って、そのあと食べるのはどう?」
莉奈が提案する。
「いいね! 湊、天才!」
「いや、普通のことしか言ってないよ!?」
彩花の勢いに、思わず突っ込んでしまった。
みんなが笑う。
その中で、凛が少しだけ目を細めていた。
「……こういうの、いいね」
「凛も一緒にやろうよ!」
沙耶がすぐに声をかける。
「私、料理はそんなに得意じゃないけど」
「大丈夫! 私も得意じゃないから!」
彩花が胸を張る。
「それ、堂々と言うことじゃないでしょ」
美咲の突っ込みに、また笑いが起こった。
凛も今度は、声を出して笑っていた。
その姿を見て、私はなんだか嬉しくなった。
凛にも、こんな時間がもっと増えたらいい。
神社のことも、過去のことも、いつかきちんと話せる日が来るだろう。
でも今は、みんなと笑っていられる時間を大切にしたかった。
◇
放課後。
帰り支度をしていると、凛が私の机の前で足を止めた。
「湊。少しだけ、いい?」
「うん。どうしたの?」
凛は周囲を確認してから、声を落とした。
「昨日、沙耶のノートを見て思ったんだけど……あの人と、ちゃんと話す時が近づいていると思う」
扉の向こうにいる、あの人。
私が神社で声を聞いた、もう一人の存在。
「その人は、私に何を伝えたいんだろう」
「たぶん、過去に何があったのか。そして、どうして今もあの場所にいるのか」
凛は少し間を置いた。
「それから……私がずっと話せなかったことも」
「凛が?」
「うん。あの人のことを、私は知っている。でも、私が話すだけじゃ駄目なんだと思う」
凛はまっすぐに私を見た。
「あなた自身が、その人の言葉を聞いてほしい」
私は静かにうなずいた。
「分かった。逃げずに聞くよ」
「ありがとう」
凛はほっとしたように微笑んだ。
「でも、今すぐじゃなくていい。次に神社へ行くときは、みんなにも話してからにしよう」
「うん。みんなと一緒に行こう」
そう答えると、凛は少し驚いた顔をしたあと、柔らかく笑った。
「……そうだね。今度は、みんなと一緒に」
◇
家に帰ってから、私は莉奈にメッセージを送った。
『今度のお休み、二人で出かけるの楽しみ!』
すぐに返事が来る。
『私も! どこに行こうか?』
私はベッドに腰掛け、考え込んだ。
行ってみたい場所はたくさんある。
かわいい雑貨屋さんもいいし、少し遠くの公園を散歩するのもいい。
莉奈となら、きっとどこへ行っても楽しい。
『一緒に考えよ!』
そう送ると、莉奈から笑顔のスタンプが返ってきた。
私はスマホを胸元に抱え、ふうっと息をついた。
神社の謎は、まだ残っている。
扉の向こうの人のことも、凛が抱えている秘密も、鈴が示しているものも。
でも、それらを知ることだけが、私の毎日じゃない。
友達と笑うこと。
好きな人と出かける約束をすること。
明日を楽しみに眠ること。
そういう何気ない時間だって、私にとっては大切なものだ。
私は鞄についたキーホルダーをそっと指で揺らした。
ちりん、と小さな音がする。
「……次のお休み、晴れるといいな」
窓の外には、穏やかな夜空が広がっていた。
私は明日のことを少しだけ考えながら、ゆっくりと目を閉じた。




