第六十四話 大事なノートと守り手
翌日の昼休み。
「じゃあ、今日の放課後、みんなで沙耶のノートを確認するってことでいい?」
莉奈の言葉に、私はうなずいた。
「うん。凛が、破れたページの前後をもう一度見たいって」
「私のおばあちゃんのノートが、そんなに大事なものだったなんてね……」
沙耶は机の上に置いたノートを見つめた。
昨日、凛から話を聞いたあと、私はみんなに相談した。
神社のことを、もう一部の人だけで抱え込むのはやめたい。
それが今の私の気持ちだった。
「よーし! 放課後は探偵団だね!」
彩花が勢いよく手を挙げる。
「彩花、ノートを調べるだけだからね?」
美咲が冷静に突っ込む。
「えー、でも謎の神社に謎の鈴、そして破れたページ! 探偵団以外の何なのさ!」
「……否定しにくいのが悔しいね」
結衣が小さく笑った。
私もつられて笑う。
こうしてみんなと話していると、神社の謎だって、以前ほど怖いものには感じなくなっていた。
もちろん、気になることはまだたくさんある。
でも、ひとつずつ確かめていけばいい。
焦らずに。
◇
放課後、私たちは沙耶の家に集まった。
テーブルの上には、古いノートと、私の鈴。
凛も向かい側に座り、ノートのページを慎重にめくっていた。
「この印……やっぱり同じだ」
凛が指さしたのは、二つの曲線が向かい合うように描かれた紋様だった。
私の鈴に浮かんだものと、そっくりだ。
「前に見たときは、ほかの印と一緒に描かれていると思っていたけど……」
沙耶がページの端を押さえる。
「よく見ると、この部分だけ紙の色が違うね」
結衣の指摘に、全員がノートをのぞき込んだ。
確かに、二つの曲線が描かれた部分だけ、わずかに紙の色が違っている。
「後から書き足されたのかな?」
莉奈が尋ねる。
「たぶんね。でも、どうしてここだけ……」
私が考え込んでいると、凛がノートの前後のページを並べた。
「このページの前には、神社を守る人について書かれてる。後ろは破れているけど、残った部分に文字があるよ」
凛が、破れたページの端に残る文字を読み上げた。
「『守り手は、ひとつの願いを叶えるために選ばれるのではない』……」
部屋が静かになった。
私は思わず、自分の鈴を見つめた。
「ひとつの願いを叶えるためじゃない……?」
「うん。その続きが読めればいいんだけど」
凛は破れた部分を見つめたまま、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「たぶん、ここに書かれているのは、守り手が何をするべきかじゃない」
「じゃあ、何なの?」
美咲が尋ねる。
「何をしてはいけないのか……その話なんだと思う」
凛は私を見た。
「湊。あなたの鈴に浮かんだ印は、誰かの命令に従えって意味じゃない。そこだけは、間違えないで」
「……うん」
私は鈴を手のひらに乗せた。
守り手。
その言葉を聞くたびに、何か大きな役目を背負わされるような気がしていた。
でも、本当にそうなのだろうか。
◇
「ねえ、ちょっといい?」
ずっと黙っていた莉奈が、ノートの別のページを指さした。
「ここの文章、さっきのページとつながってないかな?」
そこには、薄くなった文字で、こう書かれていた。
『守り手は、誰かの願いを代わりに選ぶ者ではない』
その下には、さらに一文が続いていた。
『たとえ大切なものを失うことになろうとも、その選択を他者に委ねてはならない』
私は息をのんだ。
誰かの願いを、代わりに選ぶ。
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
扉の向こうにいる誰かも、かつて大切なものを守ろうとして選択した。
凛が話してくれた過去も、それに関係しているのだろう。
「……これって、扉の向こうの人のことなのかな」
私がつぶやくと、凛はすぐには答えなかった。
やがて、静かにうなずく。
「そうだと思う。少なくとも、その人が何を大切にしていたのかを知る手がかりにはなる」
「じゃあ、どうしてその人は扉の向こうにいるの?」
沙耶の質問に、凛は唇を結んだ。
「それは……まだ、私からは話せない」
「凛……」
「ごめん。でも、もうすぐ本人の口から聞けると思う。今度こそ、全部」
その声には、以前のような迷いだけではなく、決意が混じっていた。
私はうなずいた。
「分かった。じゃあ、そのときは私もちゃんと聞く」
誰かに答えを決めてもらうんじゃなくて。
自分で聞いて、自分で考えて、自分で決める。
それが、今の私にできることだと思った。
◇
帰り道。
莉奈が私の隣を歩きながら、そっと尋ねた。
「湊、怖くない?」
「……少しはね」
正直に答える。
「まだ分からないことばっかりだし。私が何を選ぶことになるのかも、分からないから」
「うん」
「でも、前よりは怖くないよ。みんなが一緒に考えてくれるから」
莉奈は嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。よかった」
そして、いつものように私の手を取る。
「じゃあ、今日頑張ったご褒美に、コンビニ寄っていかない?」
「ご褒美?」
「うん。甘いものでも買おうよ」
「……莉奈が食べたいだけじゃない?」
「ばれた?」
二人で笑い合う。
結局、私たちはコンビニで小さなプリンを買って、帰り道に並んで食べた。
神社のことも、鈴のことも、まだ全部は分からない。
それでも、こうして笑っていられる時間がある。
守りたいものがあるとしたら、きっとこういう時間も、そのひとつなのだと思う。
私は鞄についたピンクのキーホルダーを指先で揺らした。
小さな音が鳴る。
不思議な力なんてない、ただのキーホルダー。
でも、莉奈とおそろいで選んだ、大切なもの。
今の私には、それだけで十分だった。




