第六十三話 おそろいの鈴と、秘密の約束
朝、玄関の鏡の前で鞄を持ち上げる。
昨日買ったピンクの鈴のキーホルダーが、鞄の横で小さく揺れた。その隣には、みんなで選んだ星のチャーム。
歩くたびに、二つが触れ合って控えめな音を立てる。
……うん。やっぱり、かわいい。
昨日は帰ってからも、莉奈とのメッセージを何度も読み返してしまった。
『またみんなで遊びに行こうね』
たったそれだけの言葉なのに、見るたびに頬が緩んでしまう。
私はスマホを鞄にしまい、玄関を出た。
◇
「湊、おはよー!」
学校に着くと、昇降口で彩花に声をかけられた。
「おはよう、彩花」
「おっ、ついてるじゃん! 昨日の鈴!」
彩花は私の鞄を指さし、目を輝かせた。
「うん。気に入っちゃって」
「いいなー! 私の星も見て!」
彩花が鞄につけた黄色い星を揺らす。少し遅れてやってきた美咲と結衣、沙耶も、それぞれのチャームを見せ合った。
「こうして見ると、ちゃんと全員違う色なんだね」
結衣が自分の紫色の星をつまむ。
「凛の水色も、すごく似合ってたよね」
沙耶が言うと、美咲がうなずいた。
「本人は『たまたま選んだだけ』って顔してたけどね」
「実際、たまたまだよ」
背後から声がした。
振り返ると、凛が少し呆れた顔で立っていた。
「おはよう、凛」
「おはよう、湊。……なに? 私の話?」
「うん。水色が似合うって」
「それはどうも」
凛はそっけなく答えたけれど、鞄についた水色の星を指先でそっと確かめていた。
その仕草が、なんだか嬉しそうに見えた。
◇
昼休み。
私は莉奈と並んでお弁当を食べながら、鞄から少しだけキーホルダーを取り出した。
「ねえ、莉奈」
「ん?」
「昨日のこれ、やっぱり買ってよかったなって思って」
ピンクの鈴を揺らす。
莉奈は自分の鞄につけた同じキーホルダーを見て、ふわりと笑った。
「私も。おそろいだもんね」
「……うん」
改めて言われると、ちょっと照れる。
「でも、まさか同じのを選ぶとは思わなかった」
「湊が持ってるのを見て、かわいいなって思ったから」
「えっ。じゃあ、私が先に選んだから?」
「それもあるけど……湊とおそろいにしたかったのも、あるよ」
莉奈はごく自然にそう言った。
私は箸を持ったまま固まった。
「……そ、そうなんだ」
「うん」
莉奈は笑顔のまま、お弁当の卵焼きを口に運ぶ。
ずるい。
そういうことを、そんなに普通の顔で言わないでほしい。
私ばっかり意識しているみたいじゃないか。
「湊、耳赤いよ?」
「赤くない!」
「ふふっ。そう?」
莉奈が少しだけ顔を近づける。
私は逃げるようにお茶を飲んだ。
……今日も、いつも通り。
いつも通りなのに、莉奈と一緒にいる時間は、昨日よりほんの少し特別に感じられた。
◇
放課後。
帰り支度をしていると、凛が私の机のそばまでやってきた。
「湊。今日、少し時間ある?」
「うん。どうしたの?」
「神社のことで、確認しておきたいことがあるんだ」
その言葉に、鞄の中の鈴が気になった。
けれど、凛の表情はいつもより柔らかかった。
「怖い話?」
「怖いというより……そろそろ、曖昧なままにしておくのをやめたいんだ」
凛は私の鞄についたピンクのキーホルダーに目を落とした。
「それ、昨日買ったんだね」
「うん。こっちは本物の鈴じゃないけど」
「……そうだね」
凛は小さく笑った。
「でも、今の湊には、そっちのほうが大切なのかもしれない」
「どういう意味?」
「そのうち分かるよ。今度はちゃんと、説明するから」
また曖昧にされるのかと思った。
けれど、凛は目をそらさなかった。
「次に神社へ行くときは、沙耶のノートも持ってきてほしい。破れているページの前後を、もう一度みんなで確認したいんだ」
「みんなで?」
「うん。私と湊だけじゃなくて、あのノートを見つけてくれた沙耶にも、莉奈たちにも関係があることだから」
私は少し驚いた。
これまでは、神社のことを知るたびに、誰かが秘密を抱えていて、私はその断片を追いかけるばかりだった。
でも今は違う。
私が何を選ぶのかを、みんなが一緒に考えようとしてくれている。
「分かった。みんなに相談してみるね」
「ありがとう」
凛はほっとしたように息をついた。
◇
帰り道、私は莉奈と並んで歩いていた。
「凛、少し変わったね」
私が言うと、莉奈はうなずいた。
「うん。前より、自分のことも話してくれるようになった気がする」
「……私が選ぶことを、ずっと心配してくれてたんだよね」
「そうなんだと思う」
莉奈は少し考えてから、私の手にそっと触れた。
「でも、湊が一人で全部考えなきゃいけないわけじゃないよ」
「うん」
「分からないことは、一緒に考えよう。答えが出るまで、そばにいるから」
私は莉奈の手を握り返した。
「ありがとう、莉奈」
「どういたしまして」
夕方の風が吹いて、鞄のキーホルダーが小さく揺れる。
ピンクの鈴と星のチャームが触れ合い、軽やかな音を立てた。
その音は、神社で持っている不思議な鈴の音とは違う。
何かを知らせるような、不思議な響きでもない。
ただ、私が自分で選んだものが、歩くたびに鳴っているだけ。
それが、今はとても心地よかった。
――今度、神社へ行くときは、みんなと一緒に。
隠されたことを暴くためだけじゃない。
私たちがこれからどうしたいのか、ちゃんと話すために。
そう思いながら、私は莉奈と手をつないで、いつもの帰り道を歩いていった。




