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百合好きな俺がTSしたのでこれからを楽しみたい。  作者: とみなが つき
第六章 いつもの日常?

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第六十話 扉の向こうからの声

 神社の奥に、静寂が満ちていた。


 目の前にあるのは、古びた扉。


 その表面には、鈴に浮かんだものと同じ紋様が刻まれている。


 さっきまで光っていた紋様は、今ではすっかり静まり返っていた。


 それでも私は、なぜか目を離せなかった。


「……湊、少し離れていたほうがいいよ」


 隣に立つ凛が、小さな声で言った。


「でも、さっき光ったのは……」


「分かってる。でも、何が起きるか分からないから」


 凛の声には、いつも以上に緊張がにじんでいた。


 私は一度、手の中の鈴を見つめた。


 そして、ゆっくりと顔を上げる。


「……大丈夫。無理はしないよ」


「湊……」


「でも、ここまで来たんだから、ちゃんと向き合いたい」


 凛は何かを言いかけて、やめた。


 代わりに、小さく息を吐く。


「……本当に、変わったね」


「え?」


「ううん。何でもない」


 そのときだった。


 ――チリン。


 私の手の中で、鈴が鳴った。


 今まで何度も聞いてきた音。


 けれど、今日の音は少し違った。


 耳に届くというより、胸の奥に直接響いてくるような、不思議な音だった。


「……っ」


 思わず鈴を握りしめる。


 扉の紋様が、一つ、また一つと淡い光を帯び始めた。


「これは……」


 巫女が目を見開いた。


 いつも落ち着いている彼女が、明らかに驚いていた。


「このようなことは……」


「巫女さん?」


 私が呼びかけた、その瞬間。


 扉の向こうから、声が聞こえた。


『――来たのか』


 低く、穏やかな声だった。


 男の人なのか、女の人なのかも分からない。


 遠い場所から響いているようなのに、不思議とはっきり聞こえる。


 私は息をのんだ。


 凛が、私の前に一歩出る。


「待って! この子を巻き込まないで!」


『……凛』


 その声が、凛の名前を呼んだ。


 凛の顔から、血の気が引いた。


「……覚えて、いるの?」


『忘れたことなどない』


 短い返事。


 それだけで、凛の表情が大きく揺れた。


 まるで、ずっと聞きたかった言葉を、思いがけず受け取ったかのように。


「……私は、あなたのことを許したわけじゃない」


『分かっている』


「だったら、どうして……!」


「凛」


 私はそっと、凛の袖をつまんだ。


 凛ははっとして私を見た。


 私はうまく言葉にできなかったけれど、今は怒ったり、問い詰めたりするよりも、話を聞きたいと思った。


 扉の向こうにいる存在が、凛にとってどんな人なのか。


 そして、どうして私の鈴とつながっているのか。


 私は一歩、前に出た。


「……あの」


 声が少し震えた。


 それでも、私は続けた。


「あなたは、誰なんですか?」


 しばらく、返事はなかった。


 巫女も、凛も、何も言わない。


 ただ、扉の向こうから、静かな気配だけが伝わってくる。


 やがて。


『……湊』


 その存在は、私の名前を呼んだ。


 初めて聞く声なのに。


 なぜか、ずっと前から知っていたような気がした。


『よく、ここまで来たな』


「……私のことを、知っているんですか?」


『ああ』


 胸の奥が、ざわめいた。


『お前がどのような道を歩み、何を選んできたのか。そのすべてを知っているわけではない』


 声は、ゆっくりと続けた。


『だが、お前が今の自分を選んだことは、知っている』


 私は目を見開いた。


 今の自分。


 男の子だった頃の私。


 そして、今の私。


 そのことを、この存在は知っている。


「……どうして?」


『それを話すには、まだ早い』


「また、それですか……」


 思わず、少しだけ不満が口からこぼれた。


 こんな大事な場面なのに、また何も教えてくれないなんて。


 すると、扉の向こうから、かすかな笑い声が聞こえた。


『はは……そう怒るな』


「怒りたくもなりますよ。みんな、少しずつしか教えてくれないんですから」


 言ってから、私は自分でも驚いた。


 こんな相手に、普通に文句を言ってしまった。


 けれど、扉の向こうの存在は、気を悪くした様子もなかった。


『そうだな。お前には、知る権利がある』


 紋様の光が、ゆっくりと強くなる。


『だが、知ることと、答えを決められることは違う』


 私は黙って、その声に耳を傾けた。


『誰かの願いを知ったとしても、それに応える義務はない。誰かの過ちを知ったとしても、同じ道を歩む必要はない』


 その言葉は、不思議なほどまっすぐ胸に届いた。


『お前は、お前自身の意思で選べばよい』


 私は、手の中の鈴を見つめた。


 巫女も、凛も、同じことを言っていた。


 選ぶのは私自身。


 誰かの願いに従うためでも、誰かの期待に応えるためでもない。


 自分がどうしたいのか。


 それを考えることが、大切なのだ。


「……分かりました」


 私は扉を見つめた。


「でも、いつかは全部、教えてください」


 少し間が空いたあと、声が答えた。


『約束しよう』


 その言葉を聞いて、私はようやく息を吐いた。


 けれど、すぐに凛が口を開いた。


「……一つだけ、聞かせて」


『何だ』


「あなたは、あのときの選択を……後悔しているの?」


 凛の声は、かすかに震えていた。


 巫女が顔を上げる。


 私は、凛の横顔を見つめた。


 あのとき。


 いったい、何があったのだろう。


 扉の向こうは、しばらく沈黙していた。


 そして、静かに答えた。


『後悔がないと言えば、嘘になる』


 凛が唇をかみしめた。


『だが、あの選択をしたことそのものを、間違いだったとは思っていない』


「……っ」


『大切なものを守ろうとした。その気持ちまで、否定することはできない』


 凛は、何も言わなかった。


 ただ、うつむいたまま、強く拳を握っていた。


 私は、すぐには声をかけられなかった。


 今の言葉が、凛にとってどれほど大きな意味を持つのか。


 私には、まだ分からない。


 けれど、一つだけ分かったことがある。


 扉の向こうの存在も、かつて何かを選んだ。


 そして、その選択には、後悔と、それでも譲れない思いがあったのだ。


     ◇


 しばらくして、扉の紋様から光が消え始めた。


『……今日は、ここまでだ』


「えっ、もうですか?」


『あまり長く話すことはできぬ』


「じゃあ、次はいつ……?」


『その時が来れば、また話そう』


「……うう」


 思わず頬を膨らませてしまう。


 隣で凛が、小さく吹き出した。


「ふふっ……湊、顔に出すぎ」


「だって! せっかく話せたのに!」


『ははは。よいことだ』


 扉の向こうの声が、どこか楽しそうに響いた。


『分からぬことに腹を立て、知りたいと願う。それもまた、自分で選ぶための一歩だ』


 やがて、紋様の光は完全に消えた。


 鈴も、静かになった。


 もう声は聞こえない。


 けれど、さっきまでの出来事は、夢ではなかった。


 私はゆっくりと鈴を布袋にしまった。


「……巫女さん」


「はい」


「今日のこと、少しは教えてもらえますか?」


 巫女は目を伏せ、それから静かにうなずいた。


「すべてをお話しすることは、まだできません。ですが……凛と、あの方の間に何があったのか。その一端であれば、お話しできるかと存じます」


 凛が顔を上げた。


「……私も、話すよ」


「凛?」


「全部は無理かもしれない。でも、湊には知っていてほしいから」


 凛は私を見て、少しだけ微笑んだ。


「もう、ずっと黙っているのも疲れたしね」


 その言葉に、私は胸が熱くなった。


「……うん。聞かせて」


 巫女は静かに頭を下げた。


「では、日を改めて。今宵は、ここまでといたしましょう」


 私たちは、神社をあとにした。


 鳥居をくぐる直前、私は一度だけ振り返った。


 あの扉の向こうには、まだたくさんの秘密がある。


 でも、今日初めて、向こう側の声を聞いた。


 私の名前を呼んでくれた。


 そして、私が自分で選ぶことを、認めてくれた。


 それだけで、今は十分だった。


 隣を歩く凛は、いつもより少しだけ穏やかな顔をしていた。


「……凛」


「ん?」


「今日、一緒に来てくれてありがとう」


 凛は夕空を見上げた。


「……うん。私も、来てよかった」


 その声は、いつもより優しかった。


 すべてが分かる日は、まだ先かもしれない。


 それでも私たちは、一歩ずつ進んでいく。


 誰かに決められた道ではなく、自分たちで選んだ道を。

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