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百合好きな俺がTSしたのでこれからを楽しみたい。  作者: とみなが つき
第六章 いつもの日常?

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第五十八話 二つの印が示すもの

 翌朝、私はいつもより少し早く家を出た。


 理由は、鞄の中に入れた小さな鈴。


 昨夜、紋様の端に現れた、向かい合う二つの曲線。


 あれが何を意味するのか、どうしても気になっていた。


 けれど、家で眺めていても答えは出ない。


 だったら、知っていそうな人に聞くしかない。


 ……まあ、知っていそうな人が素直に教えてくれるとは限らないのだけれど。


「はぁ……」


 思わずため息が出た。


「朝からため息?」


「ひゃっ!?」


 突然後ろから声をかけられ、私は肩を跳ねさせた。


 振り返ると、莉奈が不思議そうに私を見ていた。


「お、おはよう、莉奈!」


「おはよう。そんなにびっくりしなくてもいいのに」


「急に声をかけるから!」


「ふふっ、ごめんね」


 莉奈は笑いながら私の隣に並んだ。


「それで、何を考えてたの?」


「えっと……鈴のこと」


 そう答えると、莉奈の表情が少しだけ真剣になった。


「また何か変わった?」


「うん。紋様に、新しい印が出てきたの」


「見てもいい?」


「もちろん」


 私は周囲を確認してから、鞄の中の布袋を取り出した。


 袋から鈴を出すと、莉奈はその表面をじっと見つめた。


「……本当だ。これ、前はなかったよね」


「うん。二つの曲線が向かい合ってるみたいな形」


「何かを表してるのかな?」


「それが分からないんだよね……」


 莉奈はしばらく考えたあと、私に鈴を返した。


「沙耶ちゃんのおばあちゃんのノートに、何か載ってないかな?」


「私もそう思ってた」


「じゃあ、今日、みんなで見てみようよ。私も気になるし」


 そう言って莉奈は微笑んだ。


 ひとりで抱えていた疑問が、少しずつみんなの疑問になっていく。


 それが、なんだか心強かった。


     ◇


「えーっ! また変わったの!?」


 昼休み。


 鈴を見た彩花が、思わず大きな声を上げた。


「彩花、声が大きいよ」


 美咲がすかさず注意する。


「だ、だって気になるじゃん!」


「気になるのは分かるけどね」


 結衣も鈴を覗き込み、小さく首を傾げた。


「……前の紋様とは、少し違う感じがする」


「そうなの。今までの線とは別に、この印だけ浮かび上がってきて」


 私は沙耶のほうを向いた。


「沙耶、前に見せてくれたノート、もう一度見せてもらえる?」


「うん。持ってきてるよ」


 沙耶は鞄から、古びたノートの写真を取り出した。


 以前、沙耶のおばあちゃんの家で見つかったものだ。


 そこには、あの神社と鈴、そして謎の紋様が描かれている。


 みんなで写真を覗き込んだ。


「あっ……!」


 最初に声を上げたのは、美咲だった。


「これじゃない?」


 美咲が指さしたのは、ノートの隅に小さく描かれた印だった。


 二つの曲線が、向かい合うように描かれている。


 私の鈴に浮かんだものと、よく似ていた。


「やっぱり、同じだ……」


 思わず呟く。


 沙耶は写真を近づけて、じっと見つめた。


「私も、前に見たときは気づかなかった。こんな小さな印があったんだね」


「この印だけ、ほかの紋様と離れて描かれてるね」


 結衣の言葉に、みんながもう一度写真を見た。


 確かに、ほかの線や文字とは少し距離がある。


 まるで、あとから付け加えられたものみたいだった。


「ねえ、沙耶。このノートって、いつ頃のものか分かる?」


「正確には分からないの。おばあちゃんも、ずっと前から家にあったって言ってた」


「じゃあ、この印が何なのかも……」


「うん。まだ聞けてない」


 沙耶は申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんね。もっと詳しく調べられたらよかったんだけど」


「謝らなくていいよ!」


 私は思わず身を乗り出した。


「沙耶がノートを見せてくれたから、ここまで分かったんだもん」


「湊……」


「そうそう! 沙耶がいなかったら、そもそもこの印に気づいてなかったかもしれないし!」


 彩花も大きくうなずいた。


「みんなで調べればいいんだよ!」


 沙耶は少し驚いたあと、ほっとしたように笑った。


「……ありがとう。私も、もっと調べてみるね」


 その笑顔を見て、私も嬉しくなった。


 鈴が何を示しているのかは、まだ分からない。


 けれど、この謎を追いかける時間まで、ひとりで過ごす必要はないのだ。


     ◇


 放課後。


 みんなと別れたあと、私は昇降口で凛を見つけた。


「凛!」


「……湊?」


 凛は私の顔を見て、それから手元の布袋に目を落とした。


「また、何かあった?」


「うん。ちょっと聞きたいことがあって」


「鈴のこと?」


「そう。……この印、知ってる?」


 私は周囲に人がいないことを確かめ、鈴を見せた。


 新しく浮かんだ印を見た瞬間、凛の表情が変わった。


 ほんの一瞬。


 でも、確かに驚いていた。


「……これ、どこで見つけたの?」


「鈴に出てきたの。昨日の夜に」


「そう……」


 凛は鈴に触れようとはせず、ただじっと見つめていた。


「凛、やっぱり知ってるんだね?」


「……少しだけ」


「少しだけって、どのくらい?」


「全部は知らないよ」


 凛は顔を上げた。


「でも、その印が何を表しているのかは、聞いたことがある」


 胸が高鳴った。


「本当!? じゃあ、教えて!」


「……ごめん。今は、まだ」


「また!?」


 思わず声が大きくなってしまう。


 凛は申し訳なさそうに目を伏せた。


「教えたくないわけじゃないんだ。ただ、私の言葉だけで意味を決めてほしくない」


「どういうこと?」


「その印は、ひとつの意味だけを持っているわけじゃないから」


 私は鈴を握りしめた。


「……じゃあ、何を表してるの?」


 凛は少し迷ってから、静かに答えた。


「二つの意思。あるいは、二つの選択」


「二つの……選択?」


「うん。少なくとも、私が聞いた話ではね」


 頭の中で、何かがつながりかけた。


 神社の奥にある、閉ざされた扉。


 扉に刻まれていた、二つに分かれた紋様。


 そして、扉の向こうにいる、正体の分からない誰か。


「……もしかして、扉の向こうにいる人と関係があるの?」


 凛は何も答えなかった。


 その沈黙が、答えのように感じられた。


「凛……」


「湊」


 凛は私の言葉を遮るように、少しだけ強い声で言った。


「神社に行くなら、ひとりでは行かないで」


「え……?」


「お願い。誰か、信頼できる人と一緒に行って」


 凛の目は真剣だった。


 私は、すぐには返事ができなかった。


 神社に行くなと言われたことはある。


 けれど、誰かと一緒ならいいと言われたのは初めてだった。


「……分かった。約束する」


 そう答えると、凛はようやく少しだけ表情を緩めた。


「ありがとう」


「でも、凛も一緒に来てくれない?」


「……それは」


 凛は言いかけて、口を閉じた。


 そして、困ったように笑った。


「考えておく」


 その答えは、いつものように曖昧だった。


 それでも、以前よりは少しだけ前進した気がした。


     ◇


 その夜。


 神社の奥では、巫女が閉ざされた扉の前に立っていた。


 扉に刻まれた紋様。


 その一部に、湊の鈴に現れたものと同じ印が浮かんでいた。


「……とうとう、あの印が」


 巫女はそっと目を伏せた。


 扉の向こうから、低く静かな声が響く。


「二つの意思が、再び向かい合う」


「はい」


「だが、同じ選択になるとは限らぬ」


「承知しております」


 巫女は深く頭を下げた。


「湊は、まだ何も決めておりません。あの子はあの子自身の歩みで、答えを探しております」


 扉の向こうは静かだった。


 やがて、声が再び響いた。


「……ならば、待とう」


 巫女は顔を上げた。


「あなた様は、あの子に何を望まれるのですか?」


 返事は、すぐにはなかった。


 ただ、扉の向こうで鈴が一度だけ鳴った。


「望みを押しつけるつもりはない」


 その声は、不思議なほど穏やかだった。


「選ぶのは、あの子だ」


 巫女は静かに目を閉じた。


「……はい。どうか、その時までお待ちくださいませ」


 扉の紋様が、ゆっくりと光を失っていく。


 けれど、二つの曲線だけは、最後まで淡い光を残していた。


 まるで、まだ出会っていない二つの意思が、互いの存在を確かめ合っているかのように。

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