↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合好きな俺がTSしたのでこれからを楽しみたい。  作者: とみなが つき
第六章 いつもの日常?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/74

第五十三話 鈴に浮かぶ知らない紋様

 翌朝。


 私は家を出る前に、もう一度ポケットの中を確かめた。


 そこにあるのは、小さな鈴。


 昨日、表面に浮かんだ見覚えのない紋様。


 何度確認しても、消えることはなかった。


「……やっぱりある」


 指先でそっと触れる。


 当然、音はしない。


 なのに、昨日聞こえた音だけが、耳の奥に残っていた。


 ――チリン。


「……気のせい、気のせい」


 私は鈴をしまい、家を出た。


 今は神社に行かない。


 そう決めたのだから。


     ◇


「湊ちゃん、おはよ!」


「おはよう、莉奈」


 教室に入ると、莉奈がいつもの笑顔で迎えてくれた。


「今日も何か考え事?」


「えっ、なんで分かったの?」


「顔に書いてある」


「うそ!?」


「うそ」


「もう、莉奈!」


 莉奈は楽しそうに笑った。


 その笑顔につられて、私も笑ってしまう。


 こういう時間は好きだ。


 難しいことを考えずに、みんなと話していられる時間。


「はいはい、朝から仲良しですねー」


 美咲が横から口を挟んだ。


「美咲、絶対それ言うよね」


「だって本当だし?」


「彩花まで乗らないで!」


 いつものやり取りに、教室が笑い声に包まれる。


 そのときだった。


「……湊ちゃん」


 少し離れた席から、沙耶が私を呼んだ。


「ん? どうしたの?」


「ちょっと、見てもらいたいものがあるんだけど」


「見てもらいたいもの?」


 沙耶は小さく頷いた。


「うん。昨日、家で見つけたんだ」


     ◇


 昼休み。


 私たちは教室の隅に集まっていた。


 沙耶が鞄から取り出したのは、一冊の古いノートだった。


「これ、おばあちゃんの家にあったものなの」


「ずいぶん古そうだね」


 結衣がそっと表紙を眺める。


「昔の家のこととか、近所のことが書いてあるみたい。私も全部読んだわけじゃないんだけど……」


 沙耶はページを開いた。


「この絵を見てほしくて」


 そこには、手書きの絵が描かれていた。


 鳥居。


 長い石段。


 木々に囲まれた、小さな社。


 そして、その隅に描かれた鈴。


「……え?」


 私は思わず身を乗り出した。


 鈴の絵の隣には、見覚えのある紋様が描かれていた。


 昨日、私の鈴に浮かんだものと同じだった。


「これ……」


 ポケットに手を伸ばす。


「湊ちゃん?」


「ちょっと、見てほしいものがあるの」


 私は鈴を取り出した。


 みんなの視線が集まる。


「それって、神社で持ってた鈴?」


 莉奈が尋ねた。


「うん。前に話したやつ」


 私はノートの絵と、手の中の鈴を並べた。


 同じだった。


 線の形も、中央にある小さな印も。


 まるで、同じものを見ながら描いたみたいに。


「……偶然、なのかな」


 結衣が呟く。


「偶然にしては、そっくりすぎない?」


 美咲が眉を寄せた。


 彩花も、いつもの明るい表情を引っ込めている。


「沙耶、このノートっていつ頃のものか分かる?」


「はっきりとは分からないの。でも、かなり古いみたい」


 沙耶はページをめくった。


 その途中で、手が止まる。


「あ……ここにも何か書いてある」


 ページの端に、小さな文字が残されていた。


 かすれていて、全部は読めない。


 それでも、一部分だけははっきりしていた。


 ――鈴を持つ者が現れたとき、社の守り手はその役目を終える。


「……守り手?」


 私は呟いた。


 頭の中に、あの巫女さんの姿が浮かぶ。


 鈴の役目は終わった。


 巫女さんも、そう言っていた。


 じゃあ、この文章が示しているのは――。


「待って。下にも続きがあるよ」


 莉奈がページの下を指差した。


 けれど、紙の端は破れていて、その先は読めなくなっていた。


「肝心なところがないね……」


 彩花が残念そうに肩を落とす。


「ごめんね。これ以上は分からなくて」


 沙耶が申し訳なさそうに言った。


「ううん。見せてくれてありがとう」


 私は首を横に振った。


 知りたいことが、また増えた。


 あの巫女さんは何者なのか。


 どうして私に鈴を渡したのか。


 そして――。


 役目を終えたはずの鈴に、どうして新しい紋様が現れたのか。


     ◇


 放課後。


 沙耶はノートを大切そうに鞄へしまった。


「家に帰ったら、もう少し調べてみるね」


「ありがとう。でも、無理はしないでね」


「うん。私も気になるし」


 沙耶は笑った。


 その隣で、凛がずっと黙っていた。


 いつもなら、何かしら皮肉を言ったり、話をそらしたりするのに。


 今日は一度も口を挟まなかった。


「……凛?」


 私が声をかけると、凛は沙耶の鞄を見ていた。


「そのノート、どこで見つけたの?」


「え? おばあちゃんの家だけど……」


「そうじゃなくて」


 凛は少し言いにくそうに続けた。


「今まで、そのノートのことを誰かから聞いたことはない?」


「ないよ。昨日、片づけをしていて初めて見つけたの」


「……そっか」


 凛は小さく目を伏せた。


「凛、何か知ってるの?」


 私が尋ねる。


 凛はすぐには答えなかった。


 やがて、私の手元に視線を移す。


「湊。その鈴、誰からもらったの?」


「……巫女さんだけど」


「そう」


 凛の表情が、ほんの少しだけ曇った。


「なら、なおさらだね」


「何が?」


「……ううん。まだ、確かめたいことがあるだけ」


「またそれ?」


 思わず、ため息が出た。


「凛って、肝心なところはいつも言わないよね」


「そうだね」


「否定しないんだ……」


 凛は苦笑した。


 でも、その顔を見ていると、ただ秘密を楽しんでいるわけではない気がした。


 隠しているというより。


 言うことをためらっている。


 そんな感じだった。


「……湊」


 凛が静かに言った。


「その鈴の模様、誰にも見せないほうがいい」


「え?」


「まだ、誰の目にも触れないほうがいいものだから」


「でも、沙耶たちはもう見たよ?」


「……そうだね」


 凛は沙耶のほうを見た。


「ごめん。沙耶を責めてるわけじゃないよ」


「う、うん……」


 沙耶は戸惑いながら頷いた。


 凛はもう一度、私を見る。


「湊。ひとつだけ約束して」


「何?」


「その鈴に、何か変化があっても……すぐに神社へ持っていかないで」


「……どうして?」


 凛は答えなかった。


 ただ、今まで見たことがないほど真剣な目をしていた。


「お願い」


 その一言に、私は言葉を失った。


 凛が私に、こんなふうに頼むなんて。


「……分かった」


 私は小さく頷いた。


「すぐには行かない。約束する」


「ありがとう」


 凛は少しだけ安心したように息を吐いた。


 けれど、その表情はすぐに元へ戻ってしまった。


「じゃあ、また明日」


 そう言って、凛は教室を出ていった。


     ◇


 帰り道。


 私は莉奈と並んで歩いていた。


「……凛、何か知ってるんだよね」


 私が呟くと、莉奈がこちらを見た。


「うん。たぶんね」


「でも、話してくれない」


「話せない理由があるのかもしれないよ」


「……沙耶のノートにも、鈴のことが書いてあった」


「うん」


「巫女さんも、凛も、あの紋様を知ってるみたいだった」


 考えれば考えるほど、分からなくなる。


 鈴の役目は終わったはずなのに。


 どうして、まだ何かが続いているんだろう。


「湊」


 莉奈が私の名前を呼んだ。


「今は、全部を一度に解決しなくてもいいんじゃないかな」


「……うん」


「それに、何かあったら私にも話してね」


 莉奈は私の手に、そっと自分の手を重ねた。


「一人で抱え込まないこと」


「……分かった」


 私はその手を握り返した。


 その温かさに、少しだけ肩の力が抜ける。


 謎は気になる。


 でも、今すぐ答えを出さなきゃいけないわけじゃない。


 私には、今の私を支えてくれる人たちがいる。


「ありがと、莉奈」


「どういたしまして」


 莉奈はいつもの笑顔を見せた。


 私はその笑顔を見て、ようやく自然に笑えた。


     ◇


 その夜。


 自分の部屋で、私は鈴を机の上に置いた。


 明かりの下で見る紋様は、やっぱり不思議だった。


「……誰にも見せないほうがいい、か」


 凛の言葉を思い返す。


 そして、沙耶のノートに書かれていた一文。


 ――社の守り手はその役目を終える。


「……巫女さんのこと、なのかな」


 鈴を手に取る。


 その瞬間。


 指先に、かすかな温かさを感じた。


「……え?」


 私は手を止めた。


 鈴の表面に刻まれた紋様。


 そこに、細い光が一瞬だけ走った。


 ほんの一瞬。


 目を瞬かせたときには、もう消えていた。


「……今の、何?」


 私は鈴を机に戻した。


 鳴ってはいない。


 音はしなかった。


 けれど。


 鈴の底に、小さな文字が浮かび上がっていた。


 さっきまでは、なかったはずの文字。


 私は息を呑み、目を凝らす。


 そこに刻まれていたのは――。


 **『次の守り手へ』**


「……次の、守り手?」


 誰に向けた言葉なのか。


 何を守れというのか。


 そして。


 どうして、この鈴にそんな言葉が刻まれているのか。


 私はしばらく、鈴から目を離せなかった。


 凛は、これを知っているのだろうか。


 沙耶のノートを書いた人は、何を知っていたのだろう。


 それから――。


 あの巫女さんは。


 私に何を引き継がせようとしているのだろう。


「……まさか、ね」


 私は鈴をそっと布に包んだ。


 今は、まだ答えなんて分からない。


 だけど、ひとつだけ確かなことがある。


 私が終わったと思っていた神社の物語は。


 どうやら、私の知らないところで続いていたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。