第五十二話 言えないこと、言えること
翌朝。
目を覚まして、スマホを見る。
「……普通の朝だ」
昨日、凛に言われたこと。
――あの神社、もう行かないほうがいいよ。
その言葉が、ずっと頭に残っている。
でも。
理由は教えてもらえなかった。
「……なんなのよ、もう」
布団の中で少しだけ悩んでから、私は起き上がった。
考えても仕方ない。
今日は学校。
いつもの一日。
そう決めて、私は家を出た。
◇
「おはよー、湊!」
「おはよ、彩花」
教室に入ると、いつものように彩花が声をかけてくる。
「今日眠そうじゃない?」
「ちょっと考え事してて」
「また神社?」
「……!」
思わず固まる。
「え?」
彩花が首を傾げた。
「何その反応」
「いや、なんでもない」
「怪しいなー」
美咲までこちらを見る。
「湊、昨日からちょっと変じゃない?」
「そう?」
「うん」
結衣も静かに頷く。
「少しだけ、落ち着かない感じ」
「……」
やっぱり、みんなには分かるらしい。
「湊ちゃん」
沙耶が優しく声をかける。
「話したくなったら、話していいからね」
「……ありがとう」
その言葉に、少しだけ気持ちが軽くなる。
「でも今は、大丈夫」
「そっか」
沙耶はそれ以上聞かなかった。
その距離感が、ありがたかった。
◇
昼休み。
みんなでお弁当を食べていると。
「湊」
隣から莉奈が声をかけてきた。
「ん?」
「昨日、凛と何話してたの?」
「……」
やっぱり聞かれた。
「ちょっと神社の話」
「神社?」
「うん」
私は少し迷う。
でも。
莉奈には話してもいい気がした。
「凛にね」
「うん」
「もう神社に行かないほうがいいって言われた」
「……え?」
莉奈の表情が変わった。
「どうして?」
「分からない」
「凛は理由を言わなかったの?」
「うん」
莉奈はしばらく黙った。
そして。
「……湊は、行くつもり?」
「分からない」
私は正直に答える。
「行きたい気持ちはあるけど……」
「けど?」
「凛があんな顔で言うから」
昨日の凛の表情を思い出す。
冗談でも。
からかっているようにも見えなかった。
「本当に、心配してる感じだった」
「そっか……」
莉奈は小さく息を吐いた。
「じゃあ、今は行かなくていいんじゃない?」
「え?」
「理由が分からないなら、無理して行く必要ないよ」
私は莉奈を見る。
「……そうだね」
「うん」
莉奈は笑った。
「何か分かったら、そのとき考えればいい」
「……莉奈って、こういうとき冷静だよね」
「そうかな?」
「うん」
「じゃあ、湊が無茶しないようにする係ってことで」
「なにそれ」
思わず笑う。
「でも……ありがと」
「どういたしまして」
莉奈も笑った。
◇
放課後。
帰り支度をしていると。
「湊」
また、凛に呼ばれた。
「……何?」
「ちょっとだけ話したい」
「うん」
教室にはまだ何人か残っている。
凛は窓際まで歩いていった。
「昨日のことだけど」
「うん」
「あれ、怖がらせるつもりじゃなかった」
「じゃあ、どういうつもり?」
凛は少し考える。
「……忠告」
「何に対する?」
「神社に対して」
「巫女さんに対して?」
凛は答えなかった。
その代わり。
「湊」
「うん」
「巫女さんのこと、どう思ってる?」
「どうって……」
私は考える。
「優しい人だと思う」
「……そう」
「でも、不思議な人」
「うん」
「それと……」
私は少しだけ言葉を止める。
「何かを隠してる気はする」
凛は小さく笑った。
「やっぱり、そう思った?」
「え?」
「なら、いい」
「よくないよ」
思わず言い返す。
「凛は知ってるんでしょ?」
「少しだけ」
「何を?」
「それは言えない」
「またそれ……」
私はため息をつく。
でも、凛の顔を見て。
少しだけ違和感を覚えた。
隠しているというより。
言えない。
そんな感じだった。
「……凛」
「なに?」
「何か理由があるの?」
凛は窓の外を見る。
「あるよ」
「じゃあ――」
「でも、それを話すのは私じゃない」
「……え?」
凛は私を見る。
「湊が自分で知ることになるから」
「またそういう言い方……」
「ごめん」
凛は少しだけ笑った。
「でも、一つだけ」
「何?」
「巫女さんが言ったことを、全部そのまま信じないほうがいい」
「……!」
その言葉に、胸がざわついた。
「どういう意味?」
「それも、今は言えない」
「凛!」
凛はそのまま教室を出ていった。
「……もう」
私は机に手をつく。
謎が増えただけじゃん。
◇
帰り道。
私は一人で歩いていた。
ポケットの中には、あの鈴。
取り出してみる。
「……」
やっぱり、鳴らない。
私は鈴を指先で転がす。
昨日までなら。
何か答えを求めて、神社へ向かっていたかもしれない。
でも今日は。
莉奈の言葉を思い出す。
――理由が分からないなら、無理して行く必要ないよ。
「……そうだよね」
私は鈴をしまった。
今は、行かない。
それでいい。
そう思った瞬間。
遠くから。
小さな音が聞こえた。
――チリン。
「……え?」
私は足を止める。
辺りを見回す。
誰もいない。
風もない。
「今の……」
ポケットの中の鈴を取り出す。
でも。
鈴は鳴っていない。
「……気のせい?」
そう呟いて、もう一度しまおうとした。
そのとき。
鈴の表面に、見覚えのない小さな模様が浮かんでいることに気づいた。
「……これ、前からあった?」
指で触れる。
小さな紋。
どこか見覚えがあるような。
でも、どこで見たのかは分からない。
私はしばらく鈴を見つめた。
「……」
そして。
そっとポケットに戻した。
今はまだ。
神社には行かない。
だけど。
あの巫女さんが隠しているものも。
凛が言えないことも。
少しずつ。
私のところへ近づいてきている気がした。




