第五十一話 いつもの日常、少し違う私
翌朝。
目が覚めて、天井を見る。
昨日までなら、起きた瞬間に神社のことを考えていたかもしれない。
巫女さん。
鈴。
そして、私が女の子になった理由。
でも今日は――
「……眠い」
それだけだった。
私は布団から起き上がる。
カーテンを開けると、いつもの朝。
何も変わっていない。
なのに。
少しだけ、世界が違って見える気がした。
「……私、変なのかな」
鏡を見る。
そこに映っているのは、女の子になった私。
以前なら、鏡を見るたびにどこか不思議な気持ちになっていた。
でも今は。
「うん」
私は小さく頷く。
「これが私」
昨日、巫女さんから聞いた言葉が頭に浮かぶ。
――あなたが望んだ「別の自分」が、今のあなたなのです。
それが本当なのかどうか。
今の私には、まだ完全には分からない。
でも。
今の私が嫌いじゃない。
むしろ――
「結構、好きかも」
そう呟いて、少し恥ずかしくなった。
◇
学校に着く。
教室のドアを開ける。
「湊ちゃん、おはよー!」
いつもの声。
莉奈だった。
「おはよ、莉奈」
「なんか今日、機嫌よくない?」
「そう?」
「うん。なんかいつもより楽しそう」
「朝からそんな分かる?」
「分かるよ」
莉奈は笑う。
「だって、毎日見てるし」
「……そっか」
その言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
「おーい、朝から二人で何話してんの?」
美咲がこちらを見る。
「別に普通の話」
「ほんとかなー?」
「ほんとだって」
「怪しい」
彩花まで入ってくる。
「湊、今日なんか雰囲気違う!」
「彩花まで?」
「うん!」
結衣もこちらを見て、静かに頷いた。
「……少し、柔らかくなった感じ」
「えぇ……?」
私は困ってしまう。
沙耶が笑った。
「でも、いい感じだと思う」
「みんなして……」
思わず笑ってしまう。
その瞬間。
教室の中に、いつもの空気が戻ってきた。
神社のことも。
巫女さんのことも。
鈴のことも。
今は、少し遠くに感じる。
それでいいと思った。
◇
昼休み。
いつものように、みんなで机を囲む。
「そういえばさ」
美咲が箸を止めた。
「湊って、前より女の子っぽくなったよね」
「……またそれ?」
「だって本当にそうなんだもん」
「どこが?」
「話し方とか、仕草とか」
彩花が指を折りながら数える。
「笑い方とかー」
「うん」
結衣も頷く。
「あと、人への接し方」
「それって……」
私は少し考える。
「女の子だからってこと?」
「それだけじゃないと思う」
沙耶が言った。
「湊ちゃんが、湊ちゃんらしくなったんじゃないかな」
「……」
その言葉に、私は少し黙る。
昨日の巫女さんの言葉が頭をよぎった。
――今のあなたが、あなたなのです。
「……そうなのかも」
私は笑った。
「前より、今の自分のほうが好きだから」
一瞬。
みんなが静かになった。
「……湊」
莉奈が、優しく私を見る。
「うん?」
「よかった」
「何が?」
「湊が、そう思えるようになって」
莉奈は、それだけ言って笑った。
その笑顔を見て。
私も自然と笑った。
◇
放課後。
教室を出ようとすると、後ろから声をかけられた。
「湊」
「ん?」
凛だった。
「一緒に帰る?」
「いいよ」
私たちは廊下を歩く。
少し離れたところでは、莉奈たちが待っている。
「凛、今日は珍しいね」
「そう?」
「うん」
凛は少しだけ黙った。
そして。
「……昨日、神社に行った?」
「え?」
足が止まる。
「なんで知ってるの?」
凛は私を見る。
その表情は、いつもの凛とは少し違っていた。
「……やっぱり行ったんだ」
「ちょっと待って」
私は凛の腕を軽く掴む。
「どういうこと?」
「別に」
「別にじゃないでしょ」
凛は少し困ったように笑った。
「湊は、知りたい?」
「もちろん」
「……そっか」
凛は前を向く。
「じゃあ、いつか話す」
「いつかっていつ?」
「まだ、今じゃない」
「またそれ?」
私はため息をつく。
神社でも同じことを言われた気がする。
凛は少しだけ笑った。
「でも、一つだけ言っておく」
「何?」
凛が立ち止まる。
そして。
「……あの神社、もう行かないほうがいいよ」
「……え?」
その言葉だけが、妙に重く響いた。
「どうして?」
凛は答えなかった。
ただ、私の目を見つめる。
「今は、それだけ」
「凛!」
呼び止める。
でも凛は、そのまま先に歩いていってしまった。
◇
私はその場に立ち尽くしていた。
昨日まで。
私は神社のことを、もう終わったことだと思っていた。
鈴の役目も終わった。
巫女さんから答えも聞いた。
これで、普通の日常に戻れる。
そう思っていた。
なのに。
「……もう行かないほうがいいって、どういう意味?」
ポケットに手を入れる。
そこには、あの鈴が入っている。
もう鳴らないはずの鈴。
私は取り出して、じっと見つめる。
音はしない。
何も起こらない。
……それなのに。
なぜか。
昨日の巫女さんの最後の言葉が、頭から離れなかった。
『まだ、すべてをお話ししたわけではありません』
「……」
私は鈴を握りしめる。
神社での出来事はもう終わった。
そう思っていた。
でも――
本当に終わったのかは、まだ分からない。
少なくとも。
凛は、何かを知っている。
そして。
あの巫女さんも。
まだ私に話していないことがある。
「……一体、何なの?」
夕暮れの廊下に、私の声だけが残った。




