第五話 女の子になった俺、変わり始める。
――あれから、しばらく経った。
最近。
俺の周りは、以前にも増して騒がしい。
「湊ちゃん、お昼一緒に食べよ!」
「湊、今日の放課後空いてる?」
「湊ちゃん、購買行こ!」
「……私も、一緒に行きたい」
莉奈、美咲、彩花、結衣。
四人が、以前よりも積極的に俺へ話しかけてくるようになった。
……いや。
正確には。
少し前から、明らかに変わった。
前までは、俺から話しかけることも多かった。
けれど最近は。
「湊ちゃん!」
「湊!」
「湊ちゃん」
「……湊ちゃん」
気づけば、向こうから俺のところへやってくる。
「……最近、みんなどうしたんだ?」
「「「「別に?」」」」
四人の答えが、綺麗に重なった。
「……絶対何かあるだろ」
「気のせいじゃない?」
美咲が、わざとらしく目を逸らす。
「そうそう!」
彩花も笑顔で頷く。
「……普通」
結衣は小さく頷いた。
「湊ちゃんが鈍いだけだよ」
莉奈だけは、なぜか楽しそうに笑っていた。
「俺が鈍い?」
「うん」
「何に?」
「秘密」
「またそれか」
最近。
四人には、俺の知らない秘密があるらしい。
……まあ。
聞いても教えてくれないから、もう半分くらい諦めている。
◇
ある日の一時間目。
「じゃあ、この問題を――湊さん」
「はい」
先生に名前を呼ばれ、俺は立ち上がった。
黒板を見る。
問題を確認する。
「えっと……私――」
…………。
「……」
教室が、一瞬静かになった。
「……湊さん?」
「あ」
先生の声で我に返る。
「す、すみません」
今。
俺、なんて言った?
「……答えは、3番です」
なんとか問題に答える。
「正解です。座っていいですよ」
「はい」
俺は席に座った。
すると。
「……今」
隣から、小さな声がした。
「言うな」
「でも」
「言うな」
「……私って言った」
「言うなって!」
思わず小声で怒鳴る。
美咲が口元を押さえている。
「……笑ってるだろ」
「笑ってない」
「絶対笑ってる」
「……ちょっとだけ」
「笑ってるじゃねえか」
前の席を見る。
彩花の肩が小さく震えていた。
「……」
こいつもだ。
少し離れた席では。
莉奈が、こっちを見ていた。
目が合う。
すると。
莉奈は、にこっと笑った。
『可愛かった』
口だけで、そう言った。
「……っ」
俺は慌てて前を向く。
なんなんだよ。
ただ、言い間違えただけだ。
……だよな?
◇
昼休み。
「湊ちゃん、お昼!」
「分かった」
俺は弁当を持って立ち上がった。
「今日どこで食べる?」
「いつものところ!」
「了解」
そう言って、教室を出る。
廊下を歩いていると。
「……あれ?」
彩花が後ろから声を上げた。
「何?」
「湊ちゃん、ちょっと待って」
「?」
彩花が俺をじっと見る。
「……どうした?」
「歩き方」
「は?」
「なんか変わった?」
「歩き方が?」
「うん」
「変わってないだろ」
「変わってる気がする!」
「気のせいだ」
「いや、絶対前と違う!」
彩花は俺の足元を見る。
「前の湊ちゃんって、もっとこう……」
なぜか彩花が歩き始める。
「ずんずん! って感じだった!」
「俺はそんな歩き方してない!」
「してたよ!」
「してない!」
「……してた」
美咲が横から言った。
「美咲まで?」
「前は、もっと歩幅が大きかった」
「……そうか?」
「うん」
「今は?」
「小さい」
「小さいって……」
自分の足元を見る。
普通に歩いているだけだ。
「……私も思ってた」
莉奈が言う。
「莉奈まで?」
「うん」
「最近の湊ちゃん、歩き方がちょっと変わったよ」
「どんなふうに?」
「……前より、軽くなった感じ」
「軽く?」
「うん。なんというか……前ほど大股じゃない」
「……」
「自然に歩いてるのに、ちょっと雰囲気が違う」
「雰囲気?」
「……女の子っぽい」
「はあ!?」
思わず立ち止まった。
「なんでそうなるんだよ!」
「だって」
莉奈は楽しそうに笑う。
「前より歩幅が小さいし」
「……」
「歩くときも、あんまり足を大きく開かない」
「……」
「それに」
「まだあるのか?」
「ちょっと、てくてく歩いてる」
「てくてくってなんだよ!」
「可愛い歩き方」
「だから可愛いって言うな!」
四人が笑った。
「……なんなんだよ、本当に」
俺はため息をつく。
そして。
もう一度歩き始めた。
その瞬間。
少しだけ意識する。
自分の足。
自分の歩幅。
――確かに。
以前より、小さい気がする。
「……」
意識して。
少しだけ大きく歩いてみる。
ずん。
「……」
なんか違う。
もう一歩。
ずん。
「……歩きにくい」
「ふふっ」
莉奈が笑った。
「笑うな」
「ごめんごめん」
「全然悪いと思ってないだろ」
「思ってるよ?」
「絶対嘘だ」
俺は諦めて、普通に歩く。
すると。
自然と足取りが戻った。
歩幅は少し小さく。
足を大きく開くこともなく。
軽く。
自然に。
「……」
俺は、少しだけ黙った。
◇
その日の放課後。
「湊ちゃん、帰ろ!」
「うん」
彩花に呼ばれ、俺は鞄を持ち上げる。
「……あ」
「何?」
結衣が俺を見ていた。
「どうした?」
「……」
結衣は、俺の足元を見る。
「……何?」
「座ってたとき」
「うん」
「……足、揃えてた」
「は?」
「ずっと」
「……そんなわけ」
言いかけて。
さっきまで自分が座っていた椅子を見る。
……思い出す。
確かに。
自然に膝を揃えて座っていた。
「……」
「湊ちゃん?」
「いや」
なんでもない。
そう言おうとして。
「……私」
また。
言葉が止まった。
「……」
「……」
「……」
「……」
四人が俺を見る。
「……今」
「言うな」
「まだ何も言ってないよ?」
彩花が笑う。
「でも言うつもりだっただろ」
「うん!」
「即答するな!」
俺は頭を抱えた。
なんなんだ。
今日だけじゃない。
最近。
たまに。
言葉が。
「俺」じゃなくて。
「私」になりそうになる。
「……」
別に、自分が女の子になったという実感があるわけじゃない。
俺の記憶は、男だった頃のままだ。
考え方だって。
好きなものだって。
全部、昔の俺と変わっていない。
……はずだ。
「湊ちゃん」
莉奈が隣に来る。
「ん?」
「最近、変わったね」
「……またそれか」
「うん」
莉奈は笑った。
「見た目だけじゃなくて」
「……」
「少しずつ、いろんなところが変わってる」
「そんなに変わってるか?」
「うん」
莉奈は迷わず頷いた。
「昔の湊くんを知ってる私には、分かるよ」
「……」
俺は少しだけ黙った。
「でも」
莉奈は続ける。
「私は、今の湊ちゃんも好き」
「……っ」
「……」
「……」
「……」
周りが静かになった。
「莉奈」
「なに?」
「そういうこと、普通に言うな」
「えー?」
「……心臓に悪い」
そう言った瞬間。
「……」
俺自身が固まった。
今。
何を言った?
「……湊?」
美咲が不思議そうに見る。
「いや」
俺は慌てて顔を逸らした。
「なんでもない」
けれど。
俺の頬が少し熱くなっていることに。
四人は、きっと気づいていた。
美咲は、何も言わなかった。
彩花も。
結衣も。
ただ。
三人の視線だけが、ほんの少しだけ俺に集まっていた。
◇
その夜。
「……」
ベッドの上。
俺は天井を見つめていた。
今日のことを思い出す。
――私。
無意識にそう言った。
歩き方。
座り方。
仕草。
そして。
髪。
「……」
ふと。
長くなった髪に手を伸ばす。
指で整える。
邪魔になった前髪を、耳にかける。
「……」
その仕草をしてから。
俺は、はっとした。
「……今の」
昔の俺なら。
絶対にしなかった。
「……」
別に。
意識してやったわけじゃない。
ただ。
髪が邪魔だったから。
そうしただけ。
「……それだけだ」
そう。
きっと。
見た目が変わったから。
生活が変わったから。
周りから女の子として扱われるようになったから。
だから。
仕草や話し方も。
少しずつ、それに合わせて変わっただけ。
「……そうだよな」
自分に言い聞かせる。
けれど。
なぜか。
その言葉には、少しだけ自信がなかった。
――俺は。
本当に、昔の俺と同じなんだろうか。
そんな疑問が。
ほんの少しだけ。
心の中に生まれていた。
そして。
その小さな変化は。
まだ、始まったばかりだった。




