第四十一話 私と鈴
次の日。
放課後になると、私はまた神社へ向かっていた。
「……なんだか、すっかり通うようになっちゃったな」
最初は偶然見つけた神社だった。
でも今では。
あの巫女さんに会いに行くことが、少し楽しみになっている。
昨日の二つ目のお願い。
古い絵馬を見つけること。
そこに書かれていた、
『また会えますように』
という言葉も気になっていた。
「今日は三つ目のお願い……」
赤い鳥居をくぐる。
すると。
「お待ちしておりました」
「……!」
昨日と同じ場所に、巫女さんが立っていた。
「こんにちは」
「こんにちは、湊さん」
相変わらず、私の名前を呼ぶのが自然だ。
「今日は最後のお願いなんですよね?」
「ええ」
巫女さんは小さく頷いた。
「これで三つ目です」
「どんなお願いですか?」
「とても簡単ですよ」
そう言って。
巫女さんは境内の奥を指差した。
「この神社の中に、小さな鈴があります」
「鈴?」
「はい」
「それを見つければいいんですか?」
「いいえ」
巫女さんは微笑んだ。
「鳴らしてください」
「……鳴らす?」
「ただし」
巫女さんの表情が少しだけ真剣になる。
「あなた自身の手で見つけてください」
「自分の手で……?」
「ええ」
私は少し考える。
「分かりました」
「では、お願いします」
私は境内の奥へ歩いていった。
昨日よりも静かな場所だった。
木々に囲まれた細い道。
その先には、小さな社が一つだけある。
「ここかな……?」
周りを見渡す。
けれど、鈴らしきものは見当たらない。
「うーん……」
社の周りを歩いてみる。
木の根元。
石の陰。
小さな祠の近く。
どこにもない。
「……本当にあるのかな」
そう呟いたとき。
――チリン。
「……!」
鈴の音がした。
でも。
私が触ったわけじゃない。
「今の……どこから?」
音のした方向を見る。
そこには一本の大きな木があった。
「もしかして……」
近づいてみる。
木の根元に、小さな箱が置かれていた。
「箱……?」
しゃがみ込む。
箱の横には、小さな鈴が一つだけ置かれていた。
「これか」
手を伸ばす。
そして。
鈴をそっと持ち上げた。
――チリン。
澄んだ音が境内に響く。
「……きれいな音」
その瞬間。
風が吹いた。
木々が一斉に揺れる。
そして。
少し離れたところから、巫女さんの声が聞こえた。
「見つけましたね」
「……!」
振り返る。
いつの間にか、巫女さんが立っていた。
「どうして分かったんですか?」
「この神社のことなら、だいたい分かりますから」
「それ、ずるくないですか?」
「ふふ」
巫女さんは笑った。
「ですが、見つけたのは湊さんです」
「……そうですけど」
私は鈴を見る。
「これで三つ目のお願いも終わりですか?」
「はい」
「じゃあ……」
私は巫女さんを見る。
「私がどうしてここに呼ばれたのか、教えてくれるんですよね?」
巫女さんはすぐには答えなかった。
ただ、鈴を見つめている。
「……そうですね」
やがて。
静かに口を開いた。
「約束通り、お話ししましょう」
「!」
私は思わず一歩近づいた。
「やっぱり、何か知ってるんですね?」
「ええ」
「私が女の子になったことも?」
「それも含めて」
心臓が大きく跳ねた。
「じゃあ――」
聞きたい。
ずっと気になっていたこと。
どうして私は女の子になったのか。
なぜ、この神社に呼ばれたのか。
そして。
この巫女さんは何者なのか。
全部聞きたかった。
けれど。
巫女さんは少しだけ笑って。
「ただ、一つだけ」
「……?」
「今日すぐに、すべてをお話しすることはできません」
「えぇ……」
思わず肩を落とす。
「またですか?」
「はい。またです」
「もう……」
私が頬を膨らませると。
巫女さんは楽しそうに笑った。
「ですが、何も教えないわけではありません」
「本当ですか?」
「ええ」
巫女さんは、私の手にある鈴を指差した。
「その鈴は、湊さんのためのものです」
「私の?」
「はい」
「なんで……?」
巫女さんは答えず。
ただ、静かに微笑んだ。
「持って帰ってください」
「え?」
「そして」
一拍置いて。
「明日、それを学校へ持っていってください」
「学校に?」
「はい」
「何か起こるんですか?」
「さあ」
巫女さんは笑う。
「それは、明日のお楽しみです」
「……また秘密なんですね」
「秘密があったほうが、楽しいでしょう?」
「私は答えを知りたいんですけど……」
「その気持ちは分かりますよ」
そう言って。
巫女さんは境内の外を見た。
「でも、焦らなくても大丈夫です」
「……」
「湊さんには、まだ時間がありますから」
その言葉を聞いて。
私は鈴を握りしめた。
「……分かりました」
なんだかんだ言って。
私はこの人のことを嫌いになれない。
むしろ。
少し楽しみになっている。
「じゃあ、明日また来ます」
「ええ」
私は鳥居へ向かって歩き出した。
その手の中には。
小さな鈴。
――チリン。
歩くたびに、小さな音が鳴る。
「……明日、学校に持っていくのか」
いったい何が起こるんだろう。
そんなことを考えながら。
私は帰り道を歩いていった。
そして。
その背中を見送る巫女は。
誰にも聞こえない声で、静かに呟いた。
「……ようやく、始まりますね」
――チリン。
境内に、小さな鈴の音が響いた。




