第三十九話 神様の使いと私
翌日。
放課後になった。
「……どうしよう」
私は教室で一人、窓の外を眺めていた。
昨日の神社。
そして。
あの巫女さん。
『明日も、ここへいらしてください』
あの言葉が、ずっと頭に残っている。
「……行ってみるか」
何があるのかは分からない。
でも。
少しだけ気になっていた。
私は鞄を持って、教室を出た。
「湊ちゃん?」
「……あ」
廊下に出ると、莉奈ちゃんがいた。
「今から帰るの?」
「うん」
「一緒に帰ろうよ!」
「ごめん。今日はちょっと寄るところがあって」
「寄るところ?」
莉奈ちゃんが首を傾げる。
「どこ?」
「えっと……」
神社。
そう言おうとして。
なぜか言葉が止まった。
「……秘密」
「えー! 湊ちゃんが秘密なんて珍しい!」
「そんな大したことじゃないよ」
「怪しい……」
莉奈ちゃんがじっと私を見る。
「本当に大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「……ならいいけど」
莉奈ちゃんは少し心配そうだった。
「終わったら連絡してね?」
「分かった」
「約束だからね!」
「うん」
私は笑って、莉奈ちゃんと別れた。
そして。
一人で歩き始めた。
◇
昨日と同じ道。
昨日と同じように歩いているはずなのに。
「……あれ?」
昨日は迷ったはずの道が。
今日は、不思議なくらい自然に見つかった。
「あった……」
赤い鳥居。
その先に続く階段。
「本当にあったんだ……」
私は少しだけ驚いた。
昨日は帰るときには消えていた。
でも。
今日は、ちゃんとそこにある。
私は鳥居をくぐった。
階段を上る。
そして。
「……こんにちは」
境内に入った瞬間。
「おや」
昨日の巫女さんがいた。
まるで。
私が来ることを最初から知っていたかのように。
「お待ちしておりました、湊さん」
「……やっぱり、来るって分かってたんですか?」
「ええ」
巫女さんは穏やかに微笑んだ。
「約束しましたからね」
「約束……」
私は昨日のことを思い出す。
「でも、私たち昨日会ったばかりですよね?」
「そうですね」
「それなのに、なんだかずっと前から知ってるみたいな言い方しますよね」
「ふふ」
巫女さんは答えなかった。
代わりに。
「こちらへ」
そう言って、社の方へ歩いていく。
「今日は、一つお願いを聞いていただきたいのです」
「はい」
「難しいことではありません」
巫女さんが指差した先。
社の脇に、小さな木箱が置かれていた。
「これを、あちらの祠まで運んでください」
「祠?」
「ええ」
境内の奥を見る。
木々の向こうに、小さな道が続いている。
「そんな簡単なことでいいんですか?」
「はい」
「それで、私のことを教えてくれるんですよね?」
巫女さんは少し笑った。
「せっかちな方ですね」
「だって気になるんですもん」
「そうでしょうね」
木箱を私に渡す。
「では、お願いします」
「分かりました」
私は木箱を抱えた。
思ったより軽い。
「これを奥の祠まで?」
「はい。ただし――」
巫女さんが静かに続ける。
「途中で、箱を開けてはいけませんよ」
「……え?」
「決して」
「……分かりました」
なんだか急に不安になってきた。
でも。
私は頷いた。
「行ってきます」
「ええ」
巫女さんは微笑んだ。
「お気をつけて」
◇
境内の奥へ進む。
木々に囲まれた細い道。
「……静かだな」
さっきまで聞こえていた風の音すら、ほとんど聞こえない。
私は木箱を見る。
「中身、なんなんだろう……」
気になる。
ものすごく気になる。
でも。
『決して開けてはいけませんよ』
そう言われたばかりだ。
「……開けないよ」
自分に言い聞かせる。
しばらく歩くと。
小さな祠が見えてきた。
「あれかな?」
近づいていく。
そして。
祠の前に木箱を置いた。
「……これでいいのかな」
その瞬間。
――チリン。
鈴の音が鳴った。
「……!」
私は振り返る。
誰もいない。
でも。
木々の隙間から、一瞬だけ光が見えた。
「……何?」
私は目を凝らす。
すると。
祠の前に置いた木箱が。
淡く光っていた。
「……え?」
思わず一歩近づく。
木箱の隙間から。
小さな光が漏れている。
「これ……普通の箱じゃないよね」
そのとき。
背後から声がした。
「――それ以上、近づいてはいけませんよ」
「!」
振り返る。
巫女さんが立っていた。
「……いつの間に?」
「ふふ」
巫女さんは静かに笑う。
「無事に届けてくださって、ありがとうございます」
「今の光……何だったんですか?」
「それは、まだ秘密です」
「また秘密……」
「ええ」
巫女さんは祠を見る。
「ですが、これで一つ目のお願いは終わりました」
「一つ目?」
「はい」
私は固まった。
「……一つ目ってことは」
「まだありますよ」
巫女さんは楽しそうに微笑んだ。
「お願いは、全部で三つです」
「三つ……?」
「ええ」
「三つ終わったら、教えてくれるんですか?」
巫女さんは少しだけ考えて。
「そのときになれば、きっと分かるでしょう」
「……またそれですか」
私は思わずため息をついた。
でも。
なぜか嫌な感じはしなかった。
むしろ。
少しだけ楽しい。
「……分かりました」
私は笑った。
「最後までやってみます」
「ええ」
巫女さんは優しく頷いた。
「それでこそ、湊さんです」
「……?」
その言葉だけが。
なぜか少し気になった。
でも。
私はまだ知らなかった。
この三つのお願いが。
私の日常を少しずつ変えていくことを。




