第三十二話 今度こそ、忘れない。
忙しかった。許して。
――昨日のメッセージ。
『もうすぐだね』
『今度こそ、忘れないで』
何度考えても、意味が分からなかった。
「……誰だったんだろう」
朝。
私はベッドの上でスマホを見つめていた。
履歴には何も残っていない。
あれだけはっきり見たのに。
夢だったんじゃないかと思えてくる。
「でも……」
私は胸元に手を当てる。
あの言葉を見た瞬間。
胸の奥が、確かに反応した。
まるで。
昔の私が、その言葉を知っていたみたいに。
「……忘れないで、か」
私は小さく呟いた。
そして、学校へ向かった。
◇
「湊ちゃん、おはよー!」
「おはよ、莉奈ちゃん」
「……あれ?」
「ん?」
「なんか今日、元気じゃない?」
「そうかな?」
「うん。いつもよりちょっと考え事してる感じ」
「……実はね」
私は昨日のことを話した。
「知らない番号から?」
「うん」
「それで、メッセージが消えた?」
「そう」
莉奈は少し考えてから。
「怖くない?」
「ちょっとは」
「だったら――」
莉奈が私の手を握った。
「一人で考えないでよ」
「……莉奈ちゃん」
「私も一緒に考えるから」
その手が温かかった。
「ありがとう」
「えへへ」
莉奈は笑った。
「昔のことも、今のことも。全部一緒に考えよう」
「うん」
私は頷いた。
◇
教室に入ると。
「おはよう、湊」
「おはよ」
「おはようございます」
美咲、彩花、結衣が声をかけてくれた。
「おはよう、みんな」
「今日も五人でお昼ね!」
彩花が嬉しそうに言う。
「うん」
私は席に座った。
ふと。
昨日のことを思い出す。
昔の私には、凛と桜がいた。
そして今は。
莉奈、美咲、彩花、結衣がいる。
「……なんか不思議」
「何が?」
美咲が聞いてくる。
「昔の私も、今の私も、友達に囲まれてるんだなって」
「当然でしょ」
彩花が笑う。
「湊は湊なんだから」
「……それ、凛にも言われた」
「じゃあ正しいんだよ」
「そうなのかな」
「そうそう!」
結衣も小さく頷いた。
「……うん」
私は笑った。
◇
昼休み。
みんなで弁当を食べていると。
「そういえば湊」
美咲が口を開いた。
「昨日、凛と桜と何を話してたの?」
「昔の約束について」
「約束?」
「うん」
私は昨日思い出したことを話した。
「誰かと、もう一つ約束してたみたい」
「誰かって?」
「それが分からないの」
彩花が腕を組む。
「うーん……」
結衣が少し考えてから言った。
「昔の湊ちゃんが、大切にしていた人……」
「たぶん」
「じゃあ、絶対思い出したいね」
「うん」
私は頷いた。
すると。
「でも」
莉奈が私を見る。
「思い出すまで、私たちがそばにいるから」
「……」
「だから大丈夫」
胸の奥が温かくなった。
「ありがとう」
私は笑う。
「本当に、みんな優しいね」
「当然だよ!」
彩花が胸を張った。
「私たち友達なんだから!」
「うん」
その言葉を聞いて。
ふと、昔の記憶が浮かんだ。
――友達。
――約束。
――また会おう。
「……」
胸の奥が少しだけ痛んだ。
◇
放課後。
凛が私を呼び止めた。
「湊」
「凛?」
「昨日のメッセージのこと、桜から聞いた」
「……やっぱり知ってるんだ」
「少しだけ」
「誰からだったの?」
「それは分からない」
「凛でも?」
「うん」
凛は首を横に振った。
「でも、一つだけ分かることがある」
「何?」
「その言葉」
凛は静かに言った。
「昔も、湊に言ったことがある」
「……!」
「『今度こそ、忘れないで』」
心臓が大きく鳴った。
「昔の私に?」
「うん」
「誰が?」
凛は答えない。
「凛」
「……ごめん」
「また秘密?」
「うん」
「もう……」
私は少しだけ頬を膨らませた。
「でも」
凛は優しく笑った。
「その言葉を言った人は、湊を責めてないよ」
「……え?」
「むしろ、ずっと待ってる」
「ずっと……?」
「うん」
凛は前を向いた。
「だから、湊が思い出せばきっと会える」
「その人に?」
「うん」
私はしばらく黙っていた。
「……会いたい」
「うん」
「ちゃんと、会って話したい」
「きっと会えるよ」
◇
帰り道。
私は一人で歩いていた。
すると。
「……あ」
道路の向こう側に、人影が見えた。
立ち止まっている。
こちらを見ている。
「……誰?」
目を凝らす。
その人が一歩だけ近づいた。
顔はまだ見えない。
でも。
なぜか分かった。
――知っている。
昔の私が。
この人を知っている。
「……待って!」
私は走り出した。
けれど。
信号が変わり、人の流れができる。
「ちょっと……!」
人の間を抜けて向こう側へ渡る。
そこには。
誰もいなかった。
「……いない」
私は周囲を見回した。
すると。
足元に、小さな紙が落ちていた。
「……これ」
拾い上げる。
そこには、たった一言。
『約束の場所で待ってる』
「……約束の場所?」
紙の裏を見る。
そこには。
見覚えのある場所の名前が書かれていた。
「……公園」
昔。
凛と。
桜と。
何度も遊んだ公園。
そして。
私が、あの手紙を書いた場所。
「……ここに行けば」
私は紙を握りしめた。
「会えるのかな」
胸が高鳴る。
怖い。
でも。
それ以上に。
知りたい。
昔の私が、誰を大切にしていたのか。
何を約束したのか。
そして――。
なぜ私は、それを忘れてしまったのか。
「……行こう」
私は顔を上げた。
明日。
あの公園へ行く。
そこで。
私の過去が、きっと待っている。




