第二十八話 あの日から変わった私
桜ちゃんが引っ越してから。
私たちの毎日は、少しだけ変わった。
「……今日も来ないね」
放課後の公園。
私はベンチに座っていた。
隣には凛ちゃん。
「うん」
凛ちゃんも、公園の入り口を見る。
「桜ちゃん、もう引っ越したから」
「分かってるけど……」
私は小さく呟いた。
「なんか、変な感じ」
「私も」
それから。
しばらく二人で黙っていた。
前なら三人だった。
でも今は二人。
その違いが。
思っていたより大きかった。
「ねえ、湊」
「ん?」
「また三人で遊べるよ」
「……うん」
「約束したでしょ?」
「そうだね」
私は笑った。
「また会おうって」
「うん」
それだけで。
少しだけ安心できた。
◇
それからしばらくして。
学校でのこと。
「湊ってさ」
クラスの男の子に声をかけられた。
「ん?」
「お前、なんか女の子みたいじゃない?」
「……え?」
私は固まった。
「髪長いし」
「そうかな?」
「顔も結構……」
「……」
その言葉を聞いて。
私は少し気にするようになった。
今までは。
そんなこと、あまり考えなかった。
でも。
一度気にしてしまうと。
鏡を見るたびに、自分の顔が気になる。
髪。
顔。
仕草。
「……私って、そんなに女の子っぽいのかな」
家に帰ってから。
鏡の前に立つ。
そこにいるのは。
いつもの自分。
でも。
少しだけ違って見えた。
◇
「湊」
次の日。
凛ちゃんが話しかけてきた。
「最近、どうしたの?」
「え?」
「なんか変」
「そう?」
「うん」
私は少し迷ってから。
「……昨日、女の子みたいって言われた」
「それで?」
「それでって……」
私は自分の髪に触れる。
「私、そんなに女の子っぽいのかなって」
「別にいいんじゃない?」
「え?」
「湊は湊でしょ」
「……」
また。
その言葉。
「でも」
私は俯いた。
「男の子なのに、女の子みたいって言われるのって……」
「嫌?」
「……分からない」
凛ちゃんはしばらく私を見ていた。
「じゃあ」
「ん?」
「無理に変えなくてもいいと思う」
「……」
「湊が好きなようにすればいいよ」
「でも……」
私は少し考えた。
「男の子なんだから、男の子らしくしたほうがいいのかな」
凛ちゃんは答えなかった。
ただ。
少し寂しそうな顔をした。
「……そうしたいなら」
「うん」
「そうすればいいと思う」
その日から。
私は少しずつ変わろうとした。
髪を短くして。
話し方を変えて。
仕草も意識するようになった。
女の子っぽく見えないように。
男の子らしく見えるように。
◇
だけど。
放課後になると。
「湊」
「ん?」
「一緒に帰ろ」
凛ちゃんが隣にいる。
「うん」
二人で歩く。
私はいつものように話して。
いつものように笑った。
「ねえ、湊」
「何?」
「最近、ちょっと無理してない?」
「……」
「別に」
「本当に?」
「うん」
私は笑った。
「男の子らしくしてるだけ」
「……そっか」
凛ちゃんはそれ以上言わなかった。
でも。
その日の帰り道。
凛ちゃんが突然言った。
「湊」
「ん?」
「何があっても」
「うん」
「湊は湊だからね」
「……」
「忘れないで」
私は少し笑った。
「分かってるよ」
「本当に?」
「本当」
そして。
私たちは別れた。
◇
家に帰る。
鏡を見る。
少し短くなった髪。
少し変えた話し方。
男の子らしくなった自分。
「……これでいいんだ」
そう呟く。
でも。
どこか変だった。
自分が自分じゃないような。
そんな感じがした。
机の引き出しを開ける。
そこには。
あの日書いた手紙があった。
『忘れても大丈夫』
『いつか思い出すから』
『また会おうね』
「……」
私はその紙を見つめる。
そして。
もう一度だけ書き足した。
『私は、私だから』
その言葉を書いた理由を。
そのときの私は。
まだ知らなかった。
◇
それから。
私は「男の子らしく」することに慣れていった。
凛ちゃんとも変わらず一緒にいた。
桜ちゃんとも、ときどき手紙を交換した。
そして。
いつか三人で会うことを。
ずっと楽しみにしていた。
だけど。
その約束が。
私の記憶から消えてしまう日が来るなんて。
このときの私は。
まだ知らなかった。




