第二十六話 私が忘れていたこと。
――昨日。
凛ちゃんから渡された、昔の手紙。
『忘れても大丈夫』
『いつか思い出すから』
『また会おうね』
私は、その言葉を何度も読み返していた。
「……私が書いたんだよね」
凛ちゃんはそう言っていた。
でも。
どうして私は、こんな手紙を書いたんだろう。
「……」
机の上に手紙を置く。
そして。
その隣に、昔の写真を置いた。
写真の中には。
小さな私。
凛ちゃん。
そして、桜ちゃん。
三人で笑っている。
「……何があったの?」
私は写真に向かって呟いた。
もちろん、答えは返ってこない。
◇
次の日。
「おはよー、湊ちゃん!」
「おはよ、莉奈ちゃん」
教室に入ると、いつものように莉奈ちゃんが迎えてくれた。
「今日も眠そう」
「昨日ちょっと考え事してた」
「また昔のこと?」
「うん」
「そっか」
莉奈ちゃんは少し心配そうに私を見る。
「無理しないでね?」
「大丈夫だよ」
「ほんと?」
「ほんと」
私は笑った。
すると。
「おはよう」
凛ちゃんがやってきた。
「おはよ、凛ちゃん」
「昨日の手紙」
「うん」
「まだ持ってる?」
「持ってるよ」
私は鞄から手紙を取り出す。
「これ」
凛ちゃんは手紙を見る。
「……懐かしい」
「やっぱり、これを書いたときのこと覚えてる?」
「覚えてるよ」
「どんな日だった?」
凛ちゃんは少し黙る。
「……晴れてた」
「それだけ?」
「うん」
「もっと教えてよ」
「それ以上は、湊が思い出したほうがいい」
「またそれかぁ……」
私は頬を膨らませる。
凛ちゃんが少し笑った。
「でも」
「ん?」
「たぶん、もうすぐだよ」
「何が?」
「思い出すのが」
「……本当に?」
「うん」
凛ちゃんはそう言った。
◇
昼休み。
いつもの五人でお弁当を食べる。
「湊ちゃん、今日は卵焼き多め!」
「え?」
彩花ちゃんのお弁当を見る。
「ほんとだ」
「湊ちゃん好きでしょ?」
「ありがとう」
卵焼きを受け取る。
「昔から好きだったんだよね?」
彩花ちゃんが聞く。
「うん」
「じゃあ、昔の湊ちゃんと今の湊ちゃんって、結構似てるんじゃない?」
「……」
私は少し考えた。
「そうなのかも」
昔の私は。
今よりずっと男の子っぽくしていた。
でも。
好きなものは変わっていない。
友達と一緒にいるのも好きだった。
笑うことも。
誰かを大切にすることも。
「……私」
ふと口に出した。
「昔から、そんなに変わってなかったのかも」
「そうだと思う」
美咲ちゃんが言った。
「湊は湊だから」
「……」
また、その言葉。
凛ちゃんにも言われた。
そして。
昔の私自身が書いた手紙にも。
『忘れても大丈夫』
まるで。
昔の私が今の私に向けて言っているみたいだった。
◇
放課後。
私は一人で教室に残っていた。
机の上には、昔の写真。
その隣に、手紙。
「……」
写真を見る。
小さな私。
凛ちゃん。
桜ちゃん。
そして。
写真の端に写っている、小さな公園。
「……ここ」
私は写真を見つめた。
知っている。
この場所。
行ったことがある。
でも。
いつ?
「……」
目を閉じる。
すると。
頭の中に、景色が浮かんだ。
夕方。
公園。
三人でベンチに座っている。
『また会おうね』
『うん!』
『絶対だよ』
「……」
そして。
そのあと。
三人とは別の場所で。
私は誰かと話していた。
その人が。
私に言った。
『湊は、ずっと湊だよ』
「……!」
私は目を開いた。
「今の……」
聞こえた。
あの声。
昨日から何度も聞こえていた声。
でも。
まだ顔だけが思い出せない。
「誰……?」
私は写真を握りしめた。
すると。
頭の中に、もう一つの言葉が浮かんだ。
『忘れても大丈夫』
「……」
その言葉の意味が。
少しだけ分かった気がした。
昔の私は。
何かを忘れることを知っていた。
だから。
未来の自分に向けて手紙を書いた。
そして。
最後に。
『また会おうね』
と書いた。
「……誰と?」
その瞬間。
記憶の中の景色が、急に鮮明になる。
公園。
三人。
夕焼け。
そして。
私たちの前に立つ――誰か。
「……あ」
顔が見える。
声も聞こえる。
名前も――。
「……思い出した」
私は立ち上がった。
忘れていた。
ずっと忘れていた。
あの日のことを。
そして。
あの日、私が最後に言った言葉を。
「……私」
自分の胸に手を当てる。
「昔、何をしたの……?」
その答えは。
もうすぐそこまで来ていた。




