第二十五話 あの日、誰かに言われたこと
――昨日の夜。
私は、昔の写真をずっと眺めていた。
私。
凛ちゃん。
桜ちゃん。
三人で笑っている。
そして。
思い出した。
あの日。
三人で「また会おう」と約束したあと。
私は誰かと話していた。
「……誰だったんだろう」
目を閉じる。
すると。
また、あの声が聞こえた。
『湊は、ずっと湊だよ』
「……」
その声。
やっぱり聞いたことがある。
でも。
思い出せない。
◇
次の日。
「おはよー、湊ちゃん!」
「おはよ、莉奈ちゃん」
いつものように莉奈ちゃんに挨拶をする。
席に座ると。
「……」
私はぼんやりと窓の外を見た。
「湊ちゃん?」
「ん?」
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
でも。
頭の中では昨日の記憶がずっと残っている。
あの日。
私は誰かと話した。
その人が。
私に何かを言った。
そして――。
「……」
そこから先が思い出せない。
◇
昼休み。
いつもの五人でお弁当を食べている。
「湊ちゃん、これいる?」
彩花ちゃんが卵焼きを差し出してくる。
「うん。ありがとう」
「はい!」
私は卵焼きを受け取る。
そのとき。
「……昔もこうだった」
凛ちゃんが呟いた。
「また?」
「うん」
「私、そんなに卵焼き好きだったの?」
「好きだった」
「じゃあ、今と変わらないね」
「そうだね」
凛ちゃんが少し笑う。
私はその笑顔を見て。
ふと思った。
「ねえ、凛ちゃん」
「何?」
「あの日のことなんだけど」
「……」
凛ちゃんの表情が少し変わる。
「三人で約束したあと」
「うん」
「私、誰かと話してたよね?」
「……」
「その人って誰?」
凛ちゃんはしばらく黙っていた。
そして。
「……覚えてるんだ」
「少しだけ」
「そう」
凛ちゃんは箸を置いた。
「でも」
「うん」
「その人については、まだ話せない」
「また?」
「ごめん」
「……」
私は少しだけ頬を膨らませた。
「凛ちゃん、秘密多すぎ」
「そうかも」
凛ちゃんが苦笑する。
「でも、一つだけ言える」
「何?」
「あの人は、湊にとって大切な人だった」
「……大切な人?」
「うん」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が少しだけざわついた。
「友達?」
「それだけじゃない」
「……え?」
凛ちゃんはそれ以上言わなかった。
◇
放課後。
私は一人で教室に残っていた。
机の中を整理していると。
「あれ?」
一枚の紙が落ちた。
「……何これ?」
見覚えのない紙。
でも。
そこには私の名前が書かれていた。
『湊へ』
「……」
心臓が跳ねた。
私はゆっくり紙を開く。
そこには。
昔の子どもの字で、短い文章が書かれていた。
『忘れても大丈夫』
「……」
その下には。
『いつか思い出すから』
そして。
最後に。
『また会おうね』
「……っ」
私は思わず紙を握りしめた。
これ。
私が書いたもの?
それとも。
誰かが私に書いたもの?
分からない。
でも。
この文字には。
なぜか見覚えがあった。
「……誰の字?」
そのとき。
「湊」
「……!」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには。
「凛ちゃん……」
凛ちゃんが立っていた。
私の手にある紙を見ると。
一瞬だけ驚いた顔をした。
「それ……」
「知ってるの?」
「……うん」
「誰が書いたの?」
凛ちゃんは答えなかった。
「凛ちゃん」
「……」
「教えて」
しばらく沈黙したあと。
凛ちゃんは静かに言った。
「それは、湊が昔、自分で書いたものだよ」
「……私が?」
「うん」
私は紙を見る。
「じゃあ、なんでこんなものを……」
「湊は昔」
凛ちゃんがゆっくり話し始める。
「自分が忘れてしまうかもしれないって思ってた」
「……」
「だから、自分に向けて書いたんだと思う」
「何を忘れるの?」
「それは――」
凛ちゃんが口を閉じる。
「……まだ言えない」
「また……」
私は少しだけ俯いた。
でも。
今回は違った。
私は紙を握りしめる。
「分かった」
「湊?」
「私、自分で思い出す」
凛ちゃんが私を見る。
「昔の私が何を忘れたのか」
そして。
「どうして、こんなものを残したのか」
私は顔を上げた。
「全部、自分で知りたい」
凛ちゃんは少し驚いたあと。
小さく笑った。
「……うん」
そのとき。
廊下から声が聞こえた。
「湊ちゃんー?」
莉奈ちゃんだった。
「あ、莉奈ちゃん」
私は紙をしまう。
でも。
最後にもう一度だけ。
紙を見た。
『忘れても大丈夫』
その言葉が。
今の私に向けられているような気がした。
そして私はまだ知らなかった。
この紙が。
私が忘れていた「あの日」の記憶を取り戻すための、大きな手がかりになることを。




