第二十二話 私、少しだけ思い出す。
「やっぱり……湊なんだ」
「……」
私は、その場で固まっていた。
目の前にいる女の子。
昨日、帰り道ですれ違った人。
そして。
今、私の名前を呼んだ人。
「……私のこと、知ってるの?」
やっとのことで、それだけを口にした。
すると、その子は少し驚いたような顔をする。
「……知ってるよ」
「昔の私も?」
「うん」
「……」
やっぱり。
この人は、私の過去を知っている。
でも。
「……ごめん」
私は俯いた。
「私、あなたのこと……覚えてない」
「……」
その子は少しだけ寂しそうな顔をした。
「そっか」
「本当にごめん」
「謝らなくていいよ」
そう言って、その子は笑った。
「湊が悪いわけじゃないから」
「……」
その言葉に。
なぜか胸が苦しくなった。
「湊ちゃん?」
後ろから莉奈ちゃんの声が聞こえた。
「あ……」
そうだった。
みんながいる。
私は振り返った。
「この子は……」
説明しようとしたところで。
「久しぶり」
その子が莉奈ちゃんたちに声をかけた。
「え?」
莉奈ちゃんが目を丸くする。
「……もしかして」
凛ちゃんが、その子を見る。
「やっぱり」
「凛……」
その瞬間。
私の頭の中が真っ白になった。
「え?」
凛ちゃんが知ってる。
この子のことを。
「二人とも知り合いなの?」
彩花ちゃんが聞く。
「うん」
凛ちゃんが答えた。
「昔の友達」
「……」
私は二人を見る。
じゃあ。
やっぱり。
この子が――。
「私たち三人と一緒にいた子?」
私が聞くと。
その子は静かに頷いた。
「そう」
「……」
心臓が少しだけ速くなる。
「名前……」
私は言葉を止める。
なぜか。
名前を聞くのが怖かった。
でも。
「私の名前は――」
その子が、自分の名前を告げた。
「桜」
「……桜」
その名前を口にした瞬間。
頭の奥で、何かが弾けた。
『桜ちゃん、また明日ね!』
『うん。また明日!』
「……っ」
私は額に手を当てた。
「湊ちゃん!?」
莉奈ちゃんが心配そうに近づいてくる。
「大丈夫?」
「うん……」
私はゆっくり顔を上げる。
「大丈夫」
でも。
頭の中には、さっきの記憶が残っていた。
桜ちゃん。
私は昔、この子を知っていた。
たぶん。
かなり仲が良かった。
「……思い出した?」
桜ちゃんが聞く。
「少しだけ」
「そっか」
桜ちゃんは嬉しそうに笑った。
「よかった」
「……桜ちゃん」
「何?」
「私たちって……昔、どんな関係だったの?」
桜ちゃんは少し考える。
「友達」
「それだけ?」
「うん」
でも。
少しだけ間があった。
「……すごく仲のいい友達だった」
「……」
私はその言葉を聞いて、少しだけ安心した。
「そっか」
「うん」
桜ちゃんが笑う。
「毎日のように一緒に遊んでたよ」
「私が?」
「そう」
「……全然覚えてない」
「これから思い出せばいいよ」
桜ちゃんはそう言った。
その言葉が。
なぜか凛ちゃんの言葉と重なった。
「……ねえ」
私は桜ちゃんを見る。
「私が女の子になったことについて、何か知ってる?」
「……」
桜ちゃんの表情が変わった。
凛ちゃんも黙っている。
「やっぱり……知ってるんだ」
「少しだけ」
「何を?」
桜ちゃんは答えなかった。
代わりに。
「湊」
「うん」
「昔のことを全部思い出すのは、今すぐじゃなくていいと思う」
「……」
「今の湊が、ちゃんと毎日を過ごしてるなら」
桜ちゃんは私を見る。
「それでいいと思う」
「……」
私は少しだけ考えた。
そして。
「でも」
私は言った。
「私は知りたい」
「……」
「私が忘れていることも」
「……うん」
「私がどうして女の子になったのかも」
桜ちゃんは黙って私を見つめる。
そして。
「分かった」
小さく頷いた。
「じゃあ、少しずつ話す」
「本当?」
「うん」
桜ちゃんは笑った。
「ただし、一つだけ約束して」
「何?」
「思い出したことが全部、今の湊と同じとは限らない」
「……どういう意味?」
「それは――」
桜ちゃんが言葉を止める。
「自分で思い出して」
「……」
まただ。
凛ちゃんと同じ。
私の知らない何かを、みんな知っている。
「……私だけ知らないの、ずるくない?」
思わずそう言うと。
桜ちゃんが少し笑った。
「そうだね」
「笑わないでよ」
「ごめん」
莉奈ちゃんたちも小さく笑っている。
でも。
私は少しだけ嬉しかった。
ずっと分からなかった過去に。
ようやく、手がかりが見つかったから。
そして。
桜ちゃんが帰ったあと。
私は凛ちゃんに聞いた。
「凛ちゃん」
「何?」
「私たち三人って……昔、何か約束した?」
凛ちゃんは少しだけ目を伏せた。
「……したよ」
「何を?」
「また会おうって」
「それだけ?」
「……」
凛ちゃんは答えなかった。
その沈黙が。
何よりも気になった。




