第十九話 私、色々忘れてる...
次の日。
目が覚めてからも。
昨日の夜に聞こえた声が、頭から離れなかった。
『また会おうね』
「…………」
誰の声だったんだろう。
凛ちゃん?
それとも。
別の誰か?
考えても、答えは出てこない。
「……まあ、いいか」
私はベッドから起き上がった。
そのうち思い出す。
たぶん。
◇
学校に着くと。
「おはよー、湊ちゃん!」
「おはよ、莉奈ちゃん」
「今日も眠そう」
「ちょっと考え事してた」
「また昔のこと?」
「うん」
莉奈ちゃんが少し笑う。
「凛ちゃんのこと?」
「それもある」
「そっか」
莉奈ちゃんはそれ以上聞かなかった。
そのとき。
「おはよう」
凛ちゃんが教室に入ってきた。
「おはよ、凛ちゃん」
「おはよう、湊」
凛ちゃんは私の席の横を通り過ぎる。
そして。
「……思い出した?」
「え?」
「昨日の夜」
「なんで分かるの?」
「顔に書いてある」
「そんなに分かりやすい?」
「うん」
「……恥ずかしい」
私は顔を隠す。
凛ちゃんが少し笑った。
「でも、無理に思い出さなくていい」
「そう?」
「うん」
「なんで?」
「思い出したら、たぶん色々聞きたくなるから」
「今でも十分聞きたいんだけど」
「そうだね」
凛ちゃんは苦笑した。
そのとき。
「湊さん」
先生が教室に入ってきた。
「ん?」
「放課後、職員室に来てくれ」
「私が?」
「ああ」
「何かしました?」
「そういう話じゃない」
「……よかった」
みんなが笑う。
◇
放課後。
私は一人で職員室へ向かった。
「失礼します」
先生のところへ行く。
「湊、これ」
「?」
先生が一枚の紙を渡してきた。
「これ、何ですか?」
「昔の学校から届いた書類だ」
「昔の学校?」
「ああ。転校手続きの関係で、以前の記録を確認していたらな」
「…………」
私は紙を見る。
そこには。
昔の学校の名前と。
私の名前が書かれていた。
「……私の?」
「ああ」
「なんで今になって?」
「転校してきた白石と関係があるみたいでな」
「……凛ちゃんと?」
「詳しいことは分からない」
先生はそう言って、もう一枚の紙を出した。
「これを見てみろ」
「はい」
私は紙を見る。
そこには。
小学生のころの名前が並んでいた。
「…………」
一番上に。
私の名前。
その下に。
「……白石凛」
そして。
もう一人。
「…………誰?」
知らない名前だった。
私はその名前を見つめる。
なぜか。
胸の奥がざわついた。
「先生、この子って……」
「昔の同級生らしい」
「私の?」
「ああ」
「でも、覚えてないです」
「そうか」
先生はそれ以上何も言わなかった。
私は紙を見つめる。
知らない名前。
でも。
なぜか見覚えがある気がする。
「……なんでだろう」
その名前を口にする。
すると。
頭の中に。
また、あの声が浮かんだ。
『また会おうね』
「……っ」
私は思わず目を閉じる。
今度は。
声だけじゃない。
一瞬だけ。
三人の子どもが並んでいる光景が見えた。
私。
凛ちゃん。
そして。
もう一人。
「…………」
目を開ける。
何もない。
ただの職員室。
手元には一枚の紙。
「……私、何か忘れてる」
そう思った。
◇
教室に戻ると。
「湊ちゃん、おかえり!」
彩花ちゃんが声をかけてきた。
「ただいま」
「遅かったね」
「ちょっと先生と話してた」
「何の話?」
「昔の学校のこと」
「昔?」
「うん」
私は紙のことを思い出す。
でも。
まだみんなには言わないことにした。
なぜか。
今は話したくなかった。
「……湊?」
美咲ちゃんが私を見る。
「何かあった?」
「ううん」
私は笑う。
「大丈夫」
そのとき。
「湊」
凛ちゃんがこちらを見る。
「…………」
目が合った。
凛ちゃんは。
私が何かを見つけたことに気づいたような顔をしていた。
「……凛ちゃん」
「何?」
「あとで話したい」
「……分かった」
短い返事。
でも。
その表情は、いつもと違った。
◇
放課後。
教室には、私と凛ちゃんだけ。
「……見たんだね」
「うん」
私は紙を見せる。
「この子」
名前を指差す。
「誰?」
凛ちゃんは黙っている。
「凛ちゃん?」
「……私たちの友達」
「やっぱり」
「うん」
「どうして忘れてるの?」
「それは……」
凛ちゃんが言葉を止める。
「まだ言えない」
「…………」
まただ。
でも。
今回は違った。
凛ちゃんの顔が、少し苦しそうだった。
「凛ちゃん」
「何?」
「その子に何かあったの?」
「…………」
長い沈黙。
そして。
「……会ったことはある」
「え?」
「今も、どこかにいる」
「…………!」
私は息を呑む。
「じゃあ……」
「うん」
凛ちゃんが私を見る。
「湊が忘れているだけ」
「……私が?」
「そう」
凛ちゃんは目を逸らす。
「でも」
「うん?」
「その子と再会する前に」
凛ちゃんは小さく呟いた。
「湊には、思い出してもらわないといけない」
「何を?」
「――あの日のことを」
「……あの日?」
凛ちゃんは答えなかった。
ただ。
私の手元にある紙を見つめていた。
私はその名前をもう一度見る。
知らないはずなのに。
どうしてこんなに気になるんだろう。
そして。
なぜか。
その名前を見ていると。
昔の私が誰かと笑っている気がした。
「……誰なの?」
私はもう一度、凛ちゃんに聞いた。
凛ちゃんはしばらく黙ってから。
「……そのうち会えるよ」
そう答えた。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、また少しだけざわついた。
――私の知らない過去に。
もう一人の誰かがいる。
そしてその人は。
今も、どこかにいる。




