第十七話 私、昔から百合が好きだった?
次の日。
教室に入ると。
「おはよー、湊ちゃん!」
「おはよ、莉奈ちゃん」
いつものように莉奈ちゃんが声をかけてくる。
「昨日、凛ちゃんと何話してたの?」
「昨日?」
「うん。二人で残ってたでしょ?」
「ああ……」
私は少し考える。
「昔の話」
「昔?」
「うん。小学生のころの話を聞いてた」
「そっか」
莉奈ちゃんが少し考え込む。
「何か思い出した?」
「それが、全然」
「そっか……」
私は自分の席に座りながら、ため息をつく。
「凛ちゃんは色々知ってるみたいなんだけどね」
「湊ちゃんの昔?」
「うん」
「じゃあ、聞いてみたら?」
「聞いたよ」
「なんて?」
「秘密だって」
「……凛ちゃん、秘密多いね」
「でしょ?」
二人で顔を見合わせる。
そして。
「ふふっ」
思わず笑ってしまった。
「でも」
莉奈ちゃんが言う。
「ちょっと羨ましいかも」
「え?」
「昔の湊ちゃんを知ってるんでしょ?」
「……うん」
「私も知ってるけど」
莉奈ちゃんは少し笑う。
「凛ちゃんが知ってる湊ちゃんは、私の知らない湊ちゃんなんだろうなって」
「……」
私は少しだけ驚いた。
「莉奈ちゃん?」
「なーんてね」
莉奈ちゃんはいつものように笑った。
「授業始まるよ」
「あ、うん」
私は前を向く。
でも。
さっきの言葉が少しだけ気になった。
◇
昼休み。
いつもの五人でお弁当を食べていると。
「湊ちゃん、これ食べる?」
彩花ちゃんが自分のお弁当を差し出してくる。
「また?」
「また!」
「じゃあ、一個だけ」
「はい!」
卵焼きを受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
すると。
「……昔から変わらないね」
凛ちゃんがぽつりと言った。
「また?」
「うん」
「私って、昔からそんなに人に食べ物あげてたの?」
「うん」
「どれくらい?」
「よく友達にあげてた」
「へえ……」
私は少し考える。
「じゃあ、昔の私も優しかったんだ」
「自分で言う?」
美咲ちゃんが小さく笑う。
「だって凛ちゃんが言ったんだよ?」
「そうだけど」
みんなが笑う。
私はその空気がなんだか心地よくて。
自然と笑顔になった。
すると。
「……やっぱり」
凛ちゃんが小さく呟いた。
「何?」
「いや」
凛ちゃんは少しだけ笑った。
「変わってないなって」
「……?」
まただ。
凛ちゃんは私を見るたびに、昔の私と今の私を比べている。
そのたびに。
私は、自分の知らない自分がいることを実感する。
◇
放課後。
今日は四人と一緒に帰ることになった。
「湊ちゃん、今日どこか寄ってく?」
「どこ行く?」
「駅前に新しいお店できたんだって!」
「へえ」
彩花ちゃんが楽しそうに話している。
その横で、結衣ちゃんが私の袖を軽く引いた。
「……一緒に行きたい」
「もちろん」
美咲ちゃんも、
「私も行く」
「じゃあ、みんなで行こう」
「やった!」
五人で歩き出す。
そのとき。
「湊」
後ろから声がした。
振り返る。
凛ちゃんだった。
「凛ちゃん?」
「ちょっといい?」
「うん」
私はみんなを見る。
「先に行ってて」
「えー」
彩花ちゃんが少し不満そうな顔をする。
「すぐ追いつくから」
「……分かった」
莉奈ちゃんが頷く。
「待ってるからね」
「うん」
四人が先に歩いていく。
私は凛ちゃんを見る。
「どうしたの?」
「昨日の話」
「うん」
「少しだけ思い出したことがある」
「本当?」
私は思わず身を乗り出す。
「何?」
「昔の湊は」
凛ちゃんが少し考えてから言う。
「よく女の子を見てた」
「…………」
「?」
「……それ、今の私と同じじゃん」
「そうだね」
「やっぱり昔から百合好きだったのかな……」
「百合?」
「うん。女の子同士が仲良くしてるのを見るのが好きだったの」
凛ちゃんは少し驚いたような顔をした。
「……やっぱり覚えてないんだ」
「え?」
「昔、湊がよく言ってたこと」
「何?」
凛ちゃんは私を見る。
「『女の子同士っていいよね』って」
「…………」
私は固まった。
「私、そんなこと言ってたの?」
「言ってたよ」
「……」
なんだか恥ずかしい。
でも。
同時に、少し嬉しかった。
「じゃあ……」
私は自分の胸に手を当てる。
「今の私が百合を好きなのも、昔から変わってないってこと?」
「たぶん」
「そっか……」
私は小さく笑った。
昔の私。
今の私。
姿は変わった。
でも。
好きなものまで変わったわけじゃない。
「なんか安心した」
「……うん」
凛ちゃんも笑う。
でも。
その表情が、少しだけ寂しそうに見えた。
「凛ちゃん?」
「何でもない」
「……?」
「そろそろ、みんな待ってるよ」
「あ」
私は前を見る。
少し先で、四人がこちらを見ている。
「早く行こう」
「うん」
二人でみんなのところへ向かう。
そして。
私はまだ知らなかった。
凛ちゃんが知っている「昔の私」には。
まだ、私が聞いていない話があることを。
そして。
その話こそが。
私が女の子になった理由に繋がっていることを。




