第十六話 私、思い出さないといけないらしい。
次の日。
教室に入ると。
「おはよー、湊ちゃん!」
「おはよ、莉奈ちゃん」
いつものように莉奈ちゃんが声をかけてくる。
「昨日の帰り、何話してたの?」
「昨日?」
「凛ちゃんと」
「ああ……」
私は少し考える。
「昔の話」
「昔?」
「うん。小学生のころに会ったことがあるんだって」
「湊ちゃん、覚えてないの?」
「全然」
「そっか……」
莉奈ちゃんは少し考え込む。
「でも、なんか気になるね」
「私も気になってる」
そう言って、私は凛ちゃんの席を見る。
まだ来ていない。
「……何を知ってるんだろう」
◇
昼休み。
いつもの五人でお弁当を食べていた。
「湊ちゃん、卵焼き一個ちょうだい!」
「また?」
「だっておいしいんだもん!」
「はい」
「やった!」
彩花ちゃんが嬉しそうに受け取る。
その様子を見ていた凛ちゃんが、
「……相変わらずだね」
「え?」
凛ちゃんがこちらを見る。
「昔から、人に食べ物をあげてた」
「そうなの?」
「うん」
「……本当に?」
「本当」
私は少し驚いた。
「私って昔からこんな感じだったんだ」
「そうだよ」
凛ちゃんが小さく笑う。
「変わってない」
「そっか」
なんだか不思議だった。
私が忘れている私を。
凛ちゃんは覚えている。
「……ねえ、凛ちゃん」
「何?」
「今日、放課後ちょっと話せる?」
「いいよ」
凛ちゃんはすぐに頷いた。
◇
放課後。
みんなが帰る準備をする中。
「湊ちゃん、帰ろ!」
莉奈ちゃんが声をかけてくる。
「あ、ごめん」
「どうしたの?」
「凛ちゃんと少し話してくる」
「……そっか」
莉奈ちゃんが凛ちゃんを見る。
「じゃあ、先に帰ってるね」
「うん。また明日」
「また明日!」
四人が教室を出ていく。
教室には私と凛ちゃんだけが残った。
「……それで?」
凛ちゃんが聞く。
「聞きたいことがある」
「うん」
「私たちが小学生のころって、どんな感じだったの?」
「普通だったよ」
「普通?」
「うん」
凛ちゃんは窓の外を見る。
「同じ学校だった」
「そうなんだ」
「よく一緒に遊んでた」
「……え?」
私は驚いた。
「私と凛ちゃんが?」
「そう」
「全然覚えてない……」
「湊は忘れてると思ってた」
「なんで?」
「転校する前に、一度だけ約束したから」
「約束?」
凛ちゃんが少し黙る。
「……また会おうって」
「…………」
私は言葉を失った。
「でも、そのあと私は引っ越した」
「だから会えなくなったんだ」
「うん」
「……じゃあ、昨日私を見たとき」
「すぐ分かった」
「どうして?」
凛ちゃんは私を見る。
「顔は変わってなかったから」
「……今は女の子なのに?」
「それでも分かるよ」
凛ちゃんは少し笑う。
「湊は湊だから」
「…………」
その言葉を聞いて。
胸の奥が少しだけ温かくなった。
「ありがとう」
「何が?」
「分からないけど……なんとなく」
「変なの」
「凛ちゃんに言われたくない」
「ふふ」
二人で少し笑う。
でも。
まだ気になることがある。
「……ねえ」
「何?」
「私が女の子になった理由は?」
凛ちゃんの表情が変わった。
「…………」
「やっぱり知ってるんだよね?」
「……少しだけ」
「教えて」
「ごめん」
凛ちゃんは首を横に振る。
「今はまだ言えない」
「どうして?」
「湊自身が思い出す必要があるから」
「私が……?」
「うん」
私は考え込む。
私が忘れていること。
私自身が思い出さなければならないこと。
「……何を忘れてるの?」
「それは……」
凛ちゃんが言葉を止める。
「まだ言えない」
「またそれ……」
「ごめん」
「……まあ、いいけど」
私はため息をつく。
そして、ふと窓の外を見る。
夕方の空が赤く染まっていた。
「でも」
凛ちゃんが言う。
「一つだけ教える」
「え?」
「今の湊が、昔の湊と別人になったわけじゃない」
「…………」
「だから、そんなに不安にならなくていい」
私は少し驚いた。
「……不安だったのかな」
「たぶん」
「自分では分からないや」
「昔からそうだったよ」
「またそれ言う」
私は笑う。
凛ちゃんも笑った。
「じゃあ、今日は帰ろう」
「うん」
二人で教室を出る。
廊下を歩きながら。
私は自分の手を見る。
女の子になった私。
昔の私。
そして。
私の知らない過去。
「…………」
まだ何も分からない。
でも。
少しだけ。
昔の私を知りたいと思った。
私が忘れているもの。
私が知らない私。
それを知れば。
今の私がどうしてこうなったのかも。
いつか分かるのかもしれない。
そしてそのとき。
私は今の自分を、どう思うんだろう。
そんなことを考えながら。
私は凛ちゃんと並んで、夕暮れの廊下を歩いていた。




