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第9話 ユニクロにて


「ここは……衣装庫ですの?」

「服屋」

 オレたちはユニクロにやってきた。

「これほどの衣服が、平民に開放されているのですか?」

「金払えばな」

「またお金ですのね」

「リュシアの世界では違うのか?」

「だいたい同じですが、お金は貴族が持つもので庶民は殆ど手にできないのです」

「何その一方的資本主義?」

「しほん……?」

「いや、今のは忘れろ。オレも詳しくない」

 リュシアは、綺麗に畳まれた服の棚を見つめていた。

 白いシャツ。 黒いパンツ。 薄い青のカーディガン。 整然と並ぶ無数の布。

 どれも同じ形。 同じ色。 同じ値札。

 そして、それを誰も奪い合っていない。

「この店では、誰でも衣装を選べるのですか?」

「まあ、金払えばな」

「身分は?」

「関係ない」

「家名は?」

「関係ない」

「許可は?」

「いらない」

「では、平民が貴族と同じ服を着ても?」

「ユニクロなら普通にあるだろうな」

 リュシアは、少しだけ黙った。

「……不思議ですわ」

「そうか?」

「はい。わたくしの世界では、衣服は身分を示すものです。色、布地、刺繍、紋章。何を身につけるかで、誰が誰より上かが分かります」

「めんどくさ」

「めんどくさ、ですか」

「いや、だって服くらい好きなの着ればいいじゃん」

 リュシアは目を瞬かせた。

 そんな単純なことを、初めて聞いたみたいな顔だった。

「好きなものを、着る……」

「まあ、職場とか学校とか、いろいろ制限はあるけどな。でも休日くらいは好きにすればいいだろ」

「休日」

「休む日」

「この世界には、休む日があるのですね」

「いや、オレは夜勤あるけど」

「台無しですわ」

「現実はだいたい台無しなんだよ」

 オレは棚から白いシャツを一枚取った。

「とりあえず、これとかどうだ?」

「白ですのね」

「今の服と雰囲気近いし、目立ちにくい」

「わたくしは目立ってはいけませんの?」

「その格好だと目立ちすぎる。さっき牛丼屋でも地味に見られてたぞ」

「王女ですから」

「日本ではコスプレだ」

「こすぷれ……」

「あとで説明する」

 リュシアは白いシャツを受け取り、布地を指先で撫でた。

「不思議な布ですわ。薄いのに、均一で、手触りが良い」

「量産品だぞ」

「りょうさんひん」

「たくさん作ってるってこと」

「これを、たくさん?」

「たくさん」

「同じ品質で?」

「たぶん」

 リュシアはまた黙った。

 さっきから、驚く場所がオレと違う。

 オレにとっては当たり前の棚。 当たり前の値札。 当たり前の量産品。

 でもリュシアにとっては、たぶん奇跡の並びなのだ。

「風磨」

「なんだ?」

「この国の職人は、すごいのですね」

「職人というか、企業努力かな」

「企業努力」

「現代の魔法みたいなもんだ」

「では、ゆにくろは大魔導組織ですのね」

「怒られそうな表現やめろ」

 オレは次に、薄い青のカーディガンを手に取った。

「これは?」

「羽織るやつ」

「色が綺麗ですわ」

「リュシアの髪に合いそう」

 言ってから、少しだけ後悔した。

 なんか今、普通に褒めた気がする。

 リュシアが、こちらを見た。

「わたくしに?」

「いや、まあ。銀髪だし」

「似合うと思いますの?」

「……たぶん」

「たぶん」

「いや、似合うと思う」

 リュシアは少しだけ目を丸くした。

 それから、口元を緩めた。

「では、試してみますわ」

「お、おう」

 なんだ今の。

 牛丼の時より緊張したぞ。

 オレはごまかすように、今度はボトムスの棚へ向かった。

「下は……スカートの方がいいか?」

「なぜ疑問形なのです?」

「いや、オレが女性服を選ぶ人生を想定してなかった」

「人生とは想定外の連続ですわね」

「今日ほど実感した日はない」

 ロングスカート。デニム。ワイドパンツ。何を選んでも、異世界王女の初現代服という大事件になる。大事件なのに、場所はユニクロ。この落差がひどい。

「これとか」

 オレは落ち着いた色のロングスカートを手に取った。

「動きやすいし、今の雰囲気にも近い」

「風磨」

「なんだ?」

「あなた、意外とちゃんと考えてくださるのですね」

「意外とって言うな」

「いえ、もっと雑に選ぶかと」

「そこまで雑じゃない」

「そうでしたか」

「なんで少し残念そうなんだよ」

 リュシアは小さく笑って、ふと婦人服の棚を見回した。

「風磨」

「今度は何だ?」

「下着は?」

「ぶっ」

 何も飲んでいないのに、むせた。

「げほっ、げほっ……!」

「大丈夫ですの?」

「お前、店内で急に何を」

「必要なのでは?」

「必要だけど!」

「では、選ばなければ」

「オレに聞くな!」

「ですが、わたくしはこの世界の下着を知りません」

「店員さんに聞け! 女性の店員さんに!」

 近くにいた女性店員さんが、こちらを見た。

 たぶん聞こえていた。

 終わった。

 完全に終わった。

 オレは両手を合わせる勢いで店員さんに頭を下げた。

「すみません、この子、外国から来たばかりで……服のサイズとか分からないみたいで……」

 嘘ではない。

 たぶん。

 店員さんは慣れた様子で微笑んだ。

「よろしければ、ご案内しますよ」

「あ、お願いします。助かります」

「風磨は来ないのですか?」

「行けるか!」

「なぜですの?」

「現代日本の結界がある!」

「また結界ですの?」

「強めの結界だ!」

 リュシアは首を傾げながらも、店員さんについていった。

 オレはその場に残された。

 手には白いシャツと青いカーディガンとロングスカート。

 異世界の王女の服を持って、ユニクロの店内に立つコンビニ夜勤明けの男。

 人生って何だ。

 少し離れたところで、リュシアが店員さんと話している。

 店員さんは親切に説明している。

 リュシアは真剣に頷いている。

 王女が、現代日本の下着売り場で学んでいる。

 世界修正機構。

 見てるか。

 たぶん、お前らでもこれは分類できまい。

 チリン。

 店の外に置いてきたはずのノイシュバンシュタイン号のベルが聞こえた気がした。

「今の同意か?」

 たぶん気のせいだ。

 たぶん。


 ……ん?

 そこで、ふと思った。

 リュシアは、この世界の文字を読めない。文化も知らない。通貨単位も知らない。自販機も、信号も、牛丼も、ユニクロも知らない。

 なのに......なんで、言葉は通じているんだ?

「……」

 いや、今さらすぎるだろ。姫が空から落ちてきて、頭突きして、白仮面に追われて、ママチャリがNinja仕様になった後で、そこ?

 でも、考えれば考えるほどおかしい。リュシアは普通に日本語を喋っている。いや、違う。オレには日本語に聞こえている。でも彼女は「アレマス王国」の王女だ。日本語を喋れる理由がない。英語ですらないはずだ。そもそも「ですわ」とか、誰が教えたんだ。

「……翻訳されてる?」

 小さく呟いた瞬間、頭の奥で音が鳴った。

『ピ。認識翻訳処理、確認』

『ピ。召喚術式残滓による意思疎通補正』

『ピ。音声言語のみ対象』

『ピ。文字情報、対象外』

「やっぱりかよ」

 しかも文字は対象外。だから値札も読めないし、サイズも読めない。メニューも読めない。でも会話だけは通じる。

 便利なのか不便なのか、判断に困る仕様だった。

『ピ。補足』

『対象個体、風間風磨を中心に翻訳補正が成立』

「オレ中心?」

『ピ。特異点候補との接触時、言語障壁を局所的に無効化』

「つまり?」

『ピ。風間風磨の近くにいる間だけ、会話可能』

「重い設定をユニクロで出すな」

 オレは思わず、手に持ったカーディガンを握りしめた。

 風磨の近くにいる間だけ。

 それはつまり、リュシアがこの世界で誰かと話せるのは、今のところオレが近くにいる時だけということだ。

 牛丼屋でも。

 トレファクでも。

 ユニクロでも。

 リュシアが話せていたのは、オレが近くにいたから。

「……責任増えてんじゃねえか」

 ぼそっと呟く。

 その時、試着室の方からリュシアの声がした。

「風磨?」

「ん?」

 試着室のカーテンが、しゃっと開いたので、反射的にそちらを見た。

 そして、見た瞬間に全身の血が逆流した。

 リュシアが、店員さんに選んでもらった下着姿のまま、普通に試着室から出てきていた。

「ちょ! おま! 戻れ戻れ戻れ!」

「なぜですの?」

「現代日本の結界! 最強クラスのやつ!」

「また結界ですの?」

「いいから戻れ!」

 オレは咄嗟に後ろを向いた。手に持っていたカーディガンで自分の視界を塞ぐ。

 なんでオレが防御してるんだ。

「この札に書かれている記号は、どちらが前ですの?」

「それは服のタグだ! たぶん後ろ!」

「たぶんでは困りますわ!」

「オレも女性服の正解は知らん!」

 遠くで女性店員さんの柔らかい声が聞こえた。

「あらあら、お客様。そのような姿で外へ出てはいけませんよ」

「まあ。そうなのですか?」

「はい。試着室の中で確認しましょうね」

「なるほど。この衣服には、外へ出てよい段階と、出てはいけない段階があるのですね」

「理解の仕方が王族!」

 店員さんが慣れた手つきでリュシアを試着室へ戻してくれた。助かった。現代日本の結界を管理する巫女さんに見えた。

「まあ。ありがとうございます」

 普通に会話している。

 でも、その普通は、どうやらオレのせいらしい。

「……特異点って、通訳係も込みなのかよ」

 チリン。

 また、店の外からベルが鳴った気がした。

「うるせえ。笑うな」


しばらくして、試着室のカーテンがもう一度開いた。今度は、ちゃんと外へ出てよい段階だった。白いシャツ。薄い青のカーディガン。落ち着いた色のロングスカート。足元はまだ王女の靴のままだが、さっきまでの儀礼用の衣装とはまるで違う。

 銀色の髪だけはどうしようもなく目立つ。けれど、それ以外は少しだけ、この街に馴染んでいた。

「どうですの?」

 リュシアが、少し不安そうに聞いてくる。

 オレは一瞬だけ言葉に詰まった。そして目を逸らしながら、

「……普通に、似合ってる」

「普通に?」

「この場合の普通は、かなり良い普通だ」

「分かりにくい褒め方ですわね」

「オレもそう思う」


 リュシアは鏡を見た。

「これが……わたくしが選んだ服」

「まあ、半分くらいオレと店員さんが選んだけどな」

「それでも、誰かに着せられたものではありません」

「……そっか」

「はい。少し、不思議ですわ」

 リュシアは少し嬉しそうに鏡に映った自分を眺めていた。

「じゃあ会計してもらおうか」

「かいけい…ですの?」

「当たり前だろ。物を買ったら金を払う。それ常識」

「そうだったのですね。王城ではいつも———」

「ストップ!お姉さん、会計お願いします」

「承知いたしました。こちらへどうぞ」

 お姉さん手慣れてるな。狐目の美人さんだし。

「風磨?」ジトォ…

「な、何だよ」

「鼻の下が伸びてました」

 なんか王女に嫉妬された?






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