第8話 王女様、ユニクロへ行く
「……よし」
「どうしましたの?」
「今日は給料日だ」
「きゅうりょうび?」
「労働の対価が振り込まれる日」
「つまり、褒美の日ですのね」
「まあ、だいたい合ってる」
「では、今日は風磨が少し偉い日なのですね」
「その解釈、ちょっと好きだな」
吉野家の隣のセブンに入ってお金を下ろした。
さぁ、買い物だ。
「待ってください風磨。それではあなたのお世話になりっぱなしになってしまします」
「しょうがないだろ。リュシアは日本の金持ってないんだし」
「こういう物をお金に換えたりできませんの?」
リュシアは指輪をひとつ外した。ダイアモンド?見るからに高そうだ。
「ええ?それは大丈夫なのか?」
「侯爵家の嫡男から求婚ということで頂いたのですが、その方を好ましく思えなくて…でも、頂いたものは身に付けねばなりませんので。ここにいるならもう不要かと」
「帰った時どうするの?」
「ま、まぁその時はその時ですわ」
「姫、雑になってねぇ?」
————————
オレたちは一応トレファクにやって来た。姫の指輪を見てもらうためだ。
「いらっしゃいませ。買取ですか?」
「あ〜、うん。そうなんだけど、宝石や貴金属とかでも大丈夫ですよね?」
「もちろんですよ。見せて頂けますか?」
「あ、あーはい。」
預かっていたリュシアの指輪を見せる。
「それではお預かりします」
店員さんは査定のため奥に引っ込んだ。オレたちは店内をぶらぶらする。
「風磨、これなんですの?」
リュシアが指差した先には、ガラスケースの中に並んだ腕時計があった。
「時計」
「時計?」
「時間を見る道具」
「時間を……見る?」
「そう」
「この世界では、時間も商品棚に並ぶのですか?」
「詩的に誤解するな」
リュシアは真剣な顔でガラスケースを覗き込んでいる。
その横顔は、さっきまで牛丼に感動していた少女とは違って、どこか王女らしかった。
いや、王女なんだけど。
「あちらは?」
「中古のバッグ」
「中古?」
「誰かが使ってたやつを、また売ってる」
「ああ、平民は中古の服を着ると聞いていました。そんな感じですか?」
「そう」
「……この世界は、物を簡単に捨てるのかと思っていました」
「捨てる人もいるけどな。こうやって次の人に回ることもある」
「なるほど」
リュシアは小さく頷いた。
「この世界の物にも、次の役目があるのですね」
「まあ、そういうことかな」
「では、わたくしの指輪にも?」
その声が少しだけ低くなった。
オレはリュシアを見た。
彼女は店内に並ぶアクセサリーやバッグを見ているようで、たぶん違うものを見ていた。
アレマス王国。
侯爵家の嫡男。
好ましくない相手から贈られた指輪。
身につけなければならなかったもの。
それを今、彼女は手放そうとしている。
「……嫌じゃないのか?」
「嫌ですわ」
「え?」
「その方から頂いたものを身につける方が、ずっと嫌でした」
リュシアはあっさり言った。
その言い方があまりにきっぱりしていて、少し笑いそうになった。
「なら、いいか」
「はい」
「でも、帰った時に困るんじゃないのか?」
「困るでしょうね」
「やっぱり雑になってるだろ」
「風磨の影響ですわ」
「オレのせいにするな」
その時、店員さんに呼び出された。
「お待たせしました」
オレは少し身構えた。
正直、こういう査定とか買取とか、あまり慣れていない。
しかも持ち込んだのは異世界王女の指輪である。
説明できない。
何ひとつ説明できない。
「こちらなんですが……」
「はい」
店員さんは、少し困ったような顔をしていた。
「こちら、純金の重量も、石の大きさも、品質も……正直かなりのものです」
「じゃ、じゃあ買い取れるんですか?」
「申し訳ありません。当店で正式にお買取りするには、扱える範囲を超えています。鑑定書や由来の確認も必要になりますし、専門の宝飾店か鑑定機関にご相談いただいた方がよろしいかと」
「ですよねえええ……」
内心、少しほっとした。あまりに高額だったら、それはそれで怖い。税金とか、身分証とか、出どころとか。考えたくない言葉が頭の中をよぎる。
「ただ、デザインジュエリーとしてのお買取りでしたら可能です」
「ちなみに、いくらくらいですか?」
店員さんが金額を提示した。
オレは固まった。
「……百二十万円……」
「風磨?」
「……リュシア」
「はい」
「売るのはやめよう」
「なぜですの?」
「トレファクでこの金額になるって時点で、もうオレの手に余る」
「手に余る?」
「庶民が雑に扱っていい金額じゃないってこと」
「でも、風磨の負担を減らせますわ」
「それはありがたいけど、これはここで売るもんじゃない」
たぶん、正規のところで鑑定してもらったら、もっととんでもない金額になる。
いや、金額以前の問題だ。異世界王女の指輪で、侯爵家の嫡男からの求婚の品。刻印はアレマス文字。
説明できない。何ひとつ説明できない。
「すみません。今回は持ち帰ります」
「かしこまりました」
店員さんから指輪を返される。
オレはそれを受け取って、リュシアに差し出した。リュシアは、指輪を見つめたが、すぐには受け取らなかった。
「……風磨」
「なんだ?」
「やはり、身につけておくべきでしょうか」
「嫌なんだろ?」
「嫌ですわ」
即答だった。
「その方から頂いたものを身につける方が、ずっと嫌でした」
リュシアはあっさり言った。その言い方があまりにきっぱりしていて、少し笑いそうになった。
「なら、つけなくていいんじゃねえの」
「ですが、これは侯爵家から贈られたものです。身につけていなければ、礼を欠くことになります」
「ここに侯爵いないだろ」
「それは、そうですが」
「帰った時に困るなら、その時考えればいい」
「……雑ですわね」
「雑で結構。嫌なもんをずっと身につけてる方が、身体に悪い」
リュシアは、自分の指を見た。つけるはずだった指を、長いあいだ見つめていた。
そして、ゆっくりと手を握った。
「軽いですわね」
「指が?」
「いいえ」
リュシアは小さく笑った。
「気持ちが」
それは、さっき牛丼を食べた時の笑顔とは少し違った。
何かを失った顔ではなく、少しだけ、自分で選んだ顔だった。
「じゃあ、これはオレが預かっとく」
「風磨が?」
「ポケットに入れといたら失くすから、帰ったらちゃんとしまう。たぶん」
「たぶん?」
「いや、絶対」
「信用してよいのですか?」
「失礼だな。百二十万どころじゃない物を預かる重圧で、今すでに胃が痛い」
「では信用できますわ」
「判断基準おかしくない?」
オレは指輪を慎重に財布の奥へしまった。正直、財布に入れていいものではないが、今のオレに金庫なんてものはない。家に帰ったら、せめて缶コーヒーの空き箱以外の場所にしまおう。
「じゃあ行くか」
「はい」
「ユニクロへ」
「ゆにくろ」
「現代日本の無難を買いに行く」
「無難」
「最強装備だ」
「では、わたくしは無難を身にまとうのですね」
「急にかっこよく言うな」
店を出ると、朝の街は相変わらず普通に動いていた。黒と緑のノイシュバンシュタイン号は、店の前でおとなしく待っている。
いや、おとなしく見えるだけかもしれない。
チリン。
ベルが鳴った。
「お前、待ってたアピールするな」
「可愛いではありませんか」
「可愛くない。怖い」
リュシアは、指輪のなくなった手を軽く握った。
「風磨」
「なんだ?」
「わたくし、少しずつ、この世界の普通を身につけてみます」
「まずは服からだな」
「はい」
「ただし、予算内で」
「予算」
「この世界の結界だ」
「破ってはいけないのですか?」
「破ったら月末に死ぬ」
「それは怖いですわね」
「魔王より身近に怖い」
そうしてオレたちは、ユニクロへ向かった。
世界を救う予定は、まだない。
だが、王女が自分で選ぶ服を買う予定はできた。
予定としては、たぶんそっちの方が大事だった。




