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第2話 ノイシュバンシュタイン号

新作を始めました。

ゆるゆるでガバガバなお話ですが、読んで頂ければ幸いです。

 もうこうなりゃしょうがない。オレはアパートの裏手へ急ぎ、自慢の愛車を引っ張り出した。


 ノイシュバンシュタイン号。中学の頃からずっと乗っているママチャリである。

「……なにそれ?」

 王女様は若干引いていた。

「愛車」

「それが?」

「そう」

「王国なら廃棄処分ですわ」

「こいつに謝れ。十年選手だぞ」

「十年も働かされているのですか!?」

 リュシアはノイシュバンシュタイン号を見る目に、若干の哀れみを混ぜた。やめろ。その目は効く。

「後ろに乗れ!」

「後ろ?」

「荷台!」

「この金属の棒に!?」

「文句は走りながら聞く!」

 オレはペダルに足をかけた。背後では、白い仮面たちがこちらを向いている。動きはゆっくりだ。だが、確実に近づいてくる。アスファルトが白く変色していく。消しゴムで現実を削っているみたいに。

「早く!」

「分かっていますわ!」

 リュシアが荷台に腰を下ろした瞬間、悲鳴を上げた。

「硬っ!?」

「荷台だからな!」

「王女を荷台に乗せるなど、歴史上初ですわよ!」

「歴史に残ってよかったな!」

「よくありませんわ!」

 オレは全力でペダルを踏み込んだ。ギギギギギッ!ノイシュバンシュタイン号が、王家の馬車とは全く違った音を立てて走り出す。

「キャーーーー!!!」

「おしりが痛いですわぁーー!」

「うるさいぞ!」

「うるさいのはこの乗り物ですわ!」

「こいつは頑張ってる!」

 朝の住宅街を、ママチャリが爆走する。夜勤明けの足は開始十秒で後悔を始めていた。肺が痛い。太ももが重い。額のたんこぶが脈打つ。

 後ろでは異世界の姫が、オレのパーカーを全力で掴んでいる。

「風磨! もっと速く!」

「これが限界!」

「馬は!?」

「いない!」

「魔導馬車は!?」

「もっといない!」

「では翼竜は!?」

「この町内にいるわけねえだろ!」

 角を曲がった。そこでオレは、ほんの少しだけ後ろを見た。白い仮面たちは――いない。

「……撒いたか?」

 そう思った瞬間だった。前方の電柱の陰から、白い仮面がぬるりと現れた。

「前にいるじゃねえか!」

「なんですのあれ!ずるいですわ!」

「敵にフェアプレーを求めるな!」

 白い仮面が腕を上げる。その指先が、こちらを向いた。

『ピ。進路予測完了』

『ピ。削除処理、開始』

「予測されてるぞ!」

「どうするのです!?」

「知らん!」

「知らんで突っ込まないでくださいまし!」

 右は塀。左は側溝。前には白い仮面。逃げ場はない。そのうえ、道の先には急な下り坂があった。近所の人間なら誰でも知っている。ブレーキをかけないと普通に危ない坂。

 通称、地獄坂。誰が呼んでいるのかは知らない。 少なくともオレはそう呼んでいる。

「リュシア」

「はい?」

「しっかり掴まれ」

「嫌な予感しかしませんわ」

「奇遇だな。オレもだ」

 オレはペダルを踏んだ。

「ちょ、ちょっと! 前にいますわよ!?」

「見えてる!」

「ぶつかりますわよ!?」

「たぶん!」

「たぶん!?」

 ノイシュバンシュタイン号は、白い仮面に向かって突っ込んだ。白い仮面は動かない。いや、動く必要がないと思っているのだろう。こっちの進路は読まれている。こっちはただのママチャリだ。勝てるわけがない。普通なら。

 その時だった。前輪が、何かを踏んだ。

 ペコッ。変な音がした。

「え?」

 道に転がっていた、潰れかけのペットボトル。前輪がそれを踏み、車体が妙な角度で跳ねた。

 ガコンッ!

「うおおおお!?」

「きゃああああああああ!?」

 ノイシュバインシュタイン号が、ありえない角度で浮いた。

 いや、跳ねた。跳ねたというか、飛んだ。白い仮面の頭上を越えるように。

 朝日が真正面から差し込む。視界が金色に染まった。リュシアの銀色の髪が光る。オレのコンビニ袋が前カゴからふわりと浮く。中のおにぎりまで、無駄に神々しく宙を舞った。

 そして、オレは叫んだ。

「ETかよぉぉぉ!!」

「いーてぃーとは何ですのぉぉぉx!?」

「知らなくていぃぃぃぃ!!」

 朝焼けの空を背景に、ママチャリと姫とコンビニ夜勤明けの男が、白い仮面の上を飛び越えた。たぶん、人生で一番意味の分からない瞬間だった。

 着地。

 ガッシャアアアン!

「死ぬ!」

「死にますわ!」

「まだ生きてる!」

「それが不思議ですわ!」

 着地の衝撃で、ノイシュバインシュタイン号のカゴがひしゃげた。ベルが勝手に鳴った。

 チリン。

 場違いにもほどがある音だった。

『ピ。進路予測、失敗』

『ピ。跳躍行動、記録なし』

『ピ。ペットボトル干渉、想定外』

『ピ。対象、因果外挙動』

 白い仮面の声が、後ろから聞こえた。

「ペットボトルまで解析してんじゃねえよ!」

 オレは叫びながら坂を下った。

 もうブレーキをかける余裕はない。というか、ブレーキが効いている気がしない。

「風磨!速い!速いですわ!」

「知ってる!」

「止まりませんの!?」

「止まったら死ぬ!」

「止まらなくても死にますわ!」

「じゃあ祈れ!」

「誰に!?」

「ノイシュバンシュタイン号に!」

「嫌ですわああああ!」

 地獄坂を、ママチャリは全力で駆け下りる。

 後ろで白い仮面が追ってくる気配がした。でも、さっきより遅い。たぶん予測が狂っている。風磨がどこに逃げるかじゃない。風磨が何を踏んで、どう跳ねて、どの角度で飛ぶか。そんなものまで、世界は予定できない。当たり前だ。オレだって予定してない。

 坂の下で、朝日が川面に反射していた。知らない川じゃない。いつもの川だ。バイト帰りにたまに通る、ただの河川敷。でも今だけは、どこか異世界の境界みたいに見えた。

 リュシアが、オレの背中にしがみつく。

「風磨!」

「なんだ!」

「あなた、本当に、何者ですの!?」

 オレは答えた。

「コンビニ夜勤明けの男だ!」

「それだけで世界修正機構から逃げられるわけがありませんわ!」

「オレもそう思う!」

 ノイシュバンシュタイン号は坂を下りきり、そのまま河川敷の砂利道へ突っ込んだ。

 ガタガタガタガタッ!

「おしりが! おしりがもう限界ですわ!」

「耐えろ王女!」

「王女の尊厳が削れていますわ!」

「命より安い!」

「高いですわ!」

 背後の白い仮面は、坂の途中で止まっていた。まるで、それ以上こちらへ来られないみたいに。

 いや、違う。来られないんじゃない。考えている。解析している。

 たぶん、こうだ。

 コンビニ夜勤明けのフリーターが、王女をママチャリの荷台に乗せ、地獄坂でペットボトルを踏んでジャンプし、朝日を背に白い仮面を飛び越える。そんなバカみたいな現象を、世界の修正機構が一生懸命理解しようとしている。

『ピ。該当因果なし』

『ピ。再現性なし』

『ピ。意図不明』

『ピ。分類不能』

 その声が聞こえた瞬間、オレは少しだけ笑った。

「ざまぁ」

「何がですの?」

「いや」

 オレは息を切らしながらペダルをこいだ。

「世界ってやつも、意外と頭が固いんだなって」

 リュシアは黙った。

 それから、小さく言った。

「……あなたは、怖くありませんの?」

「怖いよ」

 即答だった。怖くないわけがない。消されそうになった。変な仮面に追われている。頭の中に知らない声がする。 姫は空から落ちてくる。しかも夜勤明けだ。

「でも」

 オレは前を見た。朝日が眩しかった。

「死ぬ予定だったとか言われたら、ムカつくだろ」

 後ろで、リュシアが息を呑んだ。

「だから、とりあえず逃げる」

「……とりあえず?」

「そう。とりあえず」

「計画は?」

「ない」

「目的地は?」

「ない」

「勝算は?」

「当然、ない」

「最低ですわ」

「でも生きてる」

 リュシアは少し黙って、それから小さく笑った。

「……そうですわね」

 その笑い声は、さっきまでの悲鳴よりずっと小さかった。でも、なんとなく、オレはその声を聞いて逃げてよかったと思った。

 頭の奥で、また音が鳴る。

『ピ。特異点候補、逃走継続』

『ピ。予定因果、修復不能』

『ピ。世界線安定率、低下』

『ピ。対象行動、予測不能』

『ピ。再分類を開始』

『この世界の特異点』

 うるさい。勝手に分類するな。オレはただ、ペットボトルを踏んだだけだ。



ノイシュバンシュタイン号、正確にはneuschwansteinなのでノイシュヴァンシュタインなのですが、風磨が中学生の時につけたのでノイシュバンシュタイン号なのです。

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