第19話 託されたもの
お昼ご飯を食べた後、フレンと久々に部屋の大掃除に取り掛かった。詳細は伏せるが二人とも埃まみれだ。しかしその甲斐あって見違えるほど綺麗になった。果たしてこの綺麗なお部屋がいつまで保つか。
「舞台に立つよりも疲れたかもしれん。」
「確かに。」
公演中は色々おざなりになってしまうからこうなってしまうのだ。うん。これは仕方がない。そしてやっと見つけた。
「それなんだ?」
「ああ。団長がくれたピアスだよ」
これはティカがつけていたピアス。赤い石が埋め込まれたシンプルで派手さはないけれど存在感のあるピアスだ。
形見として、というよりあの仕掛けを発動するために、団長がもらったのを僕が譲り受けたのだ。
そういえばお葬式の時に団長がピアスを受け取った場面なんてあったっけ?裏で渡されていたのかもしれないけども。
「でもプレンツ、耳に穴空いてないな」
「実はそうなんだ。だから受け取ったはいいけどしまっておいたんだ」
しまって今の今まで紛失してたわけだけど、今は手元にあるから不問だ。見つかってよかった……。見当たらないと気づいた時は冷や汗が出た。部屋は綺麗に整理整頓しておくに限るな。
「ま、大事に保管していてもいいしな。」
「そうだね。また部屋に埋もれるとまずいからとりあえず持ってきたんだ。保管する箱を用意しに工作室か倉庫に行こうと思って」
掃除を終えて、食堂に向かう道中、すでにいい匂いが立ち込めていた。このクリーミーな匂いは。
「今日はシチューか!いっぱい牛乳持ってきた甲斐があったな」
「もうお腹減ったよ……」
食堂に入った。匂いだけでわかる濃厚さ。少しまったりとした匂いが混ざっている。きっとチーズが入っているのだろう。
早速シチューを器にもり、今朝も食べたパンを取り、サラダと牛乳を用意して席についた。このシチューすごい具沢山だ。向かいにはフレンが座った。
「じゃいただきまーす」
「いただきます」
スプーンで少し黄色がかったシチューを掬いとった。中にはチキン、ニンジン、じゃがいも、アスパラガスといろんな具材がごろごろと入っている。チキンとシチュー口に入れた。
おお、これは!牧場で飲んだ牛乳の濃厚さ、とろりとしたシチューは野菜とチキンの旨みが溶け出し、複雑な味を醸し出しているが、それをミルクが調和している。
いや待て。どうやらこのチキンにも味がついている。わずかに散らばった緑色、鼻腔を抜けるこの香りはあのバジルソース!
ソースがあらかじめ染み込んだチキンは表面はシチュー、そして内部から香草と旨みが滲み出ているようだ。いつもさらっと人に荷物を持たせるミッケさんだがこういうところは本当に細かい。
「うん!うまい!」
心の中でぶつぶつと味わっている傍ら、ごくシンプルな感想を言うフレン。フレンは何を食べても大体はこう言う。
他の具材も煮込まれていて舌でほぐれていく。ガルニエではたまにカレーが出るのだが、大抵は具がほぼ溶けて具材すらもルーになっていて僕はあれはあれで好きなのだが、シチューはこのようにごろっと形が残っていた方が美味しい。これは完全に僕の主観だけど。そういえばこういう煮込み系が多く出ているような気がする。多分大人数相手に料理する上では最適なのかもしれない。
隣にザーラさんが料理を並べたプレートをテーブルに置きながら座ってきた。
「ふむ。いい匂いじゃなぁ。シチューは久々じゃ」
「とっても美味しいですよ」
「ここに来てから口に合わないものに妾は出会ったことがない。どれ。」
ザーラさんの小さいお口にシチューが入っていく。見た目よりもずっと妖艶に見えるのがザーラさんのすごいところだ。神様だから僕なんかよりもずーっと長く生きているからだろうけど。
「おいしいのぉ。少し乳臭いがこれはチーズか。」
「今日牧場に行って買ってきた新鮮なものですよ」
「チーズに新鮮も何もない気がするが、言いたいことはわかる。あの髭は料理は上手じゃのお」
あの髭って。そしたらアヴェラルさんだってひげになるけど。そこは突っ込まないでおこう。
「ザーラさんは好きな食べ物あったりするんです?」
フレンが聞いた。よく考えれば、というかよく考えなくても神様相手に雑談とはおそろしい話だ。
「ふむ。甘味は好きじゃぞ。チョコやケーキも好きだが、どちらかといえばフルーツじゃな」
「「へぇ〜」」
そこは見た目相応なんだな。よかった。人間とか言われないで。
「妾はグルメだからのぉ。うまければ何でも食べる。毒だろうがなんだろうがのぉ」
怖!やっぱりもしかしたらもしかするかもしれない。
「あーん。うむ。あまり味わったことのない味じゃのお。ただのシャーベットかと思ったが」
いつのまにかシチューを平らげたザーラさんはデザートに手を出していた。
そう僕も気づいてはいた。氷が敷かれた銀のトレーの存在を。きっとアイスか何かだと思っていたからあとで撮ろうと思っていたのだ。見たところ白いシャーベット。そしてザーラさんが味わったことのないと言う味。
ええい!気になって仕方がない!結局デザートを取りにいき、席に座り一口食べた。おお、これは!
「ザーラさん、これ、とっておきですね」
「おお!」
フレンが叫んだ。
「とっておき?」
「これ。牛の亜人の母乳を使ったシャーベットです」
「ほお。確かにこんな味だったかもしれぬなぁ」
「明らかに調理をしたことで旨みが増えています。朝飲んだものとはまるで違う。だけどこれはとっておきを使っているとわかる味!」
「雄弁じゃのお」
といった感じでザーラさんとおしゃべりをしながら夕食を楽しんだ。ただ者ではない雰囲気はあるものの(実際ただ者ではないが)おしゃべりは好きみたいだし、時折冗談がを交えながらごく普通に会話を楽しんだ。そして腹も満たされた頃。
「ん?それは?」
花模様が浮かぶ綺麗な眼差しの先に部屋から持ってきていたピアスがあった。
「これ団長から貰ったんです」
「ほう」
「僕はピアスの穴は空いていないし部屋に飾っておくかなって」
「———ああ。それはあの娘のか。そうか。」
ザーラさんの背後でふわふわと浮いていた鏡が一瞬光ったように見えた。眩しくて少し目を細めた。
「空けてやったぞ。これでつけれるのぉ」
「え?」
「プレンツ気が付かなかったのか?左耳触ってみなって」
「左耳?」
恐る恐る触ってみた。なんか窪んでる?
怖くなったので右耳の耳たぶもさわった。窪んでない。
「良かったな。これでつけれるな!」
「い、今開けたんですか?」
さっき鏡が光ったけどもしかしてあれか!?嘘だろ!?結構魔力の探知には自信があったのに気付かなかった!
「いい具合に焼いてあるからすぐには塞ぐことはない。じゃがつけておけば安定しよう」
もう一度左耳を触ってみる。どうやら本当に開いたようだ。こっわ!
え、だって今僕の耳たぶにしたことをザーラさんは
「望むなら心臓にもつけられるようにするが位置が不満かのぉ?」
「い、いえ!大満足です!ありがとうございますザーラ様!」
「よいよい。チーズを運んだ礼だと思うが良い」
思わず立ち上がってしまった。やっぱりこの女神様こわい。
「早速つけてみたらどうだ?」
フレンにそう言われて再び席につきピアスを手に取った。
改めて綺麗な赤色の石だ。慣れないながらもなんとかつけることができた。
「似合ってるぞ。今まで付けてなかったのが逆に不自然と思うほど馴染んでる。」
「ありがとう?」
嬉しいけどそれはそれで僕のイメージが欠けてたみたいだな。
「そうじゃのぉ。もうひとつあるなら右も開けてやろうか」
「いえ!お構いなく!左だけで結構です!」
「そうか。開けたくなったらいつでも申すが良い」
「ありがとうございます!」
瞬く間に身体に穴を開けられるなんて生涯で一度きりで十分だ。しかし勢いで空いてしまったが、こういう機会がないと僕は足踏みしてしまって空けることはなかっただろう。
左耳に付けた赤い石のピアス。
左手でそっと触れてみた。
目を閉じればあの笑顔が思い浮かぶ。託された、と言うと大袈裟かもしれないけど、石に触れた時、鏡に映った自分を見る時、きっとあの笑顔を思い出すだろう。僕は結構未練がましいらしくて、未だにここに君がいればなんて考えてしまう。
どれだけ願っても叶わない夢がある。
どれだけ大声を出しても届かない想いがある。
幸運にも僕は夢を見せる劇団員だ。
夢を魅せる商人。
叶わない夢を僕が見ても、舞台を見に来てくれた人には僕には叶わなかった夢を見せることができる。
入団当初に団長から言われた言葉を今ならわかる気がする。




