第13話 麗らかなる地平線よ その1
「それでこの話って本当はどうだったんですか?」
無事に初日公演を終えた僕たちは食堂で打ち上げをしていた。結果は大成功だった。舞台袖と観客席から観ていた僕も涙ぐんでしまった。練習で何度も見ていたけどやはり本番というのは没入感が変わる。
「主人公のリィナなんて子はもちろんいなくて、この国で出会ったサッフィがあの亜人のモデルだよ」
団長とルミオさんがお酒を飲みながら僕に教えてくれた。
「ここに来たときの話ですか?」
「プレンツは最近入ったばかりだからね。それでいったらリーホワとかヴィーナも知らないんじゃない?」
「そういえばそうだ。登場人物はもちろん台本上の架空の人物だけど、大まかな流れは大体合ってるんだ。そうだな。どこから話せばいいか」
広場には公演を終えて打ち上げが始まり少し落ち着き始めた頃合いだった。落ち着くというか酒に溺れる系の人たちが気を失い始めただけども言えるけど。ガルニエ内で倒れる分には団長達は放置している。それはそれでどうかとも思うけど。
団長は手に取っていたグラスを置いて語り始めた。
「三年ぐらい前、私とキエリスで初めてイビポランマランに来たんだ。キエリスが入団してから長移動がかなり楽になったから欧州以外も足を伸ばしていた頃だ。以前からイビポランマランからは公演のオファーが来ていてね。距離を理由に検討外にしていたんだけど、大西洋を渡ったついでにイビポランマランでも公演をしようか検討したんだ」
* * * * * * *
古来よりこの地には多種多様な種族が住んでいた。人間も亜人も。様々な種族がそれぞれの地で暮らしていた。
西洋文化が押し寄せたイビポランマランでは近代化が進められ、豊かな森を切り開きながら人間は住処と発展を目指していった。
住処を徐々に追われた民族たちも当然抵抗したが、近代武器を扱う人間に徐々に押されていった。
かつて力が強く、魔法にも長けている者が多い亜人が敗北し始めたのだ。
一部の亜人は人間の力となり、人間と共に発展していったが、抵抗した亜人もいたのだ。
昔から伝わる伝統を守りながら生活を送りたい亜人と、欧州のように発展していきたい人間側との間で対立が始まった。
話し合えば分かり合えるようなこともあっただろうが、一部の人間、そして亜人は容姿や文化の違いを受け入れることができずに迫害するようになった。
森を開墾する人間、それを阻害する亜人。どちらも報復合戦となっていた。
そんなときにこの状況を憂いていた森の精霊が波打ち際に倒れていた青年を見つけた。
どうやら溺れてしまい流されてしまったようだ。少しだけ息があった。しかし残念ながら青年の意識が戻ることはない。
精霊はこの青年の身体を借りることにした。実態のなかった精霊だったが、チャラくも心優しい青年と融合することで力が増大し、両目に花模様が浮かび上がった。
彼がサニィだ。
その肉体に記憶されていた元の青年の心と森の精霊が一体化した神。すっかりチャラ男神となったわけだが、生まれ変わってからその溢れる力で首都の空を駆け巡った。
そして声高らかに
「俺は神だ!この混乱を鎮めるために顕現した!」
沸き立つ民衆。政治家たちはただの道化師だと思い気にもしていなかったが、その力を見て嫌々受け入れつつ現状を話した。
発展は必要である。欧州には侵略国家があり、大国同士でにらみ合っている。そんな国がさらなる国力を求めて領土拡大を目指している。現に滅ぼされた国もいくつもある。
大西洋に挟まれたこの国とてうかうかしていたら何もなすすべなく蹂躙され、奴隷にされ植民地とか化すだけだ。サニィは知った。知識は元の青年の記憶しかなかったため事情を知らなかったのだ。
とはいえ、それで蹂躙される亜人はいいのか?それではその侵略国家と同じではないか。政治家たちは言う。綺麗事だけでは数年後の平和は保証できない。そのためには発展し続けなければ国を守れないと。
サニィは人々と亜人と話し合った。変化を受け入れる者もいたが、既に起きた動乱でお互いを憎しみ会う声もあった。最早分かり合うときは訪れないか。
神が降臨したからといって問題が解決することはない。何かをしなければ何も変わらない。サニィは情報を集めた。そんな中で欧州で人気の劇団の噂を聞いた。ピンときた。
この劇団がこの国に来るといいことがあるに違いない。チャラ男と精霊の勘が彼を動かした。根拠などなかったが何故だかピンときた。シンプルに自分が見たいのもあったかもしれないがとにかくピンときたのだ。手紙を出してこの国で公演をやってもらおう。俺が直接争うのをやめろと話すよりも物語として語り継ぐ方が人の心を動かせると考えた。
公演の取り決めがあったのはそれから数年後、ステラッチェ達が現れたのである。
北アメリカ大陸を旅をしていた一行はイビポランマランに向かった。ガルニエを移動するためのマークを作るために。そこでチャラ男神自らお出迎えがあった。
「やぁやぁやぁ!待ちくたびれたよ!君たちが例の劇団の人たちだね」
「そうですけど、なんで気付いたんですか?」「もうここ何年もずーっと待ってたからね!それに君は妙な気配がしたし。さっそくだけど打合せをしよう!どこがいいかな。カフェでも入る?」
「えっとその前にあなたは?」
「この国の神だ。一応ね。」
「?」
* * * * * * *
なんだか神を名乗るチャラい男に連れられ近くのカフェに入った。確かに力はとっても強いみたいだけど。
「なんだいサニィ。ナンパが成功したのかい?」
「違いないな」
カフェのマスターとチャラ男が話している。神様らしいけどなんだか随分気さくだな。見た目は確かにすごい力があるのはわかる。けど風貌がな。
「違うよ。それで打合せっていうのは何を話すんです?こちらはちょっとした準備ができたらさっさとお暇しようかと思っていたのですが」
こんな威厳の無い神ってのもいるんだな。話せば軽い感じの神様なら覚えがあるけどこのチャラ男はただのそこら辺のおにいちゃんと変わらない。
「まずはこの国に来てくれてありがとう!とっても嬉しいよ。以前から君たちの噂は耳にしていてね。是非ともこの国でも公演をしてほしいと思っていたんだ」
「それはどうも。私も以前からオファーをいただいてたのは承知していたんですが、いかんせん距離が距離でして。今は何とか移動手段を見つけましたので欧州以外の地域も回り始めているところなのです」
「うん!うん!遠路遥々来てくれてうれしいよ!それでね。ここでの公演なんだけどね!」
「はい。公演ですか」
私の隣でおとなしく座っているキエリスを見た。
隣にいるとはいえ目の前に神がいる状況。
正直気が気ではない。
変な気を起こされたらどうやって対処しようかと考えを巡らせながら会話をする。自然と不愛想になる。
「劇の内容ってもう決まっているのかな?」
「台本ってことですか?いえ、これからですけど。サーカス風になるか、あとはこの国の歴史を調べた上で、いい物語が作れそうなら演劇風にシフトする形ですね」
「よかった!じゃ内容はこれからだね!実はリクエストがあってね」
「はぁ。内容によっては希望に添えないですけど」
「大丈夫!そんなに変なことじゃないから!できれば人間と亜人が手を取り合うような話にしてほしいんだ」
「人間と亜人、ですか?」
この街に来てからそういえば人間しか見てないな。そんなに歩いていたわけではないけど。事前情報としては人間も亜人も多くいるとは聞いていた。それにちょっとしたいざこざがるとかないとか。
「実はこの国というか結構同じような国があるみたいだけど姿形が違うとそれだけで仲間外れにしちゃう奴らっているだろう?そういうのでこじれちゃってるところがあってね。俺みたいな妙な存在が違う人が仲良くしろって言っても説得力がないところがあるだろう?俺だって国中走り回って会話はしてるんだけどさ。どーしても限界があってね」
「小耳には挟んだことがあります。この辺りも結構物騒だったりもしますか?」
「まーねー。あちこちで誘拐だ畑を荒らしただのやってたりして治安はあんまりよくならなくてね」
まだ公演をやるとは決めていない。あまりに治安が悪いと誰も劇を見に来てくれなくなる。とはいえ私たちの劇は金持ちのためにやってるんじゃない。
マークだけとりあえず作ってあとからこの国の内部調査といきたかったけど、目の前にこの国の長がいるなら都合がいいかな。
どうやら害はなさそうだし。
「そうでしたか。こちらでも吟味します。来て早々この国の神様に出会えて光栄でした」
「え、もう行っちゃうの!?」
「今日はマーク……ちょっとした下ごしらえをしにに来ただけですので。それにまだ別の国で公演中でして」
「そっか。わかったよ!また来たら教えてね!あそこに見える建物に来てもらえればいいから。いつでも待ってるよ!」
「わかりました。お時間くださりありがとうございました」
カフェを離れてから街の様子を見つつキエリスと歩いていた。
カフェではキエリスは大人しく話を聞いてくれていた。私の愛想の悪さを察したのだろう。
「どうですか?」
「ん~なんとも。正直街もあんまりきれいじゃないし。治安が良くないのは本当だろうね。サンバが有名だと聞いてたんだけど」
ゴミが散乱していたり、首都だけど道もあまり整備されていないようだ。
「あんまり前向きじゃない感じですね」
「……疲れはどうだい?」
「全然大丈夫です!」
「……ま、今日はここで泊まろうか。戻るのは明日にしよう」
「散策に出るんですね」
「そういうこと」
キエリスと二人で街を歩いていた。特筆するようなことはないにぎやかな街に見えた。野菜や果物、魚がとても安い。人と亜人が、とあのチャラ男が言っていたが、やはり亜人はほぼ見なかった。
二時間ほど歩いたり、近くのカフェに寄ったりしてみた。ある程度歩いていたところ、どうやら何者かにつけられているのがわかった。
もしかしたら宿の場所もばれているのかもしれない。面倒だな。適当な路地裏に入ってあちらが出やすくしてあげたら案の定出てきた。
「それで?私たちに何か御用ですか?」
「誘いこんだといいたいが、そっちが誘ったみたいだな。どうやら腕の立つお嬢さん達らしい」
トカゲの亜人達が四方八方、私たちを囲んでいた。噂をすれば亜人か。
「お前たちあいつと何を話していた?」
めんどくさいけどカマをかけてみるか。
「あいつって?」
「あのおちゃらけた男の話だ」
人間と亜人が仲良くとあの神様は言っていたような気がするけど、当の亜人には好かれていないのか?
「別に。私たちもこの国には初めて来たからね。観光案内をしてもらっていただけだよ」
「見え透いた嘘を言いやがって。女二人なんて俺たちにかかれば造作もねえことがわからねえのか」
「それがなんなのさ。来るなら来なよ。キャーって叫ぶから」
「叫び声なんてあげる暇もやらねえよッ!」
立派な得物を片手にトカゲの集団が私たちに飛びかかってきた。キエリスと目を見合わせた。




