第8話 ため息と共に紙は飛ぶ
次の日の朝。
さあ早速劇の練習!といきたいところだけど、入国から数日は色々手続きで外に出なくてはならない。入国手続き系は頑張って作ったけど、あとはお金の方だ。銀行や郵便局に向かわなくては。
朝ごはんを食べつつ通しの練習をキエリスとオレーナに任せた。10時頃にこの国の音楽隊が来るから音楽隊の合わせを中心に練習するようにお願いした。
他力本願で申し訳ないけどフェリックスならなんとかしてくれるだろう。
そういえばフェリックスも昨日見なかったな。
あ、音楽隊のところへ行ったんだった。そのまま朝までコースだったのでは?
あの音楽の王子様はやりかねない。普段は結構クールなのに音楽が絡むと子供のようにはしゃいで周りが見えなくなる。
の割に人間関係の駆け引きが上手い。
おそらく、うちの団で一番リーダーに向いてるのはフェリックスだろう。
見習えるところは見習おう。
ここは幸い街の中心部だから役所とかが近いのは助かる。キエリスには舞台の練習に専念してもらう。
ガルニエの事務室に向かった。
「ルミオ、銀行行くけどついてきてくれるかい?」
「ああ。もちろん。あらかた銀行系は処理したよ。とりあえず行こうか」
「昨日やってたの?せっかくお祭りの日だから休みにしたのに」
「夕方ぐらいには引き上げたよ」
「そっか。いつもごめんね」
「いいんだ。キエリスは来るの?」
「いや、街の中心部だから歩いて行こうかな」「銀行の場所は大きなのが建ってたからわかったけど」
「場所も昨日サラさんに教えてもらったよ」
「そっか。じゃ行こうか」
書類を入れたバッグを入れてルミオとガルニエを出た。実はこのバッグは特注で私にしか扱えないものだったりする。特注品といっても別に私のために作ってもらったものではないけど。
ブラウン色の皮でできたボストンバックで割と大きい。
「ルミオは昨日はどこにいたの。見なかったけど」
「ああ、マティエンコさんたちとしっぽり飲んでたんだ」
「そう……」
深く聞かないことにした。
「なんでそこで黙るんだ」
「ええ……話したいのかい?」
「んー。まあ別に話す内容でもないか。いい雰囲気のバーがあってね。みんなで飲んでただけだよ。バッタの亜人がバーテンダーだったよ」
「へー。バッタがねぇ」
「おいしかったよ。ステラッチェもいくといいよ」
「じゃ一緒に行こうか」
「ああ。それもいいな」
祭りが終わったメインストリートを二人で歩く。出店を片付けている街の人が多くいた。いつも通りの日常に戻っていく。
「にぎやかなお祭りだったな。僕もなんだか久々に飲みすぎちゃったよ」
「みんな楽しんでたようでよかったよ。マティエンコはお酒強いからなー」
「団の中だと一番強いのは誰だろう」
「んー。アンティエが真っ先に思いつくけど、最後は歩けなくなるし、記憶飛んでるし、あれを強いと言っていいのかな」
「じゃアヴェラルさんか、ニニギさんか?」
「最後はひっくり返って寝てるけどね。」
「じゃザーラさんかな」
「確かに。ザーラさんとマティエンコの二強かも」
そんな話をしながら郵便局に向かった。銀行よりも距離が近かったからだ。
全世界に支店を持つダナウスプレクシプス郵便社、通称ダナウス郵便。北アメリカ大陸などでよく見られる渡蝶が会社のロゴになっている。
社長はケンタウロスでこの会社の社員さんはとにかくよく働く人が多い。チケットの販売もここに委託している。委託先に選んだ理由は世界の大体の国に支店があるから。店舗で買うか、家まで届けて貰うか選択できるしね。
本拠地の秤の国から転送されてきた手紙や請求書、公演の依頼、感想の手紙などが届いてくるから書類からは永遠に逃げられない運命なのだ。
舞台の感想かと思ったらただのいたずらだったりするときもあるし、出鱈目な請求を送ってくるところもある。これらを必要な物のみに仕分けて請求元に振り込んだり返送したりする。
これが世界中から来る。
こんなことを10年ほどやっていたらいつの間にか7カ国の言語の読み書きができるようになっていた。日常会話程度だけどね。
それでもわからない時は読める団員に読んでもらう。こういうときもいろんな国出身の団員がいると助かる。
言葉ってなんとか世界共通になったりしないものだろうか。
だめだだめだ。こういう思考が果ては侵略を生み出すのだ。とはいってもこの作業が本当に大変。
嘆いていても仕方がないけどね。
山のような書類を全部このバッグに入れた。
このバッグの中はとある空間に繋がっている。なんでも入れて仕舞えるとっても便利なバッグ。
が、使いこなせるのはそんな謎のバッグの中から必要なものを取り出せる人だけ。
つまりこの世界でも私ぐらいしか扱えないのだ。
何も知らない人が手を入れたらそのままでも吸い込まれてしまう。
そして二度と元の世界には戻ることはない。私はそんな人達を全員救い出したんだけど。
次は銀行。銀行は郵便会社のように一強というわけではない。
もちろん、有数の銀行というのはあるけど国によって通貨が違うところが多いから地元の銀行を使うことが多い。
欧州の銀行がイビポランマランに支社を出しているとは限らないからね。その分手数料が発生するけど仕方がない。
キエリスと秤の国に戻ってもいいけど、体力と魔力の負担が大きい。マーク同士だからそこまで魔力消費はないけど忙しないからね。
どうだい?
全然キラキラしていないだろう。
世の中こんなもんなんだよねぇ……。
ま、それらひっくるめてその国のそれぞれの文化ってことで。いい面もあれば悪い面もあるだろうけど、訪れた国の中で、そしてその国のルールの中で物事を進めなければならないのは当然の話だ。
あとはため息をつきながら書類に向かうだけ。
ここまでいろいろ愚痴っぽいことをぼやいたけれど、新しくできた銀行は欧州の銀行だったから欧州向きの振込はこのロックベル銀行で、イビポランマランの請求はペドラ銀行で振込などを行なった。団員達のお金は手渡しを希望する人は手渡し。大抵の人は銀行へ振り込む。欧州ならロックベル銀行のような大きな銀行があれば希望の銀行に振り込むけど、換金したりと手数料が嵩むから地元の方がお得だ。
団員へのお給料はだいぶいいお値段を出している。貯金すれば欧州の大国の首都に庭付きの一軒家を建てられるぐらいには。年一回、広告収入等を鑑みて賞与も支払っている。これはもちろん演者以外の人たちにも。ジェマのような場合はフォレスティエ社に支払うことになっているけど、銀行があまりないような国では団員達と同じ扱いをしている。
ジェマは下手したらうちよりもいいお給料をもらっているのかもしれない。演者以外の裏方なども大体は同じ給料だ。余程、演者の負担が大きい舞台とかならその分、色はつけるけど。
待遇はかなりいい方ではあると思うけど、うちの団員はお給料なんかいらないほどリッチな人や国の要人がいたりするし、なにより、ニニギ、ザーラという正真正銘の神様もご在籍だ。そういう方々から見ればチリのような金額かもしれないけど、いやほんと二柱とも、特にザーラはよく文句も言わずについてきてくれていると思う。
お金が欲しいのであればうちの団員なら他にいくらでもいい就職口があるだろう。それでもうちに所属してくれている。ありがたい。
今日の用事はこんなところでいいだろう。あとはまた増えた書類を片付けるだけ……。
なんで片付けた側から増えているんだ?
背けたくなる現実に直面すると自然と腕を組み、眉間に皺が寄り、目が細くなり、口を窄ませてしまう。
すっかりお昼を過ぎている。
ミッケ達には私とルミオのお昼ご飯はいらないとは伝えていたのは正解だった。
「なにか食べて帰ろうか」
「そうだね」
もう3時に差し掛かっていてご飯屋さんはもうどこも閉まっていた。仕方がないからカフェで軽くサンドウィッチを食べることにした。
カウンターでコーヒーとサンドウィッチのセットを頼み席についた。ルミオも同じメニューを頼んだ。
「そういえばサニィはどうだったの?」
「ああ。あっちに塔があったでしょ?」
「ああ、前はなかったよね」
「あれがイビポランマランの初の魔法学校なんだってさ」
「へ〜立派だね」
「そこで一回講義してって言われちゃったよ」
「何の講義をするんだ?」
「それはお任せだってさ。何を話したもんか。困ってるんだ」
「んー。ステラッチェが話したいことがあるならそれを話せばいいし、いっそ質問コーナーでいいんじゃないかな。君は思い浮かばなくても生徒達の方は疑問がいっぱいあるはずだから」
コーヒーを啜りながらそう答えるルミオ。割と苦いけどかおりがとっても良い。そういえばこの国もコーヒーが有名だったな。
「ま、ステラッチェの場合は実際に実演するのが一番合っているかもね」
「実演ねぇ。そういうのは舞台を観に来てくれればいいんだけどね。でも生徒の得意な魔法を見せてもらってアドバイスをしていくのはいいかもしれないな。あ、そうそう。オレーナもついてくるって言ってたから」
「じゃ進行はオレーナさんに任せておけばいいんじゃないかな」
「サラさんが案内をしてくれるみたいだから進行もやってくれるかもしれないけどね。ま、ひとりで行くよりはオレーナにも来てもらった方が心強いよ。あれでも首席だったわけだし」
「そういえばそうだったね」
そんな話をしながらサンドウィッチを平らげた。たまごサンドとツナサンドどちらもおいしかった。お客さんも亜人もいたり人間もいたりブランチを楽しんでいるようだった。
約三年でここまで変われるとは本当に感心する。
中にはよく思わない人もいるかもしれないけど、これが日常になってしまえば思うものも無くなるだろう。
「そろそろ行こうか。総仕上げでしょ?」
「うん。音楽と合わせれば一旦は仕上げかな」




