第3話 突撃!隣の屋台飯!
腫れた目を擦りながら周りの喧騒に気圧されつつ団長の話を聞いた。
もう情緒がごちゃごちゃだ。腹の虫も泣いた。さっき朝ごはんを食べたのにいい匂いがするからまたお腹が減ってきた。
そもそも最近は食欲もなかったからというのもあるけど。
「プレンツ。団長の言ってた通りお祭り行ってみようぜ。旨そうな飯もありそうだしさ」
フレンが肩を叩き少し揺らしながらそう言った。フレンも目の周りが赤くなっている。ここは場の空気に流されてみるか。
「飯食いに行くの?俺も行くよ!」
「俺も〜」
アルティオムさんとマルクスさん。この2人はいつもお腹を空かせている。アルティオムさんは身体が大きい。縦にも横にも。茶色の髪の毛で目は黒いかなり太った男性。だいぶ癖っ毛のお医者さん見習いだ。
マルクスさんはフレンより少し背が低い赤毛の髪の青年。こちらはスタイルがいい。青年とはいってもフレンよりもずっと歳上だ。
二人とも扱う魔法が故にお腹がすぐ減ってしまうのだそうだ。とはいっても今日は練習やってないからお腹が減るのは早いけど。
「あ、トゥエンさんも行きましょうよ」
「祭りか〜。飯食いに行くかにゃ〜」
トゥエンさんは猫の亜人。サッフィさんのようにほぼ人の形はなくて猫がそのまま二足歩行になって大きくなった感じだ。
その模様がかなり特徴的だ。鼻は筆で点をあてたように黒く、かといって目の周りは白く、その目の周りは茶色で耳は黒で、と表現するのが大変なほど複雑な模様だ。
「おお!イカの匂い!早く行くにゃ!」
「あ!」
「置いていかないでよ〜!」
三人で行ってしまった。猫ってイカ食べていいんだっけ?今までもガルニエで出ていたような。あの感じだと今までも食べていたようだしいいか。
「あいつらさっさと行っちまって。フレン。プレンツ早くオレ達も行こうぜ」
頭に腕を組んで3人を横目に僕らに話しかけてきたうちの劇団一の元気な剣士。
腰に得物を鞘に入れてぶら下げているティラクさんだ。得物といっても劇で使う模擬刀だけど。黒い髪に所々赤い髪が混じっている。
「あ!師匠も行きましょうよ!」
ちなみにニニギさんを師匠と呼んでいる。
「若者は若者で楽しむといい。ああ、ロンメル。ついて行ってくれないか?」
「僕だってそんなに若くないですけど、というかティラクも若くないですよ」
「皆十分に若いさ。ほら行った行った」
「……というわけだ。よしお前ら祭りを楽しみに行くぞ」
藍色の髪のロンメルさん。シャープな顔でとてもクールな雰囲気だが実は結構熱血で面白いもの好きなお兄さん。
こうして、僕とフレン、ティラクさん、ロンメルさんとでお祭りへと向かった。
若者で、と言っていたニニギさんはアヴェラルさんやピーターさん達と祭りの人混みに消えて行った。あれは飲みに行ったな。
ガルニエを離れて屋台が並んでいるストリートに向かった。かき氷や焼き魚、トルティーヤにケバブ、片手で持てる食べ物が沢山並んでいる。本格的にお腹が減ってきた。
せっかく隣でサンバがやっていてもまずはお腹に何か入れないと思考がそちらにいかない。
「旨そうなのが並んでるな〜!何買うかな〜!」
「全部?全部行くか?」
「いくか!」
「それは無理だと思うよ」
フレンとティラクさんが揃うと話の収集が付かなくなる。僕かロンメルさんが入らないと永遠にハイボルテージのまま突っ走ることになる。
「プレンツの言う通りだ。限度がある。」
僕だけだと正直二人の勢いを消しきれない。
ロンメルさんがいてくれて良かった。
「財布がすっからかんになるまでしか攻められんが蓄えはある。死ぬ気でかかるぞ」
「「応ッ!」」
駄目だ。僕には手に負えなかった。
* * * * * * *
「ぐっ…不覚…ここまでか…」
「いやもう十分食べましたよ。夜ご飯もいらないレベルで食べましたよ」
「かき氷!かき氷ならまだ入るんじゃないか!」
「いやフレンもう攻めなくていいよ」
「金も尽きたここまでだ。」
「全部使ったんですかロンメルさん」
気前よく全部ロンメルさんが奢ってくれた。
屋台飯というのは片手で食べられるものを軽く食べながらお祭りを楽しむのが王道な気がするけどこの通り四人でカエルのような腹になっていた。息をするのも苦しい。テーブルに座りながら謎の蛍光色の飲み物をストローで飲みながら落ち着きを取り戻そうとした。何だこの味は。美味しいのか美味しくないのかわからない味だ。フルーツジュースを混ぜてケチャップとかも入れてみましたみたいな味がする。なんでこんな色になるんだ。この国怖い。
遠くのテーブルでも僕達と同じように山盛りのご飯をかき込んでいる人達がいた。見覚えのある人と亜人のトリオだった気がするが見なかったことにした。きっと貰ったお給料は全てご飯代に消えるタイプだ。
お腹がいっぱい過ぎてサンバが頭に入ってこない。どうして加減というものができなかったんだ。美味しかったから仕方がないけども。
「どうだプレンツ。この劇団は慣れたか?」
頬杖をして僕に問いかけるロンメルさん。
かなりキメ顔だけどお腹はパンパンに膨れててキメ切れてない。そのお腹でよくぞそこまで顔をキメられるな。
「はい。皆さんの顔も覚えましたし。それでもまだ慣れないことは結構ありますけど」
「だよなー!ちょこちょこ色んな所に移動するからなんか落ち着かない感じはするよなー!ま、オレは師匠に稽古つけて貰えればなんでもいいんだけどさ」
純粋な剣の技術のみならば素人の僕から見てもティラクさんの腕はかなり凄い。ニニギさんほどではないにせよ、剣技のみならばこの団で二番手ではないだろうか。
「ティラクさんはニニギさんがずっと師匠なんですか?」
「いや?山にいた頃は親父と道場の連中がみんな師匠だったけど、全員ぶっ倒したから山を降りたんだ」
山……?親父をぶっ倒した?
「親父さん倒しちゃったの?」
「って言っても殺してはないぞ勿論。倒した後、金輪流継ぐようにって山に残って欲しいって言われたんだけどさ。オレはまだ更なる強敵を求めて旅をしてたんだ!そんで行く先々の腕っぷしのいい奴らをぶちのめしていい気になってたら……」
「いい気になってたら?」
「ニニギ師匠に会って格の違いを味わった。やっぱ山を降りて良かった!世界にはこんなに強いひとがいる!金輪流の使い手ではないけど流派を超えた強さを持ったひとだからな!稽古させてもらうために弟子入りしたって訳よ」
「へ〜。それで師匠なんですね」
なんとなく最近団に入ったとは聞いていたけどそんな経緯があったとは。
「それでニニギさんに追いつけそうなのか?」
フレンがティラクさんに投げかけた。舞台上のティラクさんとニニギさんの殺陣は圧巻だ。結構いいところはいってそうだとは思ってたけど。
「オレの生涯を賭けて!師匠の足元ぐらいには及ぶといいな!!!」
「あ、足元……?」
生涯かけて足元?休みの日は朝から晩までずっと刀を振るっている様子をよく見ていた。あれだけ稽古もしていてニニギさんの剣を結構受けられていると思ったけど。
「応よ!あの人がエベレストならオレは一軒家ぐらいだ。山にすらなれてない。道のりは遠過ぎる。」
「でも殺陣とかでは結構いい線行ってると思いますけど」
「殺陣?あっははははは!あんなのお遊びだよ。おっとオレは大真面目でやってるぜ!なんなら本気でニニギさんを切りにかかってる。けどのらりくらりと受け流されてるだけだ。オレも山では神童と呼ばれてたんだけどな」
「比べる対象がニニギさんじゃな。でも目標は高い方がいい。高過ぎて諦める奴もいるがお前はそういうタイプじゃないしな」
「そういうロンメルさんだって結構強いじゃねえか」
「剣技だけならお前には敵わないよ」
「剣技だけならだろ?」
「ここでそんなバチバチしても仕方がないだろう?」
「そりゃそうだ!こんな腹じゃ満足に動けないしな!」
蛍光色の飲み物に口をつけるティラクさん。
「うお!何だこれ!変な味!あっははははは!プレンツよくこんなのゴクゴク飲めるな!」
でも案外癖になるな!
そんなことを言いながら飲んでいた。底抜けに明るい人だ。
あれ、フレンが入ってこないなんて珍しいと思ったら突っ伏して寝ていた。お腹が満たされて寝たのか。赤ちゃんか。
ニニギさんの腕はやはりこの団でもトップだと分かった。前回の洞窟での出来事といい、尋常ではない強さだ。ニニギさんって一体何者なんだ。
「うわ!何そのお腹〜」
「あんた達どんだけ食べたの」
「おお、みんな。ここら辺の屋台の毒味は済んだぞ」
「え、これ全部食べたの?馬鹿なの」
「うふふ。いっぱい食べたんですねぇ」
「そんなにお腹空いてたんですか?」
冷ややかな目で僕達を見るキエリス副団長とミッシェルさん、そして僕らの奇行を優しく受け止めるエルフリーデさんとヴィーナさん。
「いやぁ屋台の匂いがたまらくて。」
「あんた達ほどガチで食ってる奴らはどこ振り向いたって……」
ティラクさんの答えに呆れたミッシェルさんが振り向いた先にいたあのトリオ。そのまま言葉を失ったようだ。
ミッシェル「朝ごはん食べたんじゃないの…?」
エルフリーデ「ご飯が美味しいのはいいことではないですか。男の子はいっぱい食べないと」
ミッシェル「フレンとプレンツはともかくこの2人はそんなに若くもないですよエルフリーデさん」
エルフリーデ「男の子はいくつになっても男の子なんですよ」
片手に持ったパラソルをくるくると回しながらミッシェルさんから僕らを庇うエルフリーデさん。優しい。
キエリス「それで!何が美味しかった?」
ティラク「副団長が好きそうなので言ったら、あ、あっちにクレープがあったな」
キエリス「甘味!なんだオカズ以外もあったんだ〜。ミッシェル!」
ミッシェル「仕方ないわね。ヴィーナとエルフリーデさんの分も買って来ますけどリクエストありますか?」
ヴィーナ「私もご同行します!」
エルフリーデ「では三人に任せるわね」
キエリス「いよっし!いっちょ行ってくるか!男子チームはエルフリーデさんと席キープしてて」
ティラク「了解了解」
「プレンツくんお隣いいですか?」
パラソルを畳みながら前屈みになって僕に微笑むエルフリーデさん。
「はい!もちろんです!」
素早く椅子を手で叩きチリを落とした。
僕の横に座るエルフリーデさん。隣からほのかに花束のような香りがする。白いレースが幾つも重なったようなワンピースというよりもドレスのような服を着ていた。
白い肌にオレーナさんよりも深い緑の髪の毛は日差しに照らされると新緑のようだ。
こんな綺麗なお召し物が汚れるのは心苦しい。
「ありがとう。さっきはびっくりしたわね。あんなことがあるなんて」
あんなこと?
ああ——
リマクを離れた時のことか。
「ここにいるといろんなことを沢山体験するわ。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないけどきっとどんなこともプレンツくんの力になるはずだわ」
普段から物静かでおっとりした性格の人であまり話したことはなかったんだけど、気にしていてくれたんだな。
「はい。きっと、僕もそう思っています」
「よかった。思っていたよりも元気そうで。これからも悩みとか相談したいことがあったらみんなにも言うのよ?もちろん私でも良いから」
「そうだぜ。大抵のことは斬り伏せちまえばまるっと解決する。最後はパワーだ!」
「うふふ、一理はあるけどあまり参考にしては駄目よ?」
「あ、あはは。」
ティラクさんの言葉にうんうん、と頷くロンメルさん。そしてエルフリーデさんの答えは一理あるけど、だった。
僕は知っている。というよりもみんなわかってはいるけど、ここにいる僕、フレン、ティラクさん、ロンメルさんの中ではこの人が一番強い。
団長ほどではないにせよ相当な魔力量を細い木の枝も折れなさそうな身体には秘められている。
人は見かけによらないものだ。
この人も力で解決したことがあるのかもしれない。
「それでどんなお話をしていたんですか?ご飯?」
「屋台飯は無限に食えるって話っす」
……ティラクさんが全然違う事を言ったけど、このお腹を見られると言い訳はできない。
エルフリーデ「身体を壊さないようにね」
ロンメル「大丈夫だ。多分。そっちは4人で歩いていたのか?」
エルフリーデ「そういえばカミラさんもいたけどいつの間にかいなくなっていたわね。きっと宝石店でも見てるのよ」
ティラク「あの人宝石なんて好きなんです?」
ロンメル「知らないのか?あの人はジュエリーマニアだよ」
ティラク「へぇ〜。石っころにねぇ。ガキの頃は集めてたけどな〜」
ロンメル「宝石を石っころってお前……」
エルフリーデ「カミラさんの鑑識眼はすごいわよ〜。宝石だけならステラッチェちゃんを超えるんじゃないかしら」
ティラク「ええ!ガチじゃないですか!それだけで食っていけそうですね!」
団長、魔法以外にも目利きがいいんだな。あの人は逆に何ができないんだ。というかエルフリーデさん、団長のことステラッチェちゃんって呼ぶんだ。ちょっと意外だ。大抵の人はさん付けなのに。なんだか妹みたいな呼び名だ。
……そういえばミッケさんとかもちゃん付けだったっけ。
ミッシェル「随分盛り上がってるわね」
キエリス「帰ってきたよ〜。買いすぎちゃった⭐︎」
三人がバケットいっぱいに屋台飯を詰め込んで帰ってきた。
いい匂いだけどもういらない。
エルフリーデ「まぁ。美味しそう。ありがとうございますキエリスちゃん。ミッシェルちゃん。ヴィーナちゃん」
キエリス「もちろんですよ〜。ほら席詰める!」
ティラク「おおっとすまねぇすまねぇ。あ!これ美味かったぞ!なんかわかんねぇけど!」
ミッシェル「たこ焼きだっけ?」
ヴィーナ「たこ焼きって言ってました!中にタコが入ってるらしいです!この黒いソースいい匂いですよね。」
ロンメル「ヴィーナちゃんもこういうの食べるんだな〜」
ヴィーナ「た、食べますよ?初めてですけど。せっかく地上に来てるんですから何事も挑戦です!いただきます」
キエリス「マヨネーズとこの甘いソースみたいなのが美味しい!」
ミッシェル「熱ッ!!!!」
ティラク「ミッシェルお前お上品じゃないな」
ミッシェル「うっさいわね!猫舌なのよ!」
大きい声に驚いた周囲の人にジロジロ見られている。確かにすごく大きい声だった。
金髪でおでこを大きく見せたセンター分けをしているミッシェルさん。ところどころ水色の髪の毛も混ざっている。銀濤流という拳法のような流派を使うかっこいい女性。ちなみにリマク公演でのヒロインを演じた。
背が高くて歩いている姿はスーパーヒーローのようだ。いや女性だからスーパーヒロインか。
小さな男の子が夢見るヒーローが女性になったような人だ。
こんなに大きな声でミッシェルさんが叫んでもフレンは起きない。どんだけ眠かったんだ。
ミッシェル「うん。熱くて味がわからないけど多分美味しいわね。これ」
ロンメル「今まで聞いた食レポで一番酷いな」
ロンメルさん同感です。
味がわかっていない段階から美味しいってどういうことだ。
エルフリーデ「トルティーヤも美味しいわよ。沢山食べてね」
ヴィーナ「まったりしてると思ったらピリ辛ですね!」
キエリス「ほらヴィーナちゃーん。ほっぺにもソースついちゃっても〜」
ヴィーナ「はわわ!あ、ありがとうございますキエリスさん」
うーん微笑ましい。野郎共でガツガツ食っていた僕らは何故こううまくいかなかったのか。お上品さか。難しいな。
ミッシェル「うん。塩っぱくて美味しいわね…なに?私もなんか付いてた?」
プレンツ「いえ、大丈夫ですよ」
ミッシェル「プレンツも食べた?」
プレンツ「はい。炭の匂いが香ばしくて美味しかったですね」
ミッシェル「そう!匂い!匂いもいい!」
串刺しにされたイカ焼きに齧り付くミッシェルさん。ヴィーナさんとはなんでこうも違うのだろう。いや僕はいいと思いますよ。勿論。ええ。美味しく食べる女性というのはどんな姿であっても美しいです。
しかしイカ焼きを食べたひとつめの感想が塩っぱくて美味しいで正解なのか……?
ミッシェル「変な色のジュースは変な味がするわね。嫌いじゃないけどね」
キエリス「それ何の味〜?変なの買ってきちゃってさ〜」
ミッシェル「ん〜」
謎食レポ女王のレッテルが貼られつつあるミッシェルさん。さぁ何と表す?
ミッシェル「インクを最大限美味しく仕上げました的な?」
「「「「酷い」」」」
僕とティラクさん、ロンメルさん、キエリスさん一同で意見が一致した。
「あはは……」
今まさに飲もうとしていたヴィーナさんが蛍光色の飲み物を置いた。




