第47話 君はどこにいても
冥界の主、そして亡くなってしまったティカちゃん。
突然現れた冥界のお姉さんからティカちゃんの名前が出てくるとは思わなかった。
考えみればリマクに冥界があって、そこに神様がいるならティカちゃんはそちらに行っていてもおかしくはないだろう。
しかし、スパイなんてかなりの大物の神様からいち子供のティカちゃんの名前が出るなんて。
「ティカちゃんのこと知っているのですか?」
「もちろんよ。あたしを誰だと思っていて?」
「冥界のお姉さん」
「そう、その通り。冥界のお姉さんなんだからこちらに来た者ぐらい把握しているに決まっているじゃない」
冥界のお姉さんなんだもの。と、しつこく強調してくる冥界のお姉さん。もう冥界のお姉さんがゲシュタルト崩壊してきた。冥界のお姉さんってなんなんだよ。
「それでティカちゃんは」
「こちらでも元気にやっているわ。想像できるでしょ?」
「ん、んん……。」
どこでも元気にやっていそうだから想像できるけど、いやそうなのか?
「すぐにこちらでも馴染んでいてね。今度の区長選に出馬するそうよ」
「……何ですかそれは」
「ゆくゆくは大統領を目指してもらいたいわね」
なんだか知らない概念が出てきたぞ。
というかティカちゃんもうそんなに馴染んでいるのか!?こちらよりも充実しているんじゃないのか!?
……全く君には敵わないな。
「それで次期七区長候補に直談判されちゃってね。あの方の子供についてもお世話になっていたし、これは聞かぬ訳にはいかぬと、こうしてお姉さんは訪ねてきたわけよ。はいこれ」
右手を握ったままこちらに伸ばす冥界のお姉さん。私もその下に手を伸ばして手を開いた。
小さい何かが手のひらに落ちた。
「これは?」
赤い石が埋まったピアス。これってティカちゃんの——
「それを付けておいて欲しいって。あなたに。言ったでしょおつかいに来たって」
「わたしにですか?」
「ええ。あなたに。ステラッチェ団長にって。この国を離れるまででいいからって」
「そう、ですか」
プレンツにではなくて、私に、か。
遺品のひとつを持っておいて欲しいということだろうか。私の左目からは普通のピアスにしか見えない。
「それだけですか?」
「ええ。あ、嘘。あとこれも」
今度は左手を握ったままこちらへ差し出した。
私も手を伸ばして受け取った。
なんだ今度は大きいぞ。
それに何個かある?
受け取ったものを見てみた。
透明度が高い淡い赤の宝石の入った指輪。
冥界のお姉さんの髪色のような宝石でできた小刀。
そしてこれは……オパールのブレスレットだ。
「ひとつは今日の観劇チケット代と、今度あたしも観に来るからそのチケット代、そしてもうひとつは今回のお礼」
「こ、こんな高価な」
どれもとんでもなく質が良い宝石を使った、精巧な仕上がりの装飾品だ。鑑定家ほどではないけど見る目はある方だと自負している。これは。
「うちのチケットそんなに高くないですよ!」
「そうなの?」
「そうですよ!」
これひとつでガルニエが何個作れるんだ。怖くてこんなもの着けられない。
「だったら良かったじゃない。おつりは要らないわよ」
この三つのお釣り代なんてガルニエに置いているわけがない。大きな銀行が何個あれば足りるんだ。
「岩の子のせいで、ティカちゃん達が亡くなってしまったでしょう?こちらに来たからには申し訳ないけど現世に帰らせることはできない。これはどこの冥界でもよ。あなただって知っているでしょう」
「……」
「だからこんなのは些細なお礼。とてもティカちゃんの命には変えられないけどせめてものね。ルールはルールだから生き返らせてなんて喚かないでね」
そう、私は知っている。一度死んだ人は生き返らない。どんな手を使っても。
悔しい。けど、これはどう転んでも変えられない真実であり、ルール。例外はない。
「……わかりました。受け取らせていただきます。」
「よろしい。有り難く頂きなさいな。じゃそろそろ帰るわね。席は次の新月の日に用意しておいて。あの子も楽しんでいたようだし、期待しているわよ」
「ええ。舞台については自信があります。度肝抜いて冥界のお姉さんが死んじゃうなんてことにならないといいですけど」
「言うじゃない。強気な女は好きよ。過去の私を見ているみたいで。今では清楚で真面目でお淑やかになったあたしとはまるで正反対で」
「え?」
「ばいばーい」
* * * * * * *
うう、公演がある日はやはりしんどい。一日二回も公演があるということはあの大津波が二回もある。プレンツ君が来てくれたからかなり楽になったけど、いやプレンツ君が来た分みんな遠慮がなくなってきている。普段とそんなに変わっていないかも……。
「ベールさん大丈夫ですか?ご飯持ってきましょうか?」
「ああ、頼んでも良いかいフレン君」
「了解っす。ちょっと待っててくださいね」
みんな優しいなぁ。自分も舞台に立って大変だっただろうに。
そんなみんなのためにも弱音を吐かないで頑張らないと———
何だ。しゃぼん玉に妙な気配を感じた。ガルニエの外のしゃぼん玉ではない。もっと中だ。これは舞台か!?
まずい!何者かに侵入された!
くそ!なんでそんなところまで来ているのに気が付かなかったんだ!?
ザーラさんやニニギさんは特に気にしていないようだ。……団長がいない!?
扉を叩いて出ながら舞台へ向けて走った。
なんだ?只者ではないぞ。もしかしたら団長と交戦しているのか!?舞台内のしゃぼん玉には特に異変は感じない。
頼む間に合ってくれ!
上手から舞台袖に入った。団長と誰かがいる!
「団長!!いま侵入者が……」
あれ、団長だけだ。
「ああ、大丈夫だよ」
「大丈夫ってしゃぼん玉から通じて気配が……」
「ふふん。よく気が付いたねベール。けどもう少し早かったら素敵なお姉さんとお喋りできたのに」
「素敵な……お姉さん?団長何持ってるんですか?」
「ああ、綺麗でしょ?これロードクロサイトとラピスラズリとオパールだよ。こんなに綺麗なものは初めて見たよ」
「綺麗ですね。……えっと」
「こんなものを貰っちゃったんだ。それに似合う舞台をしないとね。さ、戻ろうか。んー。今日も疲れたな〜」
感じたあの気配はもうない。残穢もない。
気のせいだったのか。
袖へと向かっていく団長。
観客席を見ても誰もいない。
……団長が言ってるなら問題ないか。
はぁ久々に走って疲れた。食堂に帰ってご飯を食べよう。
団長の後を追うように舞台袖へと向かっ——
「随分疲れているのね。ちゃんと休まないとこちらに来てしまうわよ。あたしはあなたみたいな男前が来てくれると嬉しいけど、あの子は悲しむわよ」
「え?」
目の前に青くて綺麗なひとがいたけど、いなくなってしまった。幻覚?いやでもしっかり聞こえたけど。
「ベール何してるのー?電気消しちゃうよ〜?」
「はーい。今行きまーす」
さっきの姿、それにあの瞳は——
袖に向かいつつ舞台上を見たけどやはり誰もいなかった。
舞台上を照らしていた明かりが落とされて静かさが戻る。
たった一言だったけど、あのひとはそんなに悪いひとには見えなかった。
団長が観客席の個室を急に空けたりしていたのはきっとさっきのひとが関係しているんじゃないかと思った。
ここに来てから不思議なことがよくある。
団長はあの件以降元気がなさそうだった。だからいつもよりも多めにしゃぼん玉を貼っていた。団長の負担が少しでも減るように。
その甲斐もあったかはわからないけど前よりは元気になってくれたみたいだった。




