第46話 冥界のお姉さん
公演が始まり、忙しい日々が続いていた。
こうして結局ガルニエに戻って来てしまった。
けどその判断には後悔はない。
やはり団の仲間達と一緒にいるのは楽しいしみんな尊敬できる人ばかりだからだ。
だけどなんとなくぽっかりと心に穴が空いてしまったような感じがずっとしている。
もう割り切ってしまうしかないのだろうけど、ぼくはやはりまだまだ子供だ。
今日の舞台を終えて、片付けが済んだ舞台の上でなんとなくぼーっとしていた。
そういえば今日の公演で団長が何故か端の個室を空けておけと言っていたけど、なんだったのだろうか。
誰かいたようには見えなかったけど。
誰もいない舞台会場というのはなんとも雰囲気があってぼくは結構気に入っている。
ぼくの気持ちをここでなら表現できるのでは、と思いながら右へ左へと歩ってみるのだ。
あんまりできた覚えはないけど。
大きく足を広げて両手を床について座った。舞台のど真ん中で。
ティカのおばあちゃんの話を聞いて、そしてお祭りに行ったりと前よりは吹っ切れたように思っていたけど、心の奥底はなかなか変わらない。
こればかりは時間が解決してくれるのかな。
いや、時間が解決していいものなのだろうか。
時間が解決ってそれはただ単に日々を過ごす中で記憶が抜けていっていくだけなのではないか。
果たしてそれはいいものなのか。
そんなことを自問自答していた。
ぼくは結構ネガティブ思考なんだなと最近気がついた。
あんまりぼくはぼくのことを好きではない。
フレンのようにもっと気持ちのいい性格ならよかったのに。
「こんばんは。えっとプレンツくん」
「こんばんは。ってうわあ!!!!」
誰だ!?急に真横に知らない女性の顔が!
しかも全然足音がしなかった。
それによく見たらなんかこの人変だぞ。
なんか半透明というか、奥が透けて見えるというか。
え?いやいやいや、ぼく霊感とかある方じゃなかったはずだし!あ、そうか!
「メイラジュさん!またからかってるんですか!やめてくださいよ!おばけなんてそんな子供騙しな脅かし方!芸がないですよ芸が!」
しーーーん。
劇場に響くぼくの声。
あれ?ドッキリ大成功の看板を持ったメイラジュさんはどこに?
「い、いい加減幻術解いてくださいよ!」
「えっとプレンツくん、その私は幻術じゃないの」
「ちょっとメイラジュさん!しつこいですよ!もしかしてピーターさんですか!?」
「その……さっきのプレンツくんの言っていたおばけで合ってるの」
背筋に冷や汗が流れた。顔にもだ。
ぼ、ぼくついに
「お、おばけだーー!!」
走って逃げた。と思ったら目の前におばけが現れた。
「うわあああああ!!ごめんなさいごめんなさい!きのこでもなんでも好き嫌いしないで食べますから!」
「えっと好き嫌いは良くないけど、私、そんなに怖いおばけじゃないの」
唾を飲んだ。こんなにガッツリとおばけを見たのも初めてだしっていうかこれからおばけとお話をしようというのか!?
半透明で良く見えなかったけど、目を凝らしてみると結構美人だ。いや美少女だ。歳はキエリスさんと同じぐらいに見える。長い髪にお人形のような服を着ている。
「私、ロディカっていうの。普段は恥ずかしくて姿を見せないようにしてるんだけどね。ひとりで舞台にいて何をしてるのかなと思って。驚かせてしまってごめんなさい」
こんなに、ちゃんとおばけと話せるんだ。
「はじめまして、プレンツです。それでロディカさんは何故ここに?」
「ん?ああ、えっとね、私もうずっとここの団員なのよ」
「そうなんですか!?」
てっきり通りすがりの幽霊だと思っていた。
通りすがりの幽霊ってなんだ。
「だからプレンツくんのことは前から知ってたよ。だけど、あまり知らない人の前に姿を見せるのは、ちょっと怖いし、恥ずかしいし」
「でははじめましてってわけではなかったんですね」
ぼくは知らなかったわけだからそれでいいかもしれないけど。
しかしおばけか。おばけも劇団員だったとは。
「……もしかしてまだその、おばけの団員っています?」
「ううん。私だけだよ」
良かった。本当に良かった。またひょっこり知らないおばけが目の前に出て来たら今度こそ何かしら漏らしてしまうかもしれない。
「劇団員ってことは何か舞台でやっていたんですか?」
「うん。幻術と雷の魔法が使えるから手伝っているんだよ。でもほとんど幻術が多いね」
幻術はかなり難易度が高いと聞いていたからメイラジュさんやザーラさんだけでよくあれほどの範囲に術をかけているなと思っていたけど実は見えない助っ人がいたのか。
「そうだったんですね。いやぁまだ知らないことばかりで」
舞台袖から足音がした。
まるでここにいるぞと誇示するような音だ。
次第に近づいてくる。
「やぁプレンツ。食堂でフレン達が探していたよ」
「あ、団長。すいませんわざわざ」
「早く行ってあげたら?」
「あ、はい。それでは」
団長だったんだ。一体どうしたんだろう。
まぁぼくも何をしていたんだという話だけど。
なんとなく、団長の早く行けという意図が見えたような気がしたからさっさと出ていくことにした。
もしかしたらロディカさんに用があったのかもしれない。
* * * * * * *
「で?あなた誰?」
深い青色の髪に、ところどころ穴が空いた紺色と黒と黄色のドレス。
不思議な髪飾りやネックレスを付けている。
日に当たったことが一度もないかのような色白の肌。
ツヤがある綺麗な髪の色と同じ色の瞳には花模様があった。
なーんか妙な空気とガルニエ内に私が張っているしゃぼん玉のおかげで何かが侵入して来たと思った。
小虫が入り込んだかのような跡しかなかったから気が付きにくかったけど、何事もなければそれでいいと考えてとりあえず辿ってみた。
足を運んだらビンゴだ。
ベールが気が付かなかったもの仕方がない。
「あたし?あたしはスパイ。ああ、有名な意味のスパイではなくってよ」
「スパイって……」
「冥界を統べる神。冥界のお姉さんこと、スパイお姉さんよ」
全く最近はなんだっていうんだ。
次から次へと大物ばかりが急に訪ねてくるようになった。
きっとこの柱のいうことは本当だろう。
ひと目見ただけでとんでもない力を持っていると私の左目が告げている。
その気になれば小指ひとつで街を堕とせる力を持っている。
「そんなに怖がらないで。確かにちょっとからかってみたけど、別に悪さをしに来たわけではないわ」
……その気になれば完全に証拠も残穢も残さずにガルニエに侵入できただろう。
「はぁ。では一体何のようですか?あいにくですが本日の公演はもう終わってしまいましてね」
「そうそうそれもある。でもそれはサブよサブ。忘れる前に本題に入らせて頂戴」
なんだか歯切れの悪いことを言うな。
リマクに古くから伝わる冥界の神、スパイ。
パチャママやヴィラコチャ同様この地の人達に古くから畏れられている神。
リマクの冥界の神なんていうからもっとおっかないのを想像していたけど思っていたよりも普通の容姿だ。ツノが生えていて、祭りで見た牛みたいな悪魔の姿を想像していた。
「何か失礼なことを考えていないかしら?」
なんだ心が読めるのか。
「いえ、そんなこと、急に冥界の神がこんなところに現れるとは思わなかったものですから困惑しているのです」
「まぁそうでしょうね。あたしも地上に来たのは久々だもの。しかも『おつかい』って。あたしもひとがいいのよ。だけど借りがあるから仕方ないわね」
借り?私達に冥界のお姉さんになんの借りが?
イチャモンをつけに来たのか。
ここで商売するならシャバ代寄越せやって?
こっちはリマク国とちゃんと書類を通して正式に舞台をやってるんだ。俗世から離れた神にごちゃごちゃ言われる筋合いはないよ。
「借りとは?別にあなたに何かをやった覚えはこちらはないですけど」
「あたしに借りというか、この地にというか、あたし達のお父さんのことなんだけど」
「お父さん?それって」
「もちろんヴィラコチャ様よ。あまりベラベラと名を出すのは憚られるから察してよね」
ヴィラコチャの借りってつまり———
「あの岩の悪魔のことですか?」
「変な言い方するのねえ。一応あなた達と同じなんだから悪魔なんて言い方しなくたっていいのに。ま、やられたことを思えばそう言いたくなるのもわかるけどね」
「……あの岩の子を倒したからですか?」
こちらとしてはリマクの人たちの村や田畑が荒らされたから退治したけど、スパイにとっては好ましくなかったのか。
あれはヴィラコチャの作った子供、それを外部の者が手を掛けるなんてと文句を言いに来たのか。
「ええ。あれはあたし達も手を焼いていたから感謝しているわ」
「……怒ってないのですか?」
「ええ?怒る?なんで?」
別に心が読めたわけではなかったか。
「いえ、そのあなたのお父様の作った子供を私達のような部外者が余計なことをしたから」
「あっはははは。なあにそれ。あんな暴走してるのを放っておいても仕方がないでしょう?放っておくだけならまだしも人に危害出してる時点でもうあれはどうしようもないわ。理由はどうあれね」
……ヴィラコチャの子供の仇撃ちではなかったか。かなり身構えてしまったけどこの神様本当に敵意がないようだ。
ちょっとだけ安心した。
「はぁそうでしたか」
「大きなため息ついちゃって。何を想像してたんだか」
「えっと、それで結局冥界のお姉さんことスパイ様はどうしてこちらに?」
「よそよそしいわね」
よそよそしいのは仕方ないだろう。
初めて会った間柄だもの。
「冥界のお姉さん、スパイ様だなんて、そんなに偉そうにした覚えはないわ。もっと簡単に呼んでくれてもいいのよ?」
「じゃスパイ様?」
「よそよそしいわ」
「じゃスパイ」
「違うそっちじゃない。呼び捨てなんて不敬よ」
めんどくさいなこの柱。
綺麗な顔してしっかり性格もいい感じに仕上がっていると見た。きっと太陽が当たらないところにいるからあちらこちらに伸びてしまう草のような性格になっているのだ。
「じゃ何て呼べばよろしいのですか?」
「冥界のお姉さんよ」
「めんどくさいなぁ」
「声に出てるわよ」
全然本題に入らない。何だ?私とお喋りがしたいのかこの冥界のお姉さんは。スパイ様でいいでしょ。
久々に地上に出たと言っていたな。お喋り相手も久々なのかもしれない。仕方がない。付き合ってあげよう。
伝承ではかなり気まぐれな神だとも聞いていたけど……伝承はかなり合っているとみた。
「冥界のお姉さん、それで私共になんのご用で?借りを返すと言われましてもあなた様にしていただくことなんて残念ながらなくて。お気持ちだけでも十分です。こうして楽しいお話ができるだけで嬉しいものです」
「あっはは。そうでしょうね。劇団にお邪魔すると思ってこんなおめかししてきてるんだから眼福でしょう」
冥界のドレスだったか。だからイメージと違うのか。実はデザインは結構好みだ。ジェマにも見せてあげたい。呼んできちゃだめかな。
「ティカちゃん知っているでしょう?」
「!?」
「あたしはティカちゃんに頼まれたからここに来たのよ」




